『ベニスに死す』

TOHOシネマズ日本橋、通路に掲示された案内ポスター。(※『午前十時の映画祭10-FINAL』当時) ベニスに死す [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [DVD]

英題:“Death in Venice” / 原作:トーマス・マン / 監督&製作:ルキノ・ヴィスコンティ / 脚本:ルキノ・ヴィスコンティニコラ・バダルッコ / 撮影監督:パスクワーレ・デ・サンティス / 編集:ルッジェーロ・マストロヤンニ / 音楽:グスタフ・マーラー / 出演:ダーク・ボガードビョルン・アンドレセン、ロモロ・ヴァリ、マーク・バーンズ、マリサ・ベレンソン、ノラ・リッチ、キャロル・アンドレレスリー・フレンチ、フランコ・ファブリッツィ、セルジオガラファノーロ、マーシャ・ブレディット、エヴァ・アクセン、マルコ・トゥーリ / 初公開時配給&映像ソフト発売元:Warner Bros.

1971年イタリア、フランス合作 / 上映時間:2時間11分 / 日本語字幕:高瀬鎮夫

1971年10月23日日本公開

午前十時の映画祭10-FINAL(2019/04/05~2020/03/26開催)上映作品

2018年1月17日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

TOHOシネマズ日本橋にて初見(2019/9/24)



[粗筋]

 様々な心労に悩まされた音楽家のアッシェンバッハ(ダーク・ボガード)は、静養のためにヴェニスの地に赴いた。

 現地にはもてなしてくれる知人もいない。豪華なホテルに逗留し、浜辺の小屋を借り切ることは出来ても、1人でくつろぐ以外にすることはなかった。

 だが、そんなアッシェンバッハの目はいつしか、同じホテルに滞在するポーランドの貴族一家の少年タジオ(ビョルン・アンドレセン)に釘付けになる。

 若々しく、凛とした美貌は、アッシェンバッハが芸術を巡って味わわされた屈辱を思い出させる。だがそれでも、アッシェンバッハはタジオの姿を目で追い、いつしかその姿を探し求めてしまうのだった。

 だがそんなとき、ヴェニスの街に不穏な気配が漂いはじめる。詰問するアッシェンバッハに、街の人間は、東の方から疫病が迫っている、と耳打ちした――



[感想]

 この作品、説明的な要素がまったく、と言っていいほどない。視点人物であるアッシェンバッハの背景、どんな理由で単身ヴェニスを訪れているのか、どんな出来事があったのか、は会話に鏤められた情報と、ときおり挟まれる回想から推測するほかない。粗筋では“静養”という表現を用いており、ネット上でもそう紹介されているが、実のところ劇中の表現だけではそう断じきれない印象もあるのだ。

 題名自体がネタばらししているようなものなので断言してしまうが、最後にはアッシェンバッハはこの異国の地で命を落とす。しかしその原因も、途中で仄めかされる伝染病が原因とは言い切れない。見ようによっては、決して彼に寛容でないヴェニスの空間と、そこに調和したタジオという少年の美しさが、アッシェンバッハの命を貪った、とも捉えられる。

 本篇において明白なのは、アッシェンバッハが過去に美を巡る見解で友人と対立の挙句に挫折を経験したことと、ヴェニスの地でタジオ少年という“完璧な美”に魅せられてしまった、ということぐらいだ。

 アッシェンバッハはタジオに対して、決して直接的にアプローチはしない。同じレストランに居合わせたときに、街中で見かけたとき、遠目で窺う程度に過ぎない。話しかけるわけではないので、果たしてタジオがアッシェンバッハを認識していたのか、は謎だが、しかしタジオはまるで年老いた男を揶揄うかのように見つめ返し、妖しい笑みを寄越してくる。その笑みに誘われるように、いつしかアッシェンバッハは自らタジオの面影を探し始める。

 随所に織り込まれる過去の描写と併せて考えれば、アッシェンバッハが魅せられているのは、タジオという少年が体現する、自らの資質では生み出し得ない美なのだろう。努力では本当の美は成し得ない、という友人への反証として臨んだ演奏会で失態を犯し、折れた心を癒すために赴いたヴェニスで、まさに抗いようのない、天性の美に遭遇してしまった。

 いったいなにを思い、そこまでタジオに執着したのか、アッシェンバッハは語らず、説明するような要素はない。美に関心の乏しい者から見れば、アッシェンバッハの挫折とタジオの美しさのあいだに繋がりはない。音楽家として、美を創作することを追求してきた男にとって、屈託のないタジオの美しさを前に打ちひしがれたとも捉えられるが、タジオの美しさの向こう側にある自らの理想を掴もうとしていたとも捉えられる。だからこそ伝染病に蝕まれるヴェニスに、アッシェンバッハは最後まで踏み止まった。

 クライマックスでは、死を間近にし、やつれた顔を隠すようにアッシェンバッハはメイクを施すが、汗により白髪染めは流れ、ドーランで白く塗られた顔に滴り落ちるさまは、超然としたタジオの美貌とあまりに対照的だ。しかし、表面的には惨めに映るその姿は、タジオの疫病を気にも留めていないような振る舞い、そしてラストの閑散としたビーチの美しさとともに、印象的な構図を作り出す。

 映画として陶然とするほどに美しい。だが、美しいからこそ、そこで倒れる男の姿に言いようのない哀しみの滲む作品である。如何せん、描写があまりに丁寧で、じっくりと時間を費やしているために、見ていて眠気を催す可能性の高い作りだが、その死を誘う美しさは一見の価値がある。



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