JACO<ジャコ>』

新宿シネマカリテ、入口の扉に掲示されたポスター。

原題:“Jaco / 監督:ポール・マルシャン、スティーブン・キジャック / 脚本:ロバート・トゥルージロ、ポール・マルシャン / 製作:ロバート・トゥルージロ / 製作総指揮:ジョン・バットセック、ボブ・ボビング、ロレンツォ・エスペランザ、ジェリー・ハリングトン、ジョン・パストリアス4世、アンドリュー・ルエマン、ロバート・トゥルージロ / 撮影監督:ロジャー・デ・ジャコミ / 編集:ポール・マルシャン / 音楽:ジャコ・パストリアス、マス・メンタル / 出演:ジャコ・パストリアス、ジョン・パストリアス4世、フェリックス・パストリアス、グレゴリー・パストリアス、メアリー・パストリアスカルロス・サンタナ、スティング、アル・ディ・メオラウェイン・ショーターハービー・ハンコックブーツィー・コリンズ、オセロー・モリノウ、レニー・ホワイトジョー・ザヴィヌル / パッション・ピクチャーズ製作 / 配給:PARCO

2016年アメリカ作品 / 上映時間:1時間50分 / 日本語字幕:?

2016年12月3日日本公開

公式サイト : http://www.jaco-movie.jp/

新宿シネマカリテにて初見(2016/12/10)



[粗筋]

 1970年代、ジャズシーンを中心に、驚異的な存在感を示したベーシストがいた。

 その男の名はジャコ・パストリアス。当時はまだ20代であったが、革新的なベース・プレイは既に一部の注目を集めていた。盟友パット・メセニーのファースト・リーダー・アルバムにサポートとして参加したのち、自らも万全のサポート態勢を得、満を持して第1作『ジャコ・パストリアスの肖像』をリリースする。

 同年には、キーボード奏者ジョー・ザヴィヌルとサックス奏者ウェイン・ショーターを中心とするジャズバンド“ウェザー・リポート”に加わり、マイルス・デイヴィスのサポートを務めるほど超一流であったメンバーに混ざって作曲にも携わり、バンドとしての黄金時代を築くほどの貢献をも示す。

 1981年にはリーダー第2作『ワード・オブ・マウス』をリリース、この作品もまた第1作と共に後年の多くのベーシストに影響を与える名盤としての評価を得ることとなるが、しかしそのクオリティの高さに反し、ジャコ・パストリアスは急速に表舞台からフェイドアウト、1987年に35歳の若さでこの世を去ることとなる。

 不世出とまで言われた才能にいったい何が起きたのか……? 本篇は関係者の証言と往時の映像をもとに、その生涯を紐解いていく――



[感想]

 本篇で扱われるジャコ・パストリアスというミュージシャンは、個人的にも関心があった。数少ないスタジオ盤はもちろん、日本でのライヴの模様を収録したライヴ・アルバム、ウェザー・リポート時代の優れた演奏を集めたコンピレーションに、更には晩年のライヴを収めた海賊版まで所持しているくらいだ。レーベルから発売を拒否され、オリジナルの状態では現存しないと言われるサード・アルバムに第三者の手が入ったと考えられるヴァージョンのCDも購入していたほどである。

 だから、ジャコの生涯についてもひととおりの知識はあったつもりだが、それでも退屈しないほど本篇は見応えがあった。

 様々なジャンル音楽関係者や個人的に近しい、親しい人々の証言を集めることで、本篇は多角的にジャコの功績や影響を見なおしている。どうして彼が若くして高い評価を獲得していったのか、解り易く辿っているのだ。並行して、当時の演奏を随所で採り上げているので、その音楽性の魅力も伝わりやすい。

 そうして切り取られていくジャコの姿は、やはり天才らしくどこか風変わりだが、芸術家というよりも、音楽より他に自らの地歩を築きあげていく術を知らなかった、純粋で一途な若者に思われる。自らのセンス、技倆に見合ったバンドを探して渡り歩いていくくだりには傲慢さも垣間見えるが、最初の妻であるトレイシー(ジャコの代表曲『Portrait of Tracy』を捧げられた女性だ)とのあいだに子供を授かったとき、“なにか新しいことをしないと”という決意があの伝説的なファースト・リーダー・アルバムに結びついた、という事実は強烈だ。彼は覚悟のうえで、あの作品を生み出しているのである。

 ジャズにある程度詳しい人が観れば、このファースト・アルバム収録のくだりで証言する人々の豪華絢爛さに唸らされるはずである――まあ、詳しい人であれば、ファースト・アルバムが新人の作品としては異例と言えるほど豪華なメンバーのサポートを受けていたことぐらいはご存じだろう。デビュー作にしてそれが可能なほど、ジャコ・パストリアスというベーシストの評価は当時極めて高く、期待も大きかった。作品のクオリティからも窺えるその事実を、このドキュメンタリーでは証言という形で補強していく。

 ただ、実はこの時点で既に最初の躓きはあった。満を持してリリースされたこの第1作は、一部での評価は高かったが、決してあちこちで知られていたわけではなかった。こののちジャコは、ジョー・ザヴィヌルウェイン・ショーターを中心とするバンド、ウェザー・リポートに加わり、その知名度を高めることにはなるのだが、理想と現実との乖離はその際の展開にも窺える。在籍中は年の離れた兄弟のようであり、対抗意識がグループにとっていい刺激になっていたと思われるジャコとザヴィヌルの関係は、証言によればジャコが脱退してのちの出来事に影を落としている。

 天才といえども人の子であり、感性が優れていればこそ奇矯な側面もある。鬱になればなるほど突拍子もない行動に出ることが多かった、と言われるジャコの言動は、このあたりから常軌を逸したものになっていく。親しい者の目から見れば致し方のないことだったようだが、しかしその度しがたい言動は自然と彼を公の場から遠ざけていった。

 ファンであれば、ジャコが生前、このあともう1枚のスタジオ盤をリリースしたあと、第3作を世に問う機会を失ったこと、最終的に小規模なライヴハウスでのセッションで日銭を稼ぎ、路上生活をするほどに困窮していったこと、そして35歳の若さで、その溢れる才能には似合わない惨めな死を迎えたことは知っている。本篇はそのプロセスや、あまり知られていない不遇時代の様子を、証言や映像資料によって可能な限り生々しく描き出す。序盤での華々しい姿を見ていると、描かれる姿はあまり憐れであり、語る人々の表情も痛々しいが、そうした晩年の孤独な姿もきっちりと辿っているのは、自らも熱烈なジャコのシンパでありフォロワーであるロバート・トゥルージロが手懸けていればこそ、であろう。

 個人的に少々惜しまれるのは、本篇でも言及されている、幻のサード・アルバム『Holiday for Pans』の音源が劇中で引用されていないことだ。

 実はこのサード・アルバムのマスターは、ジャコの恵まれぬ晩年ゆえか、事実上姿を消している。タイトル通り、スティールパンをフィーチャーしたこのアルバムで、ジャコはあえてベースを演奏しなかった、と言われている(それこそがレーベルが関心を示さなかった理由のひとつでもあったともいう)。だが、のちに市場に出回ったヴァージョンには、存在しなかったはずのベースの音が入っている。マスターテープが渡った先で、商品価値を高めるためにベースを追加した、と言われており、恐らくジャコの音源を熱心に追っている者にとって、オリジナルの状態に接したい、というのが共通の夢ではなかろうか。

 遺族も製作に加わった本篇では、仮に状態が悪かったとしても、オリジナルの音源に少しでも触れることが出来るのでは、と期待していたが、どうやらそれは適わなかったらしい。本篇には、のちに市場に出回ったヴァージョンさえ引用していない――もっとも、ファンの耳にはジャコの技術の表面だけをなぞったようにしか聴こえない演奏の混ざったヴァージョンは、引用するに堪えなかったのではなかろうか。そうなら、心情としては理解できる。

 ――という具合に、扱われている当人について前々から関心が強かっただけに、私としては観られただけでも満足感の大きい内容だったのだが、しかしごく冷静に考察しても、あまり知識がなくとも解り易いまとめ方をしている。経緯も理解しやすく、極めて接しやすいドキュメンタリーと言えよう。

 ジャコ・パストリアスというベーシストが後年の音楽シーンに大きな影響を及ぼした、というのは決して大袈裟な表現ではない。作中、少しずつ引用された実際の演奏を聴いても、そのことは実感できるだろう。もしかしたらあなたの好きなミュージシャンや楽曲にも影響しているかも知れない、この不遇の天才の姿に接するきっかけとして、いちど観ておいて損のない作品ではないか、と思う。



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