『オール・ザット・ジャズ』

TOHOシネマズ日本橋が入っているコレド室町地下の通路に掲示された案内ポスター。(※『午前十時の映画祭9』当時) オール・ザット・ジャズ(ミュージック・エディション) [DVD]

原題:“All That Jazz” / 監督&振付:ボブ・フォッシー / 脚本:ロバート・アラン・アーサーボブ・フォッシー / 製作:ロバート・アラン・アーサー / 製作総指揮:ダニエル・メルニック / 撮影監督:ジュゼッペ・ロトゥンノ / 美術:フィリップ・ローゼンバーグ / 編集:アラン・ハイム / キャスティング:ハワード・ファウアー、ジェレミー・リッツァー / ミュージカル・スーパーヴァイザー:スタンリー・レボウスキー / 音楽:ラルフ・バーンズ / 出演:ロイ・シャイダージェシカ・ラング、リーランド・パーマー、アン・ラインキング、クリフ・ゴーマン、ベン・ヴェリーン、エリザベート・フォルディ、マックス・ライト、ジョン・リスゴー / 配給&映像ソフト発売元:20世紀フォックス

1979年アメリカ作品 / 上映時間:2時間3分 / 日本語字幕:野中重雄 / R15+

1980年8月30日日本公開

午前十時の映画祭9(2017/04/01〜2018/03/23開催)上映作品

2016年1月10日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

TOHOシネマズ日本橋にて初見(2017/5/29)



[粗筋]

 音楽を流しながらくわえ煙草でシャワーを浴び、常備薬を飲んで目薬を点す。そして鏡に向かって「さあ、ショウ・タイムだ」と呟く――そうしてジョー・ギデオン(ロイ・シャイダー)は仕事に臨む。

 目下、ジョーはブロードウェイでかける新たなミュージカルの準備に入っていた。オーディションから立ち会い、有望な役者を選出していく――だがそこに、自らの嗜好に合った者も含めてしまうのは、ジョーの悪い癖だ。結果、妻と別れ、最愛の娘ミシェル(エリザベート・フォルディ)からも「女遊びはやめて」と釘を刺されるほどだった。

 折しもジョーは並行して、新作映画の編集に取りかかっていた。しかし、モノローグのくだりがどうしても退屈で、なかなか納得の行くものに仕上がらず、制作期間は大幅に延びている。そろそろ製作サイドも苛立ちを隠さなくなってきたが、ジョーは手直しを続けていた。

 映画の製作だけでなく、舞台の準備もなかなか思うようには進まない。若手に指導をしながら、ジョーは密かに懊悩を続けるのだった――



[感想]

 あまり予備知識を仕入れずに鑑賞したため、漠然と“ミュージカルに携わった人々を描くミュージカル”ぐらいに捉えていた。それ故に、冒頭から延々とオーディションのシーンが続くことにまず戸惑い、急に挿入される主人公のひとり語りめいたくだりに違和感を覚え、劇中劇のものとは異なるミュージカル・パートが登場するに及んでしばし混乱に陥った。

 しかし次第に、当初の理解が必ずしも誤りでなかったことに気づく。特徴的なのは、ミュージカル・パートを乱発させず、その素性が語られない人物との対話を通して、ジョー・ギデオンという人物の偽らざる胸中を自然に語らせることで、どこかドキュメンタリーめいた手触りを生み出していることだ。起床後に身嗜みを整えるくだりを複数のショットで表現したり、あまりにもプライベートに潜入しすぎている描写が多いので、ドキュメンタリーなどではないことは明白なのだが、安易な台詞やナレーションで補うことなく、創作や自らの心と身体の問題に苦悩する様が感じられるのが、ドキュメンタリーさながらの趣がある。

 恐らくそれは、本篇が“自伝的作品”と言われるほど、監督であるボブ・フォッシーの姿に寄り添って描かれているからだろう。劇中のジョー・ギデオン同様にショウ・ビジネスの世界で成功を収めながらも私生活に悩みを抱え、更には、自らの身に“ある時期”が訪れつつあることを悟っていたという監督が、その心境を偽ることなく織り込んでいったから、本篇に織り込まれる焦り、懊悩、絶望や諦念といったものに説得力がある。

 本篇の狙いが明白になってくるのは後半以降だが、きちんと読み解いていけば、序盤からきちんと伏線が張られていることに気づく。表情や細かな言動に予兆があるのは無論だが、一見、さほど意味のない挿話のように映る、映画を執念深く編集しているくだりに、はっきりとそれが象徴されている。本篇の構成は、そこで語られるプロセスを、監督であるボブ・フォッシーが、恐らくは最も身に染みついた方法により表現したものなのだ。

 序盤こそさながらドキュメンタリーのような手触りだが、後半に赴くに従い、あり得ないシチュエーションでのミュージカル・パートが展開し、フィクションそのものになっていくのだが、しかし、そこで描かれる感情の切実さはひしひしと伝わってくる。後半の演奏はいくぶんしつこく感じられるほどだが、そこには、この段階に至ってもなお捨てきれない執着、未練が色濃く滲んでいる。そう気づくと、この壮麗かつ長尺のクライマックスが言いようもなく切なく、痛ましく映る。

 やたらと執拗に盛り上げたクライマックスのあと、ほとんど唐突、かつ無造作と言えるシーンで本篇は幕を下ろす。その素っ気なさは、いっそ悟りにも似た印象をも残すが、それをあえてこうして描きだしたことに、創作者としての未練がましさ、執念もやはり同様に垣間見える。

 本篇は、人間なら逃れようもない宿命に、創作者として、自らが得意とする表現で臨んだ作品なのである。洗練されながらもどこかみっともなさを残していることが、なおさらに本篇を、胸に切実に訴えかけるものにしているのだろう。



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