酒林堂 八雲 in 松江洞光寺。

 怪し会を今年春の“拾”で完結とし、怪談という縛りを外しつつ近いフォーマットでスタートしたこの酒林堂、お寺でのイベントに相応しく、般若心経で始まります。怪し会初期からサポートする肘岡拓朗氏が主導して、キャストが唱和していくのですが、肘岡氏がどうも般若心経を暗誦していることにちょっとビックリしてたり。

 最初に演じるのは、木原浩勝氏原作の“木守り”。怪し会の端緒となった、木原氏が茶風林氏の依頼で書き下ろした1篇であり、今年春の怪し会 拾でも演じられた代表作が、記念すべき酒林堂最初の公演でも1本目に選ばれたのはごく当然ことだと思います。私の記憶通りなら、拾のときと同様に鶴岡聡氏が語り手を、肘岡氏が父親を、そして茶風林氏が真相を解き明かす住職を演じ、脚本も演技も回数を重ねて熟練しているので、まったく隙のない演目でした。っていうか私、この演目を今年だけで4回も鑑賞してるな……。

 続いては“松平不昧公一代記「怪談・ヤング不昧公」”。これがこの酒林堂からの新機軸と言っていいでしょう。ここで観客のど真ん前に机が用意され、そこで茶風林氏がまるで講談師よろしく外連味たっぷりに不昧公の功績を語っていく。日中に歴史館の企画展にて復習した上で鑑賞したので断言できますが、はっきり言ってフィクションです。ただし、不昧公の事業じたいはほぼ正しく網羅している。それを、初めて手に入れたいわくつきの茶器に古の茶人らしき霊が取り憑き、不昧公=松平治郷に茶器の蒐集と茶の湯の再興を請い、代わりに借金に悩む領地の経済再建に助力する――という設定で綴っている。途中でなんだか薔薇が咲き誇るような展開があったり、締め括りのエピソードで急に中原麻衣氏がやたら可愛らしい役柄で登場したり、とアニメっぽい趣向が多々盛り込まれてましたが、それもまたご愛敬。これまで怪し会で築いたスタイルをうまく活かした、いいひと幕でした。

 ここでお清めと称し、基本的に茶風林氏にとってはこれこそ主目的と言える酒肴の席が設けられます。今回のお酒は簸上清酒合同会社の“七冠馬”。これまでの怪し会 八雲では松江の地酒を紹介してきましたが、とりあえず一巡りしたので、今年からは島根県全体に広げて採り上げていく意向なのだとか。そこで、最初の怪し会でも採り上げた“七冠馬”を選んだ、というのもまた必然。私は初めて味わいましたが、やや辛口ながらとても呑みやすい。お土産用を購入しつつ、千秋楽ではおかわりまでしてしまいました。

 こちらも怪し会からの恒例であるクジ引き大会を挟んで、いよいよ最後の演目です。これまた松江での怪し会では恒例であった小泉八雲作品から、“ろくろ首”が選ばれました。ここで登場するろくろ首は首が伸びるのではなく完全に離れているので、いまの人間がイメージするものとはちょっと違ってます。『うしおととら』の飛頭蛮の、身体に依存してるタイプと言いましょうか……伝わるかどうか知りませんが。お清め前に不昧公をちょっと可愛らしく演じた汐谷文康氏が、こちらでは主君を失ったあとで出家した武家を貫禄たっぷりに演じます。しかしこの最後の演目の主役は、キャラクターではなく終始語り部を務めた伊藤美紀氏。緩急をつけ、時として怖いくらいにドスを利かせて、ドラマティックな物語を最後まで盛り立ててくれました。

 これにて酒林堂 八雲、最初の公演は終了。最後の挨拶にて茶風林氏は、このイベントが怪し会からのリピーターに支えられていることへの感謝を述べられ、「来年も来ていいですかー?」という呼びかけに、場内の観客は喝采で応える。というわけで、来年もたぶん確実にまた開催されます。ゆえに私も、来年ふたたび足を運ぶのでしょう……諸々、もうちょっと余裕を作るようにしないとな~。

 帰り際、キャスト陣が見送りに立ってくださるのもお馴染みの光景。いつもはちょっと照れがあるので、私はお辞儀だけしてそそくさと立ち去るのですが、今日は思い切って茶風林氏と、それから中原麻衣氏にサインをお願いしました。その昔、『らぶドル』という作品のノヴェライズを手懸けたことのある私は、怪し会のときからしばしば客演されていた中原氏にひと言ご挨拶したかったのです。よーやく悲願が果たせました……これだけでも、2日連続、雨脚の強いなかをえっちらおっちら歩いてきた甲斐がありました。

 と、いうわけで、松江怪喜宴も無事……なのかどうかは不明ですが、終了です。前述の通り、来年もまた来ます。