『イッテQ!』には無印時代があった。

 我が家の録画データリストには、2005年10月3日に『イッテQ!』第1回の記録がある。

 このとき番組名に“世界の果てまで”はついていない。内容的にも、タレントが何らかのテーマでロケに赴き、クイズを作ってくる、という題名通りの内容でした。

 私はけっこう好きで追っていましたが、視聴率的にはどうだったのか、この無印時代とも言うべき『イッテQ!』は翌年3月27日に最終回を迎える。その約1週間後、最後の花火でもあるかのように、ゴールデンタイムに『世界の果てまでイッテQ!』と題した番組が放送されたのです。わざわざ海外まで行ってADが溶岩で焼肉をしようとしてたり、無印時代よりも予算を費やしているのに体当たり感が増す、というなかなかに粗いけど楽しい番組でした。

 それからしばらく間があって、ふたたび『世界の果てまでイッテq!』は九番として放送される。この二度の特番が思いのほか好評だったのか、それとも作り手側の意地や拘りがあったのか、無印の終了から約1年を経た2007年2月11日、『世界の果てまでイッテQ!』はレギュラー番組として“復活”を遂げたのです。

 視聴率についてはそんなに関心があったわけではないので、この番組が初期から好調に推移していたかどうか、までは解りません。しかし、初期から準レギュラー格だった宮川大輔がチーズ転がし祭で伝説を残しながら、その内容を『笑っていいとも!』で先に漏らした報復か、しばらく番組から姿を消す事件があったり(たぶん気づいていた人少ないと思う)、アマゾンの源流を辿る企画などでレギュラー入りしそうだったコンビ・だいなおがいつの間にか消えてたり、と紆余曲折を経て、同年11月、連続企画“珍獣ハンター”のために若手芸人を対しようとしたオーディションが実施され、このとき発見されたのが、イモトアヤコでした。

 不慣れながらも世界各地で体当たりで珍獣やアトラクションに挑んでいた彼女は、その姿勢が好感を招いて、早々に番組の看板レギュラーに成長していった。多忙のなか大学の卒業式を済ませたり、まったく望んでなかったのにその身体能力を買われて“イッテQ登山部”という企画にも起用され、泣き言をいいながらもだんだんいっぱしのアルピニストになっていく姿も、一視聴者としてはなからずーっと見守っていたのです、私は。

 そんな彼女が、ゴールデン前のパイロット版とも言うべき最初の特番で、溶岩での焼肉に挑んでいた当のスタッフである石崎Dと結婚する、と聞いて、感慨が湧かないはずがない。

 24日に突如行われた生放送がメンバーの結婚報告、と明かされたときも、イモトの可能性をまず疑いましたし、実際にイモトが前に出て来たときも、石崎Dがお相手の可能性を思い浮かべた。その後、イモトと様々な企画に挑む7人のうち誰がお相手か? というあざとい引きに、きっちり石崎Dが加わっているのを見たときには、より確信は強まり、仮に石崎Dでなかったとしてもスタッフの中に相手がいるのは確実、と考えていました。

 そこまで気を持たされた挙句の発表です。いち視聴者に過ぎないとは言い条、そりゃあ感慨にも浸りたくなりますし、お腹いっぱいにもなります。

 ……お陰様で昨日は、1時間の生放送を観るだけで、あまりに色々な感情が湧き起こりすぎてへとへとになりました。危うく『ジョーカー』の感想の仕上げが間に合わなくなるところだったぜ。



 ともあれ、イモトアヤコさんと石崎史郎D、後結婚おめでとうございます。『イッテQ!』無印時代からのいち視聴者として、末永い幸せをお祈りしております。しかし、まんいち別れるようなことがあったら、それもネタにされる覚悟ぐらいは決めておけ。