『アド・アストラ(字幕・IMAX)』

TOHOシネマズ日比谷のコンセッション上に封切り前に掲示されていた大型タペストリー。

原題:“Ad Astra” / 監督:ジェームズ・グレイ / 脚本:ジェームズ・グレイ、イーサン・グロス / 製作:ブラッド・ピット、デデ・ガードナー、ジェレミー・クライナー、ジェームズ・グレイ、アンソニー・カタガス、ロドリコ・テイシェイラアーノン・ミルチャン / 製作総指揮:マーク・バタン、ロウレンソ・サンタンナ、ソフィー・マス、ユ・ドン、ジェフリー・チャン、アンソニー・モサウィ、ポール・コンウェイ、ヤリーヴ・ミルチャン、マイケル・シェイファー / 撮影監督:ホイテ・ヴァン・ホイテマ / プロダクション・デザイナー:ケヴィン・トンプソン / 編集:ジョン・アクセルラッド、リー・ホーゲン / 視覚効果監修:アレン・マリス / 衣装:アルバート・ウォルスキー / キャスティング:ダグラス・エイベル / 音楽監修:ランドール・ポスター、ジョージ・ドレイコリアス / 音楽:マックス・リヒター / 追加音楽:ローン・バルフェ / 出演:ブラッド・ピットトミー・リー・ジョーンズ、ルース・ネッガ、ジョン・オーティスリヴ・タイラードナルド・サザーランド / 配給:20世紀フォックス

2019年アメリカ作品 / 上映時間:2時間3分 / 日本語字幕:松浦美奈

2019年9月20日日本公開

公式サイト : http://www.foxmovies-jp.com/adastra/

TOHOシネマズ日比谷にて初見(2019/9/26)



[粗筋]

 アメリカ軍のロイ・マクブライド少佐(ブラッド・ピット)が国際宇宙アンテナの整備をしているさなか、大規模な電波障害が発生した。他の作業員と共にロイも転落するが、辛うじて態勢を制御し、深傷を負わずに済んだ。

 ほどなくロイは上層部に呼び出され、重大な極秘情報を告げられる。国際宇宙アンテナのみならず世界中に影響を及ぼし多大な犠牲をもたらした“サージ”=電気嵐は海王星付近から発信された、と軍部は推測した。そこはかつて、地球外生命体の発見を目的とした“リマ計画”のロケットが通信を絶ち、消息不明となった領域だった。ロケットの船長は、H・クリフォード・マクブライド博士(トミー・リー・ジョーンズ)、すなわちロイの父である。アメリカ軍上層部は、父が未だ生存しており、海王星付近で何らかの実験を行っている、と推測していた。

 ロイは父の生存を信じていなかったが、父に向けたメッセージを送信するよう軍に命じられると、月へと赴いた。惑星開発が進んでいるのは火星までで、海王星にまで通信を届けられるのは火星の基地しかない。一方で月は観光地化も進む一方で、火星に向かうロケットを発射する基地までに広がる未開発の中間地帯では各国の紛争が繰り返され、掠奪も横行している。命の安全は保証されない使命だった。

 かつて父の友人であったが対立の末に“リマ計画”を離れたトーマス・プルイット博士(ドナルド・サザーランド)という“監視役”とともに、ロイは旅路に就いた――



[感想]

 いわゆるSF映画だが、『スター・ウォーズ』のような空想性豊かな作品とも、『2001年宇宙の旅』のような深いSF考証を施した作品とも印象は異なる。

 SFとしての考証が乏しい、という意味ではない。むしろ、近年の名作『オデッセイ』や『ゼロ・グラビティ』のように、現在の実際的な科学技術で手の届きそうな世界を構築している。距離が近いゆえに企業が進出して広告が溢れる一方で、基地を出ると国境が存在しないため無法地帯になっている月に、開発の前線基地ではあるが遠すぎるために地球との交流が少なく、くすんだ色合いをした火星基地など、描き出される宇宙開発の姿が非常に実感的だ。旅の課程で大きな事件も起きるが、それもまた現実的で生々しい。恐らくはSFに詳しくない観客でも、本篇で描かれる宇宙開発やその未来図は実感しやすいはずだ。

 そういう土台だから、SFならではの趣向を盛り込みながらも、ドラマに没頭しやすい。SFでは多くなりがちな説明台詞も、ブラッド・ピット演じる主人公ロイがモノローグで語る心情に巧みに織り込まれ、観る者を煩わすことがない。

 主人公であるロイという男は、率直に言えば普通の人間ではない。現代よりも技術が進んだ世界とは言い条、まだまだ専門家たちの領域である宇宙開発に携わっている時点でエリートなのは間違いないが、トラブルに遭遇してもほとんど動揺を見せず冷静に対処するさまは、常人離れしている。だが、そんな表面の顔を補うように織り込まれるモノローグには生身の人間が露わで説得力があり、その前提の上で見せるロイの表情は、変化が乏しいように見せかけて実に能弁だ。なまじ感情を表さないからこそ、突如として聞えてきた父の消息に示した僅かな動揺、それがじわじわとロイを動かしていることが伝わる。

 こうした心の動きが解り易いことこそ本篇の、とりわけブラッド・ピットの演技が目指したものなのだろう。人や情報で溢れかえった空間では稀釈されてしまう意志や感情を、宇宙という、広大無辺、それでいて(或いはそれ故に)虚無の世界へと投げ出すことで、純化させて見せている。

 一見、常人離れした主人公にも複雑な葛藤があり、それ故の懊悩も抱えている。周囲から人の姿が減っていくにつれて、否応なくそうした自らの本質と対峙せざるを得なくなる。頻発するトラブルとも対峙しながら繰り返す内省の果てに、やがてロイの人生を事実上支配していた“父”という存在が立ちはだかる。

 その“対決”の結末は自分の目で確かめて欲しい。そこになにを見出すのか、感銘を受けるのか、或いは締め括りに失望するのか、は作品に何を求めていたかによるだろう。ただ、決して大仰とは言えないクライマックスの展開と選ばれた着地点は、示唆するものが多い。

 ひとつ挙げるとするなら、ひとはもともと孤独で、理解の断絶がある。宇宙というあまりにも広大な空間がそれを拡張し、ロイという人物を形成するうえで大きな要素となった。だが、それは同時に、他者との繋がりをどこかで渇望していることでもあったのだろう。本当の孤独の中で、細く伸びきった絆を辿り、父の存在に辿り着いたことで、それをようやく悟る。だからこそのあの結末であり、本篇の中では見せることのなかったあの表情が着地点として相応しかった。

 SFとして正しく組み立てられながらも、文芸作品に通じる深い思索があり、それでいて後味はとても快い。私の観たジェームズ・グレイ監督作品のなかでも特筆すべき作品だと思うが、ブラッド・ピットのキャリアにおいても代表作となるべき1本となるだろう。



関連作品:

裏切り者』/『アンダーカヴァー

マリアンヌ』/『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』/『終戦のエンペラー』/『メカニック:ワールドミッション』/『ラビング 愛という名前のふたり』/『キングコング:髑髏島の巨神』/『インクレディブル・ハルク』/『メカニック』/『鑑定士と顔のない依頼人

ツリー・オブ・ライフ』/『2001年宇宙の旅』/『月に囚われた男』/『地球、最後の男』/『ゼロ・グラビティ』/『インターステラー』/『オデッセイ』/『ファースト・マン