『黄昏(1981)』

TOHOシネマズ日本橋、スクリーン3前に展示された案内ポスター。 黄昏 [DVD]

原題:“On Golden Pond” / 原作&脚本:アーネスト・トンプソン / 監督:マーク・ライデル / 製作:ブルース・ギルバート / 製作総指揮:マーティン・スターガー / 撮影監督:ビリー・ウィリアムズ,b.s.c. / プロダクション・デザイナー:スティーブン・B・グライムス / 編集:ロバート・L・ウォルフ,a.c.e. / キャスティング:ダイアン・クリッテンデン、バリー・プライムス / 音楽:デイヴ・グルーシン / 出演:ヘンリー・フォンダキャサリン・ヘプバーンジェーン・フォンダ、ダグ・マッケオン、ダブニー・コールマン、ウィリアム・ランドゥ、クリス・ライデル / 配給:ユニヴァーサル映画×CIC / 映像ソフト発売元:NBC Unicersal Entertainment Japan

1981年アメリカ作品 / 上映時間:1時間50分 / 日本語字幕:戸田奈津子

1982年4月3日日本公開

2012年4月13日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

第2回新・午前十時の映画祭(2014/04/05〜2015/03/20開催)上映作品

TOHOシネマズ日本橋にて初見(2014/11/25)



[粗筋]

 ノーマン・サイヤー(ヘンリー・フォンダ)とエセル(キャサリン・ヘプバーン)の夫婦は、夏を過ごすために、“ゴールデン・ポンド”と呼ばれる湖のほとりに建つ別荘へとやって来た。

 大学教授の職を引退したノーマンは皮肉屋っぷりに磨きがかかって、エセルに対し四六時中憎まれ口を利いている。対するエセルはすっかり慣れっこで軽くあしらうが、誰に出会おうと痛烈な物言いをしては困らせるのだった。

 少し遅れて、サイヤー夫妻の娘チェルシー(ジェーン・フォンダ)が、現在付き合っている歯科医のビル・レイ(ダブニー・コールマン)とその息子のビリー(ダグ・マッケオン)がやって来た。ノーマンに似て能弁で負けず嫌いのチェルシーは父親に反発していて、依然としてふたりのやり取りはギスギスしている。

 やがてチェルシーはビルと共に旅行に赴くこととなり、ノーマンたちは約1ヶ月間、ビリーを預かることになった。自分が邪魔者扱いされているように感じたビリーは、最初こそふて腐れていたものの、もとが素直な性格らしく、次第に打ち解けていく。対するノーマンも、ビリーに好感を抱くようになるが、親しくなるに従って、ビリーに幼い日のチェルシーの面影を重ねて見るようになっていった……。



[感想]

 人間である以上起こりうる確執と、生きている限りどうしても避けようのない老いを描いた作品である。

 ノーマンの人柄がかなり狷介で、傍にいたら付き合い方に苦労しそうな印象が先に立つが、しかしそのことが尚更に、人間が避けられない“老い”というものを際立たせている。これほど口の悪い人物であっても、自らの衰えをごまかせず、いらだたしげに認めるくだりは実に痛々しい。ある程度の年齢を重ねたひとには、彼の焦りや苛立ちを笑うことは出来ないだろう。

 もとが気むずかしく物言いの刺々しい人物であり、初対面の人間や行きずりの相手にさえ態度を変えない、ある意味ではとても公正な振る舞いをするが故に、もともとノーマンにはあまり親しい人物がいないように映る。仮にあったとしても、引退したことによって既に疎遠になっているのだろう、そのぶんだけ周囲に対する言動が厳しくなっているのかも知れない。

 だが、そんなノーマンと妻エセルのもとに、娘の恋人ビルの息子が預けられたことで、変化がもたらされる。他に交流する相手もいない避暑地で、どちらもある意味、世間から見捨てられたような感覚に陥っているふたりなのだから、打ち解けていくのも必定だ。その交流の中で、ノーマンが長年抱いていた悔恨を露わにしていく。やはりその姿は老いを感じさせて痛々しいが、秘めていた想いを漏らす様は胸に迫るものがある。そうして気づけば親友のような間柄になったノーマンとビリーの姿が、戻った娘の心をも揺り動かす。

 現実の人間関係は、有り体の人情ドラマで描かれるように徹底して密に繋がるわけでもなければ、暖かいばかりではない。だが、それを快しとしているわけでもないから、弱さが滲み出る。

 物語の中でチェルシーは、舞台であるゴールデン・ポンドに来ると、父から“おデブちゃん”と呼ばれた幼少時に戻ってしまう、と述懐している。もしかしたら自分よりも先に父と打ち解けてしまった恋人の息子の姿がチェルシーを刺激したのは、ある種の嫉妬だったのかも知れない。

 いちおう終盤に事件らしきことは起きているが、本篇はあくまで、“家族”を軸とした人間同士の関わりの難しさを描いている。現実にああも巧く物事が噛み合うとは思えないのだが、ゴールデン・ポンドという土地の美しい光景とも相俟って、人々の不器用な思い、優しさが結びついていくドラマを観る側に柔らかに沁みてくる。

 そこに大きく貢献しているのが、決して華々しすぎず、しかし狭い舞台ながら広がりを感じさせる巧みな演出に加え、一時代を築いた名優達の演技であるのは間違いないのだが、しかしここに、演じる俳優の実際の関係性もまた少なからず影響しているだろう、というのは踏まえておくべきかも知れない。

 本篇でノーマンを演じるヘンリー・フォンダと、娘のチェルシーを演じるジェーン・フォンダは紛うことなき実の父娘なのだ。どちらも名優だが、長年にわたって確執があった、と言われている。調べると詳しい事情が解るが、しかし作中の父娘と同様に不和を気に病んでいた、という事実を踏まえるだけでも、本篇終盤の演技は更に印象深くなる。ノーマンとチェルシーの述懐はそれぞれの役柄に沿ったもので、決して演じている俳優の私生活そのものではないにしても、そこから滲む感情が生々しく映るのも自然なことのように思われる。

 これも真偽の程は定かではないが、本篇はもともと戯曲であったものを、ジェーン・フォンダが父親にノーマンを演じさせたいがために映画化権を確保した、という話もある。結果、規模としては小さめの本篇は興行的に大成功を収め、批評のうえでも好評を博した。アカデミー賞においても、作品賞などは逃しているものの、脚色部門に加え、本当の親子であるふたりの関係を、年齢に見合った貫禄と愛らしさを体現する演技で結びつけたキャサリン・ヘプバーンに主演女優賞、そして他ならぬヘンリー・フォンダに生涯唯一の主演男優賞をもたらしている。少々出来すぎた美談、という気もしなくはないが、そういう美しい逸話に真実味を与えるほどに整った、端正な傑作であることは確かだ。

 作中、娘のチェルシーはノーマンに、親友ともなり得る新しい息子、という宝をもたらして、もしかしたら初めてかも知れない親孝行を果たした。そして現実においても娘のジェーンが、長年その演技力を高く評価されながらもオスカーに恵まれなかった父ヘンリーにアカデミー賞主演男優賞をもたらす、という親孝行を成し遂げたのだ。そしてヘンリーは本篇を遺作としてこの世を去っている。出来すぎかも知れないが、現実まで含めて、とても快く受け止めることの出来る、奇跡の物語と言えよう。



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