ポール・アルテ×芦辺拓 対談トークショー in 東京

プロジェクターで表示されたイベントタイトル。 本日は映画鑑賞はなし、その代わりにいつもと違うイベント2本立てでした。

 1件目は……訳あってここでは書けませんが、2件目は久々に本読みとしてのイベントです。現代フランスでは稀有な本格ミステリの書き手であるポール・アルテ氏の最新作『金時計』が本国に先駆けて刊行、これを記念して来日、東京と大阪でトークショーが企画されました。東京での対談相手は芦辺拓氏。私としては行かないわけにはいかない――もともと近いうちに読もう、と手近に置いてあった『第四の扉』を急遽前倒しで読み、泥縄を綯ったうえで出かけてきました。

 場所は神田駅近くのイベントスペース。TOHOシネマズ日本橋に向かう途中でよく通るところだったので迷わず到着。6階の受付に並んだら、おふたり前に日下三蔵氏がいらっしゃいました。前にお逢いしたことがあるんですが、ご記憶されてるか自信がなかったので、声はかけられず。

 開演までの時間、会場ではプロジェクターを用いて何やら映像を流している。どうやら事前に準備した、ミステリ映画・ドラマをダイジェストで流していた模様。途中、芦辺氏が「このあと『本陣殺人事件』のトリック部分が出て来ますけど、さすがにご存じない方おられませんよね?」と確認されてましたが、たぶんあそこにいた中に知らない人間はいないと思う。

 17時よりイベントスタート。司会の方がひととおりのアジェンダ(と言ってみたかったそうです)を説明し、まずはオーソドックスに、ミステリとの出会いをテーマにした話からスタート。

 どうやらアルテ氏は幼少時からミステリ・マニアとしての素養があったようで、児童向けのお話の中にあるミステリ要素にまず惹かれ、10歳くらいで『黄色い部屋の謎』を漫画版で読んでストーリーに興味を持つようになった。家にはアガサ・クリスティーの諸作があって、母と姉がその内容について語っていたために関心はあったそうですが、本格的に読み始めたのは12歳の頃かららしい。アルテ氏の作風のベースとなっているディクスン・カーとの出会いは22歳になってからだったそうです。

 こうした話の合間にも、芦辺氏がフランスのミステリ事情についての質問を挟み、その辺もだいぶ伝わってきた。アルテ氏がカーに出会ったときでさえ古本屋を捜すのがメインだったそうですが、現代となってはエラリー・クイーンはおろか、アルセーヌ・ルパンでさえ過去のものとなっているらしい。日本でのいわゆる“本格ミステリ”の広がりそのものは知られているらしく、既に翻訳されている“Tokyo Zodiac”――たぶん『占星術殺人事件』などは読まれたそうですが、残念ながらまだまだ届けられてはいないらしい。それでも『名探偵コナン』は現地のコミックスで既に120巻を数えていて、こちらはちゃんと読まれているそうな。コナンすげえ。

 そしてやっぱりアルテ氏にとって大きいのはディクスン・カーの存在。司会者からの、お気に入り3作品を選ぶなら? という問いかけに、「10作くらい思い浮かぶのですが……」と断って、『プレーグコートの殺人』、『孔雀の羽根』、『爬虫類館の殺人』、『死が二人を分かつまで』、『赤後家の殺人』、『ユダの窓』を理由も併せて列挙されてました。芦辺氏は『ビロードの悪魔』『火刑法廷』、『皇帝のかぎ煙草入れ』だそうです……名探偵が出てない作品ばかりなのに恐縮されてましたが。

 続いて、おふたの名探偵観。芦辺氏は、いわゆる特殊能力に頼らず、知力だけで悪と戦う、いわばいちばん身近なヒーローと定義づけているのに対し、アルテ氏はむしろ、名探偵を名探偵たらしめる周囲の人間をけっこう重要視していた模様。序盤の話が盛り上がってしまったためにあまり掘り下げてはいませんでしたが、芦辺氏のヒーロー論に共感を示しつつも、もっと名探偵をシステマティックに捉えていそうな印象でした。あくまで私の印象。

 そこからアルテ氏の初期長篇で探偵役を務めたツイスト博士について。もともとフェル博士の作品がもう読めないことを嘆き、「自分で続きを書きたい」というところから執筆を始めたものの、遺族からの許可が下りずにツイスト博士を誕生させた――という経緯は『第四の扉』の解説などでも記されている通り。自身がその活躍の舞台として20世紀中頃のイギリスを選んだのは、カーや前述したクリスティの作品世界がイギリスだったから、というのが大きいそうです。

 ここから話は最新作『金時計』について。日本では2冊目の紹介となるオーウェン・バーンズのシリーズですが、実はかなり特殊な作品らしい。バーンズはツイスト博士より更に遡って20世紀初頭の探偵役なのですが、ここに今回、アルテ氏の作品としては非常に現代に近い視点での物語が絡んでくる。アルテ氏自身の体験も織り交ぜて、例によって一筋縄で行かない内容になっているとのこと――読むのがとっても楽しみ。

 ちなみに、まだ訳されていないツイスト博士シリーズの1作『サイレンの叫び』では、フェル博士を思わせる人物とツイスト博士が邂逅を果たしているそうです。会場にもいらしているらしい翻訳者の平岡敦氏にプレッシャーをかける一方、芦辺氏がここぞとばかり、「僕の作品にツイスト博士を登場させていいですか?」と問われ、アルテ氏が「許可します」と即答する場面も――というわけで、そのうち芦辺氏はツイスト博士のパスティーシュを発表します。確定ということで。

受付横に掲示された、アラン・ツイスト博士と森江春策のイラスト。 最後に来客からの質疑応答へ。ちょっと長くなってしまったのですぺてを拾うのはやめますが、個人的に興味深かったのは、「執筆するのにいちばん苦労した作品は?」という質問でした。

 実はそれは先ほども触れた未訳作『サイレンの叫び』だったらしい。アルテ氏は書き上げてから2週間ほど寝かせ、改めてパソコン上で読み直して確認するそうなのですが、『サイレンの叫び』は何故か、あるべき章が抜け、別の章が重複して残っていた。やむなく記憶を頼りに書き直したそうですが、それがよりによって13章だったそうです。

 ……怪談ですってばそれ。

 ますます平岡氏へのプレッシャーが強まる中、私はこっそり、フランス語を勉強してみようかな、という気分になっていたり……。

 会場内には面識のある方が何人かいらっしゃいそうでしたが、実のところ人の顔を覚えるのが苦手で、後ろ髪引かれる気分を味わいつつ、早々に離脱。何はともあれ、非常に面白そうなので、本日入手した『金時計』はさっそく読み始めます。



 ちなみに大阪でのイベントは明日開催、そちらのゲストは芦辺拓氏に代わり綾辻行人氏と有栖川有栖氏……そちらにも興味はありましたけれど、さすがにいま大阪まで行くのは厳しい……。