『アリータ:バトル・エンジェル(字幕・2D)』

TOHOシネマズ上野、スクリーン8入口脇に掲示されたチラシ。

原題:“Alita : Battle Angel” / 原作:木城ゆきと / 監督:ロバート・ロドリゲス / 脚本:ジェームズ・キャメロン、ラエタ・カログリディス / 製作:ジェームズ・キャメロン、ジョン・ランドー / 製作総指揮:デヴィッド・ヴァルデス / 撮影監督:ビル・ポープ / プロダクション・デザイナー:ケイリー・エデルブルート、スティーヴ・ジョイナー / 編集:スティーブン・E・リヴキン、アイアン・シルヴァースタイン / 衣装:ニナ・プロクター / キャスティング:ベス・セプコ、メアリー・ヴェルニュー、マシェル・ウェイド・バード / 音楽:トム・ホーケンバーグ / 主題歌:デュア・リパ / 出演:ローサ・サラザールクリストフ・ヴァルツジェニファー・コネリーマハーシャラ・アリエド・スクラインジャッキー・アール・ヘイリー、キーアン・ジョンソン、エイザ・ゴンザレスエドワード・ノートン / ライトハウス・エンターテインメント/トラブルメーカー・スタジオ製作 / 配給:20世紀フォックス

2018年アメリカ作品 / 上映時間:2時間2分 / 日本語字幕:風間綾平

2019年2月22日日本公開

公式サイト : http://www.foxmovies-jp.com/alitabattleangel/

TOHOシネマズ上野にて初見(2019/3/19)



[粗筋]

 約300年前に発生した“没落戦争”により、世界中に点在していた空中都市の大半は消え、“ザレム”ただひとつだけが残された。地表に残されたひとびとは“ザレム”の下に集まり、遺棄される物資を元手に生活する、スラムのような集落“クズ鉄町”を形成していた。

 街のサイボーグ達を治療しているイド(クリストフ・ヴァルツ)が、“ザレム”のゴミの中から治療に使える部品を探していたとき、まだ生きている女性型サイボーグの頭部を発見する。イドはその頭部を持ち帰ると、秘蔵していたボディを接続し蘇生した。

 目醒めたサイボーグは、しかし肝心の記憶を失っており、廃棄された経緯はおろか出自も解らない。イドは彼女にアリータ(ローサ・サラザール)という名前を与え、自らの手許に留めた。

 折しも“クズ鉄町”では、女性型サイボーグを襲い、その手足を奪っていく事件が多発している。イドはアリータに夜間の外出を禁じるが、好奇心旺盛なアリータは、知り合った人間の青年ヒューゴ(キーアン・ジョンソン)に誘われるがままに街に繰り出しては現地の若者たちと交流した。

 あるときアリータは、イドが深夜、大きな荷物を抱えて外出したあと、手傷を負って帰宅したところを発見する。別の日に、出かけていく気配を察知したアリータが追跡すると、路地をひとり歩く女性を追跡し、人気が完全に途絶えた場所で襲撃しようとする姿を見た。慌ててアリータはイドを制止するが、襲われかけていたはずの女性はすぐさま攻撃に転じてきた。

 実はイドには、“クズ鉄町”に出没するお尋ね者を狩って報酬を得る“ハンター戦士”という別の顔があった。算段を付けて狙いを定めたその女性は凶暴なサイボーグ・グリュシュカ(ジャッキー・アール・ヘイリー)の放った囮であり、イドはまんまと罠に嵌まったのである。

 ハンター戦士とはいえイドはあくまで生身の人間に過ぎない。絶体絶命の窮地を救ったのは――他でもない、アリータだった。いとけない少女の姿をしたアリータだが、そのコアは驚異的な戦闘能力を秘めており、手下のサイボーグ2体を撃破すると、グリュシュカに肉迫する。アリータも傷ついたが、グリュシュカも深傷を負い、イドを諦めて撤退する。

 治療の過程でコアを調査していたイドは知っていた――アリータがかつて“没落戦争”において、地球に敵対し浮遊都市を壊滅させた、未知のテクノロジーで開発された“最終兵器”だったことを。



[感想]

 この作品、事情を知ると、よくぞ完成に漕ぎつけた、と感心する。なにせ、21世紀初頭には既にジェームズ・キャメロンが映画化権を獲得していたのである。木城ゆきとによる本篇原作『銃夢』と同様、SFコミックとして世界的に注目され、映画化権が買われた『寄生獣』が、契約期限切れとなって宙に浮き、けっきょく日本でようやく実写化が実現したのだから、よくも粘り強く映画化権を守り続けたものだと思う。

 この時期に完成に至ったのは、最終的にメガフォンを託されたのがロバート・ロドリゲスだったことも大きいだろう。インディーズ出身であり、最初の長篇『エル・マリアッチ』からはじまる3部作では自ら特撮まで手懸ける一方、子供をターゲットにした作品でCGや3Dにも意欲的に取り組んだ。そして何より、徹底した拘り故に製作期間を長く設けるキャメロン監督とは比較にならないほど撮影・製作のペースが早い。クエンティン・タランティーノとの競作企画『グラインドハウス』のなかで、両者の作品のあいだに挟んだフェイクの予告篇『マチェーテ』が好評だったことを受け、3年後には本当に長篇『マチェーテ』を発表している。技術に慣れスピーディな製作にも慣れているロバート・ロドリゲス監督だからこそ、本篇を完成に至らせることが出来た、と言っていいのではなかろうか。

 内容的には、実にキャメロン監督らしい、という印象である。CGとセットを併用して細部まで作り込まれた世界観と、純粋でありながら強いヒロイン像。ふんだんに盛り込まれたアクションの趣向と、外連味と完璧主義とが調和している。

 一方で、その随所にきちんとロバート・ロドリゲスらしい味わいがちらほら垣間見えるのも面白い。少し不良少年めいたヒューゴの衣裳をはじめ、街の若者たちのキャラクター性やデザインには、西部ものへの憧憬が色濃いロドリゲスの雰囲気がちらつく。個人的に笑ったのは中盤、“ザレム”を支配する勢力への抵抗を呼びかけるアリータに対し、冷淡だったハンター戦士たちだが、ある局面において、ひとりだけ意外な理由で動くくだりだ――ユーモアとしてはじめから脚本に盛り込まれていた要素だったかも知れないが、その人を食ったような趣向もまたロバート・ロドリゲス監督らしさが滲んでいる。

 題材的にも、本篇はこのふたりの突出した個性が調和しやすかったのだろう。それがいちばん明瞭なのが、“クズ鉄町”において立身出世の手段とも目されている“モーターボール”という競技のくだりだ。スポーツと呼ぶにはあまりにも過激な、出場者がサイボーグだからこそ許される娯楽だが、ストーリー上の必然性との調和はキャメロン、描写の過激さとユーモアの融合はロドリゲスのテイストに近い。ほぼCGのみで構築されているからこそ、用意周到さと、この表現手法への深い理解、そしてふたりの映画作家の個性がしっかり反映されていることが、非常に魅力的に実感できるひと幕だと思う。この大胆だが緻密なアクション・シーンを鑑賞するためだけでも、本篇は一見の価値がある。

 自我を持ったサイボーグ、兵器と称されるキャラクターの成長、というモチーフは、もはやだいぶ手垢がついた感があるが、その意味においても本篇の緻密さは光っている。駆け足ながらひとびととの交流を描き、そこに親密さや秘密、裏切りを盛り込むことで、アリータの感情を揺さぶっていく。自らを理解し、やがては自らの意志で行動に臨む姿は、観る者の心を震わせる。壮絶なアクション・シーンがを場として機能させながらも、それらは決して観客の安易な予測通りに運ばないのに、そこにははっきりとカタルシスが存在する。未体験のアクションと映像を構築しながらも、その世界の中でのドラマを疎かにしていないからこそ、本篇クライマックスの感動とラストの昂揚した余韻がある。

 前述したように、長い尺をかなり刈り詰めていることは語り口からも窺え、それがキャメロン監督やロドリゲス監督の傑作群と比較して少々落ちる印象を与える。しかし、刈り詰めたからこそのスピード感も確かにある。そのなかでみっちりと実の詰まった、極めて充実感のあるエンタテインメントである。待っただけの甲斐は確かにあった。



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