『レディ・バード』

TOHOシネマズシャンテが入っているビル外壁に掲げられた看板。

原題:“Lady Bird” / 監督&脚本:グレタ・ガーウィグ / 製作:スコット・ルーディン、イーライ・ブッシュ、エヴリン・オニール / 製作総指揮:リラ・ヤコブ / 撮影監督:サム・レヴィ / プロダクション・デザイナー:クリス・ジョーンズ / 編集:ニック・ヒューイ / 衣装:エイプリル・ネイピア / キャスティング:アリソン・ジョーンズ、ハイジ・グリフィス、ジョーダン・セイラー / 音楽:ジョン・ブライオン / 出演:シアーシャ・ローナンローリー・メトカーフ、トレイシー・レッツ、ルーカス・ヘッジズティモシー・シャラメ、ビーニー・フェルドスタイン、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソンロイス・スミス / 配給:東宝東和

2017年アメリカ作品 / 上映時間:1時間34分 / 日本語字幕:稲田嵯裕里 / PG12

第90回アカデミー作品、監督、オリジナル脚本、主演女優、助演女優賞候補作品

2018年6月1日日本公開

公式サイト : http://ladybird-movie.jp/

TOHOシネマズシャンテにて初見(2018/06/28)



[粗筋]

 クリスティン・“レディ・バード”・マクファーソン(シアーシャ・ローナン)が母のマリオン(ローリー・メトカーフ)と口論になったのは、間近に控えた卒業後の進路の話がきっかけだった。

 一家が暮らすカリフォルニア州サクラメントは都会とは言えず、田舎でもない、微妙な立ち位置にある。母の言うがまま地元の大学に進んで、安穏とした生活をすることが、レディ・バードには我慢出来なかった。

 かと言って、レディ・バードには具体的な夢がない。特に関心もないまま、内申点目当てで親友のジュリー・ステファンス(ビーニー・フェルドスタイン)と共に参加したミュージカルのオーディションで、張り切って制服から着替えて熱演を振るったが、役を増やしてまで全員合格になってしまったことに幻滅する。

 しかしこのオーディションで、レディ・バードは気になる男子と出会う。ミュージカルの主役に抜擢されたダニー・オニール(ルーカス・ヘッジズ)もレディ・バードに興味を抱き、高校のダンス・パーティの夜、ふたりは遂にキスまで漕ぎつけた。

 かねてから憧れていた瀟洒な一軒家とも縁のあるダニーとの交際にすっかり浮かれていたレディ・バードだったが、感謝祭の夜、とんでもないものを目撃してしまう――



[感想]

 とにかくこの作品、冒頭のインパクトが凄い。思春期の娘と母親の微妙な関係を匂わせつつ、タイトルロール“レディ・バード”の現状を匂わせ、直後に衝撃的なあの場面。アカデミー賞で本篇が話題になった際も盛んに引用された、映画史に残りそうなくらいの名場面である。

 しかし、このインパクトに惑わされて、危うく見過ごしてしまいそうになるが、実のところ本篇の主人公である“レディ・バード”は決して特殊な人物ではない。学内のオーディションで目立とうとひとりだけ衣裳に着替える、なんて行動も見られるが、それ自体目立とうとする人間があえてやろうと思えば出来る程度のことで、取り立てて変わっているわけではない。

 彼女の言動を検証していくと、むしろとても平均的な女の子と言える。これといった目標もなく、具体的な未来像も描けないまま“此処は自分のいるべき場所ではない”と闇雲に故郷を離れたがる。劣等生ではないにしてもずば抜けて成績がいいわけでもなく、学内のミュージカルでも半ばお情けで役を得られたことを自虐する程度で、粗筋では省略したが、最終的にろくに練習にも足を運ばなくなる。明確な目標もないので、周囲のひとびとの言動や新たに親密になるひとびとの振る舞いにあっさりと影響されてしまう。

 同じような経験をひとつ漏らさず通過しているひとはさすがにいないだろうが、彼女の振る舞い、遭遇するトラブルは、みなどこかしら経験したことがあるはずだ。環境も凡庸なら資質も凡庸な少女が、いま自らがいる場所から羽ばたきたい一心でもがく姿に、観客は少なからず共感を覚えてしまうはずだ。

 そして、そうやってもがきながら最後に彼女は、郷里や家庭環境を拒絶することではなく、認める境地へと辿り着く。現在進行形で己の今いる場所から羽ばたこうと努力しているひとのなかにはしっくり来ない場合もあるだろうが、こういう時期を通過し、経験を重ねたひとには彼女の心境は理解できるはずだ。

 そうして読み解いていくと、本篇のテーマが目指す方向性は、同時期に製作され、揃って賞レースを賑わすことになった『ワンダー 君は太陽』と似ている。主人公の際立った特徴、突出した魅力に惑わされそうになるが、どちらも描こうとしているのは、当たり前に生きることの難しさと尊さなのだ。

 だから本篇は、“レディ・バード”を、才能に恵まれた人物ではないけれど、魅力溢れるキャラクターとして描きだしている。彼女が体験する様々な出来事を、有り体のものとして安易に表現せず、緩急をつけてテンポよく、そして印象的に見せる。多くの人が経験しているはずの出来事を、生命力豊かに活き活きとスクリーンに映しだす。そうして、どこにでもある出来事や経験を肯定する。

 ここでもうひとつ注目していただきたいのは、“レディ・バード”の母親の描写だ。劇中、終始意見が対立する彼女の立ち位置は悪役のようだが、大人の目で見れば、母親なりに“レディ・バード”の将来を気遣っての言動であることは充分に窺える。それでも対立してしまう母親の心情と、主人公がそれを理解し受け入れるクライマックスはとても繊細だ。まるでうっかり触れれば壊れてしまうかのような描写はやがて、このふたりは血が繋がっている、ということをもとても優しく、大切なものとして描き出す。この物語は、思春期の娘を持つ母親の、母親としての生き方を認めると同時に、かつて“レディ・バード”と同じような道を辿ってきたはずの母親の青春をもそっと賞賛しているのだ。

レディ・バード”と自らを呼んだ少女が大人として羽ばたくまでを描いた作品だが、まるで群像劇のように、多くのひとびとが経験する“青春”を捉え、目映く描きだした。『アメリカン・グラフィティ』や『スタンド・バイ・ミー』のような作品と並んで、青春映画の傑作として語り継がれるべき1本だと思う。



関連作品:

犬ヶ島』/『つぐない』/『ラブリーボーン』/『ハンナ』/『グランド・ブダペスト・ホテル』/『8月の家族たち』/『とらわれて夏』/『インターステラー』/『エデンの東』/『マイノリティ・リポート

真夜中のカーボーイ』/『アメリカン・グラフィティ』/『スタンド・バイ・ミー』/『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』/『アメイジング・スパイダーマン2』/『ウォールフラワー』/『ワンダー 君は太陽』/『30年後の同窓会