『デッドプール(IMAX)』

TOHOシネマズ新宿、スクリーン10正面に展示された、デッドプールのパネルと、劇中で実際に使われたキティちゃんバックパック。

原題:“Deadpool” / 監督:ティム・ミラー / 脚本:レット・リース、ポール・ワーニック / 製作:サイモン・キンバーグ、ライアン・レイノルズ、ローレン・シュラー・ドナー / 製作総指揮:スタン・リー、ジョン・J・ケリー、ジョナサン・コーマック・マーティン、アディティア・スード、レット・リース、ポール・ワーニック / 撮影監督:ケン・セング / プロダクション・デザイナー:ショーン・ハワース / 編集:ジュリアン・クラーク,ACE / VFXスーパーヴァイザー:ジョナサン・ロスバード / 衣装:アンガス・ストラティー / キャスティング:ロナ・クレス,CSA / 音楽:トム・ホーケンバーグ / ミュージック・スーパーヴァイザー:ジョン・フーリアン / 出演:ライアン・レイノルズモリーナ・バッカリンエド・スクライン、T.J.ミラー、ジーナ・カラーノブリアナ・ヒルデブランド / キンバーグ・ジャンル/ドナーズ・カンパニー製作 / 配給:20世紀フォックス

2016年アメリカ作品 / 上映時間:1時間48分 / 日本語字幕:松崎広幸 / 字幕監修:高木亮 / R15+

2016年6月1日日本公開

公式サイト : http://www.foxmovies-jp.com/deadpool/

TOHOシネマズ新宿にて初見(2016/6/1)



[粗筋]

 ウェイド・ウィルソン(ライアン・レイノルズ)の人生は、あまり幸運とは言えないが、それなりに楽しかった――全身にガンが発見されるまでは。

 貧しい家庭で虐待されて育ったウェイドは、成長して傭兵時代を過ごしたあと、街の便利屋として、自分よりも非道な連中を退治して金を稼いでいた。入り浸っている酒場で、自分と似たような境遇に生まれ育った娼婦ヴァネッサ(モリーナ・バッカリン)と激しく共鳴し、交際を経て遂に結婚を決意する。

 そんな矢先のガン宣告であった。死を覚悟するのは簡単だったが、先のない自分といても特はない、と別れを提案しても受け入れないヴァネッサを苦しめないためにも、どうしても病を克服したい。

 そんなとき、黒服の男に声をかけられた。病を克服できるうえに、ちょっとした特殊能力も手に入る――もはや打つ手のないウェイドはこの怪しい話に縋ってしまい、案の定、ヒドい目を見た。

 連れ込まれたのは悲鳴が絶え間なく響く不潔な施設。エイジャックス(エド・スクライン)と名乗る男は、拘束され連れ込まれたウェイドに冷酷に宣言した。ウェイドは、ミュータント遺伝子を注入し、ミュータントとして覚醒させる人体実験を施される。ガンは治るだろうが、そのあとは売られ、戦闘マシーンとなるか、こき使われるか、いずれにせよ元の生活には戻れない。

“刺激を加える”と称した果てしない拷問の末、ウェイドのミュータント遺伝子は覚醒した。しかしその直後、ウェイドは脱出を試みる。自らもミュータントであるエイジャックスに倒され、工場の爆発に巻き込まれたが、ウェイドは死ななかった。彼の開眼した特殊能力は、驚異的な快復力だったのだ――醜い容貌と引換に。

 ガンは治癒したが、この醜貌ではヴァネッサに会いたくても会えない。激しい復讐心に駆られたウェイドは、真っ赤なマスクとスーツに身を包み、エイジャックスを追い始めた――



[感想]

 ……とまあ、出来事に基づいて、客観的に粗筋を記せば、それほど突飛な印象は受けない。むしろ、フィクションとしてはありきたりの悲劇であり、本邦の『仮面ライダー』にも似たヒーロー誕生譚の典型にも映る。

 だが本篇、序盤から“とんでもないことが始まった”という気分にさせられる。ウェイドが変貌した超人・デッドプールの襲撃シーンを極端なスローで描写した、具体的な名前をまったく挙げないオープニングタイトルで始まり、そのあと急に何故かデッドプールとタクシーの運ちゃんの会話になる。人を食った描写のあとに繰り広げられるのは、更に人を食った、ヒーローとは思えないくらいデンジャラスな暴れっぷりだ。しかも、その要所要所でカメラ目線で観客に話しかけてくるのである。絶え間ないナレーションとも併せて、映像と話術の相乗効果で一気に惹きこまれてしまう。

 観終わってストーリーを振り返れば、実のところ込み入ったことは何もしていない。不幸を契機に、望まないまま特殊能力を与えられ、その復讐を誓って行動するうちにトラブルが起きる。いっそ型通りだ。だがそれを異様に面白く見せているのが、構成の妙と、何よりも“デッドプール”という、いそうでいなかったタイプの“ヒーロー”のずば抜けた魅力なのである。

 一文無しでタクシーを利用するし、悪党相手とはいえ容赦なく残虐に殺す。X-MENからの誘いをあり得ない方法で拒絶するし、口の利き方は相手構わず悪い。アイアンマンやスパイダーマンのように、多弁なヒーロー自体は他にもいるが、ここまで清々しく露悪的なキャラクターは類例が思いだせない。てっきり復讐心に駆られてこういう突き抜けた性格になったのか、と思いきや、生身の頃からそれなりに強く、そしてクレイジーな物言いをする男だった、というあたり、ある意味で芯が通っているのもユニークだ。

 型破りで非道、とは言い条、行動には筋が通っている。そのうえ、宣伝などで冗談のように語っているが、本篇は本当にラヴ・ストーリーとしての一面も色濃い。不幸な境遇を力強く生きてきたふたりが巡り会って恋に落ち、ようやく幸せを手に入れた、と思った途端に襲う悲劇。会いたくても会うことが出来ず、つかず離れず見守ることしか出来ない……デッドプールは自らをストーカーと言い切るが、こんなに純粋で一途な恋愛を描いた作品、却って珍しい。言動がデンジャラスで、何事もユーモアに変えずにはいられない男が語るから、このシンプルなラヴ・ストーリーを純粋なまま埋め込むことが出来る。

 実は、全体の構成からすると、“デッドプール”となってからの活躍と、それ以前の過程の分量はほぼ同じくらいのはずなのだが、現在の視点から過去を語る、という趣向によって、過去のエピソードも現在の完成された“デッドプール”の世界観に取り込み、すべてをひとつにまとめている。近年のスーパーヒーロー映画はだいたいヒーロー誕生までの経緯に尺を割くことが多く、クライマックスで観客の欲求に応えることは出来るものの、前半部分がどうしても別物の印象を与えてしまいがちだ――もちろん、そこで積み上げたものがヒーローとして誕生する上で必要ならば問題はないし、評価を落とすこともないのだが、本篇のように「頭からお尻までぜんぶ“デッドプール”が詰まってる」みたいな感覚はもたらさない。昨今のヒーロー映画は登場人物や描くべき要素が増えすぎて2時間超えが当たり前のようになっているが、本篇はキャラクター的にしがらみが少ない、ということも幸いして100分台に収まり、手頃な尺でみっちり“デッドプール”の魅力に浸れるわけだ。

デッドプール”という特殊なキャラクターだからこそ許され、そして楽しめる要素が、手頃な尺にぎっしりと詰め込まれている。ヒーロー映画は、中心となるヒーローがそのキャラクターに相応しい活躍をすることが何よりも求められる、ということを思うと、たとえやっていることは型破りで非道でも、本篇は理想的な“ヒーロー映画”なのである――そりゃあ当たらないはずがないのだ。



関連作品:

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