『ゲティ家の身代金』

映画パンフレットと劇場の袋と半券。

原題:“All the Money in the World” / 原作:ジョン・ピアーソン(ハーパーコリンズ・ジャパン刊) / 監督:リドリー・スコット / 脚本:デヴィッド・スカルパ / 製作:クリス・クラーク、クエンティン・カーティス、ダン・フリードキン、マーク・ハッファム、リドリー・スコット、ブラッドリー・トーマス、ケヴィン・J・ウォルシュ / 撮影監督:ダリウス・ウォルスキー / プロダクション・デザイナー:アーサー・マックス / 編集:クレア・シンプソン / 衣装:ジャンティ・イェーツ / キャスティング:カルメンキューバ / 音楽:ダニエル・ペンバートン / 出演:ミシェル・ウィリアムズクリストファー・プラマーマーク・ウォールバーグロマン・デュリスティモシー・ハットン、チャーリー・プラマー、チャーリー・ショットウェル、アンドリュー・バカン、マルコ・レオナルディ / スコット・フリー&レッドラム・フィルムズ製作 / 配給:KADOKAWA

2017年アメリカ作品 / 上映時間:2時間12分 / 日本語字幕:松崎広幸 / R-15+

2018年5月25日日本公開

第90回アカデミー賞助演男優賞候補作品

公式サイト : http://getty-ransom.jp/

TOHOシネマズ日比谷にて初見(2018/06/21)



[粗筋]

 1973年、イタリアのローマで、ひとりの青年が拉致された。

 電話を受けた青年の母、アビゲイル・“ゲイル”・ゲティ(ミシェル・ウィリアムズ)は最初、冗談だと思った。要求額は、1700万ドル。自分には払えない、と返すと、誘拐犯は「父親に頼め」と言い放つ。

 攫われた青年の名は、ジャン・ポール・ゲティIII世(チャーリー・プラマー)。石油王ジャン・ポール・ゲティ(クリストファー・プラマー)の孫である。蓄えた財産はおよそ5億ドル、人類史上最大の富を築いた、と謳われる人物だった。

 実のところゲイルは既に、ジャン・ポール・ゲティの息子ジュニア(アンドリュー・バカン)とは離婚が成立している。独立してアメリカで家庭を築いていたが破産状態に陥り、助けを求めた我が子をイタリアに招き、ジャン・ポール・ゲティは自らの系列会社の要職としてジュニアを雇い、助けた。しかし、一代で莫大な財を築いた男の後継者、というプレッシャーに負けたジュニアは麻薬に溺れ、もはや靴紐さえ自分で結べない状態に陥ってしまった。ゲイルは慰謝料は受け取らず、我が子の監護権のみ確保して、ゲティ家とは距離を取った――はずだった。

 我が子の命には替えられず、やむなくジャン・ポール・ゲティに助けを求めようとした矢先、ゲイルは息子の祖父がテレビのインタビューに答える姿を見る。ジャン・ポール・ゲティは、身代金の要求に対し、支払の意思がないことを明言した。いわく、もし要求に屈してしまえば、14人の孫たちが全員狙われることになる。いくら金があっても足りない。

 だがその一方で、ジャン・ポール・ゲティは中東で価格交渉に赴いていた部下のフレッチャー・チェイス(マーク・ウォールバーグ)を呼び戻していた。もともとCIAに所属していたチェイスに、ゲイルに帯同し、ポールを救うように命じる――ただし、出費は最小限で。

 プロフェッショナルの誘拐犯と、世界中の富を独占しようとする男。ゲイルはこのふたつの強大な敵と戦う羽目になっていた――



[感想]

 まず最初に、本篇については、どーしても触れておきたいエピソードがある。

 本篇の象徴たる大富豪ジャン・ポール・ゲティだが、当初はケヴィン・スペイシーが特殊メイクを施して演じていた。だが、北米での公開を間近にして、スペイシーに男性相手のセクハラ疑惑が浮上する。お蔵入りになっても不思議ではない状況だったが、リドリー・スコット監督は再撮影を即決、ジャン・ポール・ゲティ役として新たにクリストファー・プラマーを起用すると、2週間ですべての撮影を終わらせ、公開に間に合わせた。

 驚くべきは、このハリウッドの常識から逸脱した強行軍にも拘わらず作品自体が高く評価され、代役として登板したクリストファー・プラマーは本篇の演技によって、史上最高齢となるアカデミー賞助演男優賞候補となったのだ。もはや作品そのものの出来映えとは別に語り継がれることは確実の、大逆転のドラマが起きていたのである。

 こういう予備知識をもとに鑑賞してまず驚くのは、“差し換えた”という印象をまったく受けない、完璧すぎる仕上がりだ。

 恐らく上記の事件についてまったく知らないまま鑑賞したなら、微塵も違和感を覚えないままだろう。そのくらい、代役として参加したクリストファー・プラマーと、彼が登場するシーンは自然に馴染んでいる。

 あえて再撮影という修羅の道を選んだ背景には、それが可能な能力と技術とが揃えられたから、というのも重要だろうが、何よりも、このクリストファー・プラマーが演じるジャン・ポール・ゲティというキャラクターが、作品にとって欠くべからざる存在だったからだ。

 本篇は誘拐事件を扱っているが、類を見ない展開を見せたのはひとえに、このジャン・ポール・ゲティという稀有な人物の存在に起因している。人類史上最大の財を築いたと言われる一方で、人を信じない吝嗇家。また、あり得ないほどの富を蓄えた人物だからこそ、凡人の感覚からかけ離れた論理で動く人物でもあった。そのことが最も象徴的に現れたのが、身代金支払を拒絶した一件だろう。

 実際にそういう評価を得ているようだが、いったん支払を固辞したことは、決して間違いではない。劇中で本人が口にしているように、支払に応じることでほかの孫たちが狙われ際限なく身代金を要求されるリスクを警戒した、というのもあるだろうが、交渉術という側面からも、強硬な態度を示したことには意味があった。誘拐事件のその後の推移は、間違いなく、ジャン・ポール・ゲティの決断が大きく影響している。

 そしてこのことで、被害者の母親は誘拐犯と同時に、ジャン・ポール・ゲティという傑物とも対決せねばならなくなり、それが誘拐を題材にした従来の作品とは一線を画した展開と緊迫感とを生んでいる。

 カメラは脅迫される側だけでなく、誘拐犯にも向けられる。これは決して本篇が初めてではないが、ビジネスとして誘拐を行う人々の振る舞いを描いているのも見所だ。特に中盤における大きな変化は、こうした駆け引きが普通に行われている世界での実態を窺わせる。欲望も大きく関わってはいるが、しかしその遂行の上で、動かしがたい力関係が存在する。

 そしてそのことが、誘拐事件では稀にあると言われる。被害者と誘拐犯のあいだに奇妙な絆が生じるところまで物語に織り込むことを許した。

 本篇はジャン・ポール・ゲティという特異な人物を軸としつつ、桁外れに莫大な金の動く誘拐事件によって生じるドラマやサスペンスを、重層的に描きだしている。豊潤だが予測の困難なストーリーは、しかし間違いなく、最後まで凡人にはその思考が計り知れないジャン・ポール・ゲティという人物をリアルに再現したからこそだろう。

 シナリオ自体が非常に質が高く魅力的だが、そのうえでリドリー・スコット監督らしい統一感と膨らみに富んだ映像に仕立て、短くはないが決して長すぎない尺のなかでテンポよく纏めるのは決して簡単ではない。短期間でこのレベルに仕上げたスタッフの苦労が偲ばれるが、やはりもともとそれだけの力が備わっていて初めて可能だったことだろう。

 封切り直前の降板という事件を踏まえているからこそ余計に、本篇はリドリー・スコットという監督が築きあげたものの確かさを実感させられる。信頼できる役者がすぐに呼びかけに応え、公開直前の再撮影・再編集という強行軍でも充分なクオリティに仕上げることの出来る人脈、それを的確にコントロールする指揮能力。ただの強突く張りが我を通して周囲を翻弄する、というだけの話では終わらない、多彩な側面を備えた作品を、そうしたトラブルを経ながらも見事に完成させることが出来たのは、スコット監督の優れた職人的手腕の為せる技なのだ。



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