『君の名は。』

TOHOシネマズ新宿、入口エスカレーター脇に掲示されたポスター。

原作、監督、脚本、絵コンテ&編集:新海誠 / 企画&プロデュース:川村元気 / 製作:市川南、川口典孝、大田圭二 / キャラクターデザイン:田中将賀安藤雅司 / 作画監督安藤雅司、井上鋭、土屋賢一、黄瀬和哉 / 演出:居村健治 / 美術監督:丹治匠、馬島亮子、渡邊丞 / 音響監督&整音:山田陽 / 音楽:RADWIMPS / 声の出演:神木隆之介上白石萌音長澤まさみ市原悦子成田凌悠木碧島崎信長石川界人谷花音、てらそままさき、大原さやか井上和彦茶風林、かとう有花、花澤香菜 / コミックス・ウェーブ・フィルム制作 / 配給:東宝

2016年日本作品 / 上映時間:1時間47分

2016年08月26日日本公開

公式サイト : http://www.kiminona.com/

TOHOシネマズ新宿にて初見(2016/09/06)



[粗筋]

 宮水三葉(上白石萌音)の家は、代々宮水神社を守る神職の血筋だ。三葉も神社の巫女として、祖母・一葉(市原悦子)の手解きを受けて組紐を編み、“口噛み酒”という神事に携わっている。ただ、三葉自身はこの境遇を歓迎していなかった。一方では家を出た父が糸守町の町長となっており、“町長の娘”として見られることにも辟易している。早く家を出て、都会で暮らすことが三葉の夢だった。

 町が祭の準備で慌ただしい夏の夜、三葉は不思議な夢を見た。彼女は東京で暮らす高校生の男子になっていた。友人たちと下らない話をして、バイトに駆けつけて……戸惑う三葉に、周囲が怪訝な態度をするあたりに、奇妙なリアリティのある夢だった。

 遠く離れた場所で、似たような経験をする少年がいた。東京で暮らす男子高校生の立花瀧(神木隆之介)は夢の中で、田舎町に暮らす女子校生になっていた。いつもの調子で行動してしまう瀧は、“男勝り”の言動で周囲を驚かせ困惑させてしまう。

 夢から醒めると当然もとの暮らしに戻っているが、奇妙にも、日常に空白が生まれていた。友人たちは瀧が記憶にない行動をした、と言い張り、前々から憧れていたバイト先の先輩・奥寺ミキ(長澤まさみ)と奇妙に親しくなっていたりする。

 それは三葉もまた同様だった。そして2人は次第に気づき始める――どういうわけかは解らないが、彼らの心と身体が、入れ替わってしまっている。

 理由は解らないが、起きてしまうことは受け入れてしまうよりなかった。互いの持つスマホにメッセージを残すかたちで連絡を取りあい、不自然な言動をしないように努めるが、それぞれに身勝手な振る舞いに及ぶせいで、お互いの人間関係は、思わぬ変化を生じ始めるのだった……



[感想]

 これを書いている時点で、日本の映画興収歴代第2位、未だに勢いが続いているため、歴代トップさえ見込めそうな爆発的大ヒットを遂げている。たぶん公開前に、ここまでヒットする、と思っていたひとはひとりもいなかっただろう。

 ここまでヒットした要因は色々と挙げられる。本質的にはボーイミーツガールの王道を行くプロットであり、長篇を支えるに足るひねりとドラマティックな逆転劇があり、大きな感動を誘う物語となっていたこと。また、ちょうど本篇の製作に入ったころにスタジオジブリの制作部門が解散、流出した人材を多く吸収したことで、もともと評価の高かった新海誠監督の映像美を支えるに必要な人材が揃ったこと、などが考えられる。

 ただ、決して隙のない内容だったわけではない。公開直後に指摘があったように、本篇で重要な役割を果たす彗星について、作中で説明される際の軌道が現実ではあり得ないものになっていることもそうだが、私の見る限り、もっと問題の大きな描写が放置されている。これだけ大ヒットしていても未だ観ていないひとはいるはずなのでいちおう伏せるが、中盤あたりで示される“入れ替わり”に隠されていた秘密に、それまでの描写と大きな齟齬を生じる部分があるのだ。ああいう描写だと、もっと早い段階で秘密に気づいていたはずで、そうすると事態はかなり違ったものになる。

 製作者の弁では、採用された挿入歌や主題歌にだいぶ引っ張られて台詞も書き換えられたとのことだが、それ故に良くも悪くも情緒過多に思える描写も少なくない。生活感の描写に優れているわりには、随所でいささか芝居がかった印象があるため、のめり込むきっかけを失うと終始醒めた気分で眺める羽目になりそうだ。

 しかし、そうした欠点がありつつも、本篇はそれを凌駕するだけの勢いと魅力が備わっているのも疑いのないところだ。中盤で明かされる秘密についての齟齬は、むしろ無視することで、終盤手前の衝撃と、そこから始まる怒濤のクライマックスの膨らみを助けている、とも言える。情緒過多な台詞回し、描写の数々も、しかしそこまでの感情的な盛り上がりを作ることで、終盤の爆発力、感情移入した観客の心を刺激するいいスパイスとなっている。

 スパイスといえば、こういうアニメ作品には珍しく、大胆な表現が少なくないことも、本篇の魅力に寄与していることには触れておきたい。往年の名作『転校生』を例に取るまでもなく、男女の心と身体が入れ替わったとき、健康な男ならとりあえず胸を揉んでおく、というのはお約束としても自然な心理としても外せない描写だ。入れ替わっているからこそ、普通の女の子なら、自転車を漕いでいるときにスカートがめくれることに多少なりとも注意するはずだが、中身が男ならついつい疎かになるのも当たり前だろう。終盤のある場面で、思いっ切りスカートの中が見えてしまっていることで、劇場でも少しざわついていたが、あそこで巧みに見えないアングルを選択したりしてしまうほうが、却って物語の勢いを損なうことにもなりかねなかった。

 この点は、“口噛み酒”というモチーフにしても同様である。これは現実にも存在するものの、いまとなっては多くのひとにとって生理的嫌悪感がつきまとう風習だが、しかし本篇はそこに仄かなエロティックさを盛り込むことで、刺激としても活用する一方、物語にとっても重要なモチーフとして昇華させている。嫌悪感やちょっとした違和感をもたらす描写を、どの程度意識的であるかは不明だが、随所に鏤めたことが、変に配慮が行き届きすぎて行儀がいいだけになった作品よりも強い印象をもたらすものにした。

 そうして、こういう危うい描写があるからこそ、アニメーションでは表現出来ない領域で存在しえたはずのもっと生々しい交流――たとえば生理現象についての処理や、友人関係とのあいだで交わされたかも知れない下世話な会話の類だ――を排除しても、メインである瀧と三葉とのあいだにある感情の変化に説得力が生まれた。どの程度まで狙ったものかどうかは定かではないが、そうした要素が本篇を、凡庸な作品よりも強く印象づけ、爆発的なヒットへと導いたのではなかろうか。

 あえて少し否定的なことも述べたが、しかしそうしたマイナス点もまた魅力として昇華されているからこそ、本篇はここまで爆発的に受け入れられた、というのが私の解釈だ。

 そして、小難しいことを抜きにして、いまの日本において、これだけ全篇に作家性が漲り、優れたアニメーター達が力を注ぎ込んで生み出した作品が、歴史に名を残すくらいの勢いで受け入れられている、という事実は素直に嬉しい。数多の賞賛に値するだけの魅力と意義は、確かに備えた作品なのだ。



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