『聲の形』

新宿ピカデリー、施設1階外壁に飾られたポスター。

英題:“The Shape of Voice” / 原作:大今良時(講談社・刊) / 監督:山田尚子 / 脚本:吉田玲子 / キャラクターデザイン&総作画監督西屋太志 / 美術監督:篠原睦雄 / 色彩設計:石田奈央美 / 撮影監督:高尾一也 / 音響監督:鶴岡陽太 / 編集:重村建吾 / 音楽:牛尾憲輔 / 主題歌:aiko『恋をしたのは』 / 声の出演:入野自由早見沙織悠木碧小野賢章、金子有希、石川由依潘めぐみ豊永利行松岡茉優小島幸子、武田華、小松史法、谷育子、鎌田英怜奈、濱口綾乃、綿貫竜之介、西谷亮、増元拓也ゆきのさつき平松晶子 / アニメーション制作:京都アニメーション / 配給:松竹

2016年日本作品 / 上映時間:2時間9分

2016年9月17日日本公開

公式サイト : http://koenokatachi-movie.com/

新宿ピカデリーにて初見(2016/12/28)



[粗筋]

 西宮硝子(早見沙織)が転校してきたのは、石田将也(松岡茉優)が小学6年生のときだった。初めての挨拶でノートを掲げ、「私は声が出せません」と書いた彼女の登場が、将也のその後に思わぬ波乱をもたらす。

 はじめは喋れない硝子に対し、女子たちは興味津々で話しかけていたが、彼女のためにいちいち教師の話を書き起こさねばならず、会話もその都度ノートに書いてやらなければならない鬱陶しさに、女子たちは距離を置き始める。唯一、硝子のために手話を学ぶ努力をしようとした佐原みよこ(石川由依)は、“点数稼ぎ”と陰口を叩かれて、逃げるように転校してしまった。

 その頃には、女子たちの硝子への態度は更に悪化していた。それでも懸命に笑い、ことあるごとに謝ったりする硝子に、次第に苛立ちを募らせた将也もまた、硝子をいじめるようになる。

 だが、硝子の親がそれに気づいてしまった。高価な補聴器を幾度も壊されたことで学校に訴え出たとき、矢面に晒されたのは、直接的ないじめを繰り返し働いていた将也だった。

 その日を境に、級友達の悪意は将也に向けられるようになる。それまで将也とつるみ、彼の行動を囃したてていた島田一旗(小島幸子)が最も将也を手荒く扱うようになった。ほどなく硝子も転校していったが、将也に対する風当たりの強さは変わらず、以来将也は周囲から、いないもののように扱われる。

 それから5年が経った。

 4月のある日に、将也(入野自由)は高いところから飛び降りる決意をする。将也が壊した硝子の補聴器の賠償ののために払った金を、高校進学以来、貯めたバイト代で返すと、その足で橋から飛び降りようとした。しかし、処分しようとした荷物のなかに、硝子が筆談のために用意していたノートが残っていたことに気づくと、将也は彼女がいる手話のサークルに赴く。

 5年振りに再会した硝子は、困惑していた。言葉に詰まった挙句に将也は、あれ以来少しだけ学んでいた手話で、思わぬ言葉を語りかけていた――



[感想]

 アニメは必ずしも現実離れしたものを描くだけに使われるわけではない。それは、かの宮崎駿が引退を宣言して発表した『風立ちぬ』を見ても解るし、2016年後半に庶民から見た戦争を描いて話題となった『この世界の片隅に』でも明白だ。現実の残酷さをただリアルに描くのではなく、空想的な手法を採り入れて柔らかくしてみたり、視点人物の感覚を抽象的な描写で再現してみたり、と実写とは異なる表現が可能になる。

 本篇はフィクションだが、扱われるテーマはたじろぐほどにシリアスだ。のっけから自殺を匂わせる主人公と、彼が過去に行ったいじめと、世間からの報復。自殺するきっかけを失ったことで改めて突きつけられる、後悔と贖罪。そこに更に、ヒロインとなる人物が聾者である、という特異なモチーフが重みを加える。

 まず特筆すべきは、耳が聴こえない人物の姿をかなりリアルに描き出している点だ。本篇のヒロイン硝子は、まったく聴力がないわけではない。補聴器をつけることで、細かな響きは伝わらなくても、ある程度の振動などは感じ取っていることが窺える。だから声は出せるが、調子外れで聴き取りにくい喋り方になってしまう。そうして補助的にしか使えない補聴器でも、ある程度は生活を手助けするために身から離せないが、これはけっこうな高級品で、硝子のようにたびたび紛失するような状況になるとかなりの経済的負担になる。手話の使い方もそうだが、他人が近づいた気配を手すりなどの振動で感じ取る描写もあったり、調べが行き届いている。声優の演技の匙加減も絶妙だった。

 そういう、いわば“付き合いにくい人間”への周囲の態度も、残酷なまでに生々しい。優しさや親切心で接していても、それが生活のペースを乱す原因となったり、集団行動での足枷になる、となれば排除に意識が傾くのも、ありがちな心理だ。そこを本篇では安易に美談にせず、真っ向から切りこんでいく。実際に虐げられた経験のあるひとはもちろん、無自覚にいじめていた経験があるひと、それを見過ごしていたひとにとっても、一連のくだりはやもすると正視できないくらいほど実感的に思えるはずだ。

 ただ、そこを本篇は、フィクションであり、アニメである、という利点を活かして、絶妙に抑制して描いている。いじめる側の心理にもきちんと糸を垂らし、身勝手ではあるが自然な意識の変遷を汲み取っているので、いじめる側を安易にモンスターにしていない。そして、そうしたいじめの様子を何もかも直接的に描くのではなく、ある時は間接的に、あるときはテンポよく描くことで、その瞬間の重みを適度に和らげている。

 しかし、ただ軽くしただけでは終わらない。小学生当時、将也が硝子にしていたいじめを、逆に同級生から加えられる段階になったとき、同じ行動、描写を反復することで、却って当人の受けた心の傷の大きさを浮き彫りにしていく。また、個々の行為を柔らかに均したように描くことで、いじめが日常化した場合の認識を擬似的に体感させる効果を挙げている、とも捉えられる――日常的に虐げられていると、その恐怖や衝撃をどうにか緩和しよう、というふうに意識は反応するものだ。本篇の一見軽く描かれているようなくだりは、観るひとによっては、より真実味を感じるのではなかろうか。

 そして本篇の秀逸たるところは、“その後”を丹念に築きあげていることだ。自らの行動がきっかけでいじめを受けるようになった者がどんな風に考え、どんな風に生きていくのか。いじめを自覚的に、或いは無自覚に助長していた者は、当事者にどんな立場を取るのか。当事者の著しい自己否定や、距離を置いたところにいた者の身勝手な正義感、そして当時を知らなかった者の振る舞いの無神経さなど、さり気なくも容赦なく切り取っていく。

 ここで特に鍵となってくるのが、すべてのきっかけとなった硝子の心情だ。作中の視点が基本的に将也の上にあるので、彼女の胸中はしばしば謎めき、時として跳躍めいた箇所が見受けられる。そこが説明不足にも思えるが、彼女が将也や結弦(悠木碧)に対して手話で語りかけることや、その立ち位置と境遇を観察していれば、その心情の変遷は読み解けるはずである。実際、彼女の境遇、その身に起きた変化を思えば、終盤に至ってああいう行動を選択してしまった心情は理解できるはずだ。そして、その行動が本篇を到達点へと導いていく。

 こうしたこの物語の構造は一種、悟りまでのプロセスを描いているかのようでもある。己の罪を知り、罰を受け、そして自らの意志で贖う。そうして、自らの罪を受け入れた上に自分を許すことで、やっと世界が開けてくる。

 この作品を恋愛ドラマ、と捉えることが間違っているわけではない。将也と硝子が互いに寄せる感情が極めて重要な役割を果たしていることは否めないし、中盤から硝子を駆り立てるのは、間違いなく将也への一途な想いだ。

 しかし、それ以前にこの物語には罪があり、罰があり、償いがある。決して特別ではない、誰もが犯しうる罪に切りこんでいる。そして、そこから解き放たれる瞬間に本篇の決着点があることが、何よりも本篇の意志を強く語っているのではなかろうか。

 柔らかに、テンポよく軽いタッチで描くことに努めているが、それでも終盤の展開は重い。ひとによっては誰かしらの行動が身につまされて観ているのも辛くなるかも知れない。しかし、そこを乗り越えて観る価値は確かにある作品だ。



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