『バケモノの子』

TOHOシネマズ日本橋、スクリーン1入口に掲示されたチラシ。

原作、監督&脚本:細田守 / 脚本協力:奥寺佐渡子 / 作画監督山下高明、西田達三 / 美術設計:上條安里 / 美術監督:大森崇、郄松洋平、西川洋一 / 衣装:伊賀大介 / CGディレクター:堀部亮 / 編集:西山茂 / 音響効果:赤澤勇二 / 音楽:高木正勝 / 音楽プロデューサー:北原京子 / オーケストレーション:足本憲治 / 主題歌:Mr.Children『Starting Over』 / 声の出演:役所広司、宮粼あおい、染谷将太広瀬すず津川雅彦山路和弘宮野真守山口勝平諸星すみれ黒木華、大野百花、長塚圭史麻生久美子リリー・フランキー大泉洋 / 企画&制作:スタジオ地図 / 配給:東宝 / 映像ソフト発売元:VAP

2015年日本作品 / 上映時間:1時間59分

2015年7月11日日本公開

2018年7月4日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video期間限定スペシャル・プライス版:amazonBlu-ray Disc期間限定スペシャル・プライス版:amazonBlu-ray Discスペシャル・エディション:amazon]

公式サイト : http://bakemono-no-ko.jp/

TOHOシネマズ日本橋にて初見(2015/09/14)



[粗筋]

 バケモノの国の宗師が、新たな神になるべく引退の準備を始めた。そのために数多くの弟子のなかから新たな宗師を選ぶこととなったが、目下有力な跡目候補はふたり。ひとりは猪王山という、品格、実力、人徳すべて申し分のない男。もうひとりは熊徹――実力においては猪王山をも凌ぐ、と言われるが、困ったことに傲岸不遜で傍若無人、弟子のひとりもいない有様だった。宗師となるためには、弟子を育てる必要があった。

 人間の少年、蓮はその頃、ひとりぼっちになった。引き取られるはずだった親戚のもとから逃げ出し、渋谷に潜んだ蓮は、そこで熊徹と出会う。同行していた多々良の軽口を真に受け、熊徹は蓮を弟子にする、と言い出したのだった。

 警官に連行されそうになり、行き場を失った蓮は意を決し、熊徹のあとを追って、バケモノたちの世界へと辿り着いた。跡目争いの事情など知るよしもない蓮は、弟子に取る、という熊徹に固辞するが、もとの世界に戻っても居場所のない蓮は、熊徹に頼るしかなかった。

 名乗ることを拒んだために、“九太”という適当な名を与えられた蓮と熊徹の、奇妙な共同生活が始まった。なおも熊徹に反発していた蓮だったが、市場で熊徹が猪王山と言い争いから私闘に発展したとき、群衆が猪王山にばかり声援を送る様に、蓮は己の境遇を重ねた。宗師の介入で私闘はお開きとなったが、誰の目にも明らかな敗北にふて腐れる熊徹に、蓮は「弟子になってやってもいい」と告げるのだった――



[感想]

 制作時期からすると、これはうがち過ぎな見解である可能性が高いが、本篇の手触りは、細田守監督およびスタジオ地図が、制作部門を休止したスタジオジブリに代わって、日本の夏の定番だった大作アニメーションの流れを意識的に受け継ごうとしたかのように感じられる。

 細田監督の作品はそれまで、アニメ作品としては一風変わった趣向を採り入れつつ、ファミリー層も対象に入れるためにはキャッチーとは言えない要素を軸に組み立てられていた。それに比べると、本篇は広範な年齢層へのアピールを試みているように映る。たとえば、動物をモチーフにした非常に理解しやすい“バケモノ”たちや、マスコット的な未知の小動物がいる。そして“バケモノ”たちの中心地・渋天街と表裏一体になっている人間の街が、日本の文化の発信地・渋谷だ。

 そしてもうひとつ、本篇序盤の描写は、愛好家にはひと目で解るほどはっきりと、ジャッキー・チェン初期作品へオマージュを捧げている。プロローグ、シルエットで型を披露するバケモノたちの姿がまずそうだし、九太と名付けられた蓮と熊徹の関係性など、ジャッキー初期作品に見られた師弟関係を彷彿とさせる。修行の仕方にしても、往年のカンフー映画の趣向を踏まえているのが随所で窺え、あのあたりに親しんでいる者はニヤリとせずにいられないはずである。

 そうした、広範な年齢層を楽しませる要素を意識的に採り入れたうえで、本篇は観客をワクワクさせる冒険に、時間をかけた成長物語も加味している。興奮と感動をうまく織り交ぜ、壮大なクライマックスとカタルシスも演出している。要素や大まかな構造が娯楽映画として理想的なのだから、観ていて楽しくないはずがない。

 ただ、それでも微妙な印象を受ける可能性があるとすれば、後半で方向性が微妙に変わったように映るあたりだろう。

 本篇の後半、蓮=九太(染谷将太)は17歳に成長する。熊徹とともに成長した彼はバケモノの世界での居場所を確保しているが、ひょんなことから人間の世界へ戻る道を見つけてしまう。そこからの展開が、驚くほど現実的なのだ。

 あまりにも堅実に、人間の世界への復帰を目指すようなストーリー展開は、まるでそれまでのファンタジー的な部分を拒絶しているかのようにも映る。危機の内容や対処こそ、いちおうはファンタジーの世界観を踏襲しているが、そこで蓮や、終盤から登場するヒロイン格の楓(広瀬すず)が口にする言葉は、前向きではあるが現実に寄り添いすぎているように思える。締め括りにしても、同じような観点から不満のあるひともいるだろう。

 しかしこうした描写や主題は、実のところ細田監督の作品では常に表出してきたものだ。『時をかける少女』で既にその片鱗は覗いており、前作『おおかみこどもの雨と雪』など本作同様に前提はファンタジーだが、そこから展開する物語には現実がはっきりとつきまとっている。本篇はそのラインを踏襲しつつ、ファンタジーの部分を濃厚にしながら、更に適切なバランスを模索して組み立てられた、と捉えられるのだ。

 最初に記したような、スタジオジブリの衣鉢を継ぐ、といった心意気があったわけではないにせよ、本篇は細田監督がオリジナル作品で次第に露わにしてきた作家性と、広い年齢層に支持される娯楽性とを、より高いレベルで調和させようとした試みだったのではなかろうか。次第に上映館を増やし、評価が確定したあとだったから、という理由もあるだろうが、そういう果敢な挑戦が支持されたからこそ、細田監督最大のヒットを成し遂げるに至ったのだろう。

 監督の作家性、という意味ではもうひとつ、“家族”というテーマがあるが、その意味においても本篇は明快に押し出しながらも、従来の作品よりも現代的な扱いにシフトしており、その意味でも低い年齢層に実感しやすくなった、と言えるかも知れない。そして、その方向性は、ふたたび3年の間隔をおいて発表された2018年の最新作『未来のミライ』において、より明瞭に打ち出されている。



関連作品:

時をかける少女』/『サマーウォーズ』/『おおかみこどもの雨と雪』/『未来のミライ

パコと魔法の絵本』/『渇き。』/『少年メリケンサック』/『カラフル』/『寄生獣』/『寄生獣 完結編』/『舞妓はレディ』/『ズートピア』/『SING シング』/『ふたりはプリキュア Splash Star チクタク危機一髪!』/『シュガー・ラッシュ』/『幕が上がる』/『ヘブンズ・ドア』/『罪とか罰とか』/『そして父になる』/『思い出のマーニー

スネーキーモンキー/蛇拳』/『オズの魔法使』/『千と千尋の神隠し』/『猫の恩返し』/『ハウルの動く城』/『かいじゅうたちのいるところ』/『パンズ・ラビリンス