『近松物語 4Kデジタル復元版』

TOHOシネマズ新宿、スクリーン12入口前に掲示された案内ポスター。(※『午前十時の映画祭9』当時) 近松物語 4K デジタル修復版 Blu-ray

原作:近松門左衛門 / 劇化:川口松太郎 / 監督:溝口健二 / 脚本:依田義賢 / 製作:永田雅一 / 企画:辻久一 / 撮影:宮川一夫 / 美術:水谷浩 / 装置:山本卯一郎 / 照明:岡本健一 / 結髪:花井りつ / 編集:菅沼完二 / 録音:大谷巌 / 音楽:早坂文雄/ 和楽:望月太明蔵、豊沢猿二郎 / 助監督:田中徳三 / 進行:小澤宏 / 出演:長谷川一夫香川京子南田洋子進藤英太郎小沢栄太郎、菅井一郎、田中春男、石黒達也、浪花千栄子、十朱久雄、荒木忍、東良之助、葛木香一、水野浩、天野一郎、橘公子、金剛麗子、小松みどり、小林加奈枝、仲上小夜子、小柳圭子、伊達三郎、石原須磨男、横山文彦、藤川準、玉置一恵 / 初公開時配給:大映 / 映像ソフト発売元:KADOKAWA

1954年日本作品 / 上映時間:1時間42分

1954年11月23日日本公開

午前十時の映画祭9(2018/04/13~2019/03/28開催)上映作品

2010年7月14日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon| 4Kデジタル復元版 Blu-ray Box:amazon]

TOHOシネマズ新宿にて初見(2018/10/30)



[粗筋]

 京都の大経師以春(進藤英太郎)の店は、折しも来年の暦作りにてんやわんやであった。大経師に見込まれた手代・茂兵衛(長谷川一夫)はその日、風邪で寝込んでいたが、どうしても茂兵衛でなければ片づかないこともあり、早々に床を出て仕事に励んでいた。

 そんななか、大経師の妻・おさん(香川京子)のもとを、実家の兄・岐阜屋道喜(田中春男)が訪ねてくる。貸した金が戻らず、近日中に八貫を用意しなければお縄になってしまう状況にあるのだという。どうにか一部は用立てたが、五貫がどうしても足りない。ついては大経師に無心を頼みたい、というのだ。

 もともと金回りの悪さに苦しんでいた岐阜屋は、おさんが嫁いだときから大経師に金の面での援助を受けていた。そのうえ以春は、江戸や西国の暦を一手に引き受け商家でも一段高い扱いを受けており、その地位を鼻にかけて人を人とも思わぬところがある。はなから弱みのあるおさんの無心に耳を貸すはずもなかった。

 困り果てたおさんは、茂兵衛に相談する。茂兵衛は快く引き受け、以春から理由をつけて印判を借り受けると、それを利用して取引先から一時的に借りる算段をつけようとした。

 しかし、書面を用意しているとき、手代の助右衛門(小沢栄太郎)に見つかってしまう。余分に借りて自分に寄越せば黙っている、と助右衛門は囁くが、その言葉に茂兵衛は却って考えを改め、主人に直々に借金を申し出ることにした。

 だが、やはり以春は認めようとしない。借金の訳を話さない茂兵衛を必死に庇うおさんに疑いの目が向けられるが、女中のお玉(南田洋子)が「自分が茂兵衛に頼んだ」と嘘をついてごまかした。しかしそれでも以春の怒りは収まらず、茂兵衛は納屋に閉じ込められる。

 お玉はかねてから以春に、妾になるよう口説かれ、寝所にも何度となく踏み込まれていた。密かに想いを寄せていた茂兵衛に相談しており、それ故に茂兵衛を庇おうと嘘をついたのである。

 お玉から事情を聞かされたおさんは憤った。お玉と寝所を入れ換え、忍んできた夫に一泡吹かせようと目論む。だが、そこにやって来たのは、納屋を抜け出してきた茂兵衛であった――



[感想]

 茂兵衛、おさん、そしてお玉については、実在している。不義密通のかどで引き回しの末、磔刑に処された彼らの事件を、同時代の近松門左衛門人形浄瑠璃として脚色、それを下敷きに川口松太郎が戯曲を執筆、これを更に溝口健二監督が映画化したのが本篇である。

 三段階に手が入っているのだから当然ではあるが、調べてみると現実の人間関係とは異なっているようだ。ただ、本篇の出来事を第三者の目で見た場合、事実として伝わっているような内容になる可能性も充分に考えられる。そういう意図があったかは定かではないが、そんな風に読み解けるのも、プロットの組み立て、細部の表現にリアリティがあるからだろう。

 この表現の丹念さは、いまと比較するとだいぶ異なる価値観、倫理観を観る側に飲みこみやすくしている。こういう時代だからこそ、おさんは夫の横暴に耐え、茂兵衛は本心を押し隠して奉仕していたことが理解できる。そして、様々な行き違いの結果、ああした顛末を辿ったことが解り易い。

 そうして観客にきちんと世界観を把握させた上で展開するドラマは、随所で事件が起こりつつも描写はとても情緒的で、終始哀感が滲む。横暴な店主のために風邪を引いていてもこき使われる茂兵衛と、実家の金策の話を持ちかけることも躊躇っているおさん。それでいて“主人”に忠実であろうという意識ははっきりと両者にあるのに、けっきょく“主人”の独善的な性格によってふたりは追い込まれていく。時代が違えば、誰かしら軌道を修正するひとが現れてもよかったはずだが、このふたりの性質に、その時代、その境遇はあまりにも厳しすぎた。

 出来事の表面だけをすくえば、本篇はただ悲劇に過ぎない。しかし、追い込まれても耐え忍び、必死にその場をしのぎながら、少しずつ感情を滲ませていく描写は観る者の心を終始揺さぶり続ける。おさんがある決意を固めたときから噴き出す両者の想いが最高潮に達するくだりは、あまりに哀しくも感動的だ。そして、こうした経緯があるからこそ、悲劇でしかないはずのラストシーンが、いっそ崇高ともいえる美しさを湛えている。

 日本という国の、独特な生活や倫理観という背景があってこそ成立するドラマと感情の動きを繊細に汲み取った、まさに日本ならではの“時代劇”。劇中の価値観、倫理観はさすがにようやく過去のものとなりつつあるが、作品の価値は恐らくずっと変わらない、それくらいに端整な傑作である。



関連作品:

赤ひげ』/『東京物語』/『幕末太陽傳 デジタル修復版』/『病院坂の首縊りの家』/『麦秋』/『生きる』/『濡れ髪剣法』/『濡れ髪三度笠』/『浮かれ三度笠』/『本陣殺人事件

たそがれ清兵衛』/『武士の家計簿