『家族はつらいよ』

TOHOシネマズ日本橋が入っているコレド室町2地下の柱に掲示されたポスター。

監督:山田洋次 / 脚本:山田洋次平松恵美子 / 製作:大角正 / プロデューサー:深澤宏 / 製作総指揮:迫本淳一 / 撮影:近森眞史(J.S.C.) / 美術:倉田智子 / 照明:渡邊孝一 / 編集:石井巌 / 録音:岸田和美 / 衣装:松田和夫 / 装飾:湯澤幸夫 / 音楽:久石譲 / タイトルデザイン:横尾忠則 / 出演:橋爪功吉行和子、西村雅彦、夏川結衣中嶋朋子林家正蔵妻夫木聡蒼井優、中村鷹之資、丸山歩夢、小林稔侍、風吹ジュン木場勝己笹野高史笑福亭鶴瓶 / 配給:松竹

2016年日本作品 / 上映時間:1時間48分

2016年3月12日日本公開

公式サイト : http://kazoku-tsuraiyo.jp/

TOHOシネマズ日本橋にて初見(2016/3/16)



[粗筋]

 平田周造(橋爪功)にとってそれは青天の霹靂だった。既に長年勤めていた会社を退職し、隠居生活を送っていた周造にとって楽しみはゴルフと競馬、あとは酒を飲むことくらい。行きつけの居酒屋かよで呑んで帰ると、妻の富子(吉行和子)が今日は誕生日だった、と聞かされ、酔っ払って気の大きくなった周造は「たまにはプレゼントをやろう」と言い出した。しかし、欲しいものは、と問われた富子が差し出したものに、周造は絶句する。

 富子が求めたのは、離婚届に判をつくことだった。

 明くる朝、いつにも増して機嫌の悪い周造に、家族達は戦々恐々とする。この日は例によって夫婦喧嘩で別れる別れないの大騒ぎを繰り広げた長女の金井成子(中嶋朋子)が泣きながら駆け込んできたが、ふて腐れた周造の口から離婚を突きつけられた事実を知らされると、長男幸之助(西村雅彦)の妻・史枝(夏川結衣)、それにあとから妻を負ってきた成子の夫・泰蔵(林家正蔵)は大いに動揺する。いまの生活に満足しているかのように見えた富子に、どんな心境の変化があったのか? どうするのか話し合いたくても、周造はすっかりへそを曲げていて、自分は被害者だ、と喚いて閉じこもってしまう。

 そんなことになっているとはいざ知らず、庄太は父親とは対照的な人生の局面を迎えていた。交際している看護師の間宮憲子(蒼井優)に求婚したのである。憲子は快く受け入れ、近いうちに庄太の家族に挨拶するため訪問することを約束する。

 その頃成子と泰蔵は、富子が離婚を決意した動機が、周造の浮気にあるのでは、と勘繰った。居酒屋の女将・かよ(風吹ジュン)が怪しいと踏んで、探偵を雇って調査を試みる……。



[感想]

 これを観る前に『東京家族』を鑑賞しなかったことを、ちょっと後悔している。何故なら、同じ山田洋次監督による同作は、本篇と同じ俳優が、ほぼ同じ関係性の人物を演じるかたちで対となっているらしいのである。あまり情報を仕入れることなく鑑賞したため、本篇の公開と同時期に『東京家族』がテレビで放送されることも知っていたのだが、さほど気にもしていなかった。知っていれば、予め鑑賞しておいたのだが。

 ただ、これは偶然だったが、本篇の少し前に小津安二郎監督の『東京物語』を鑑賞していたのは幸いだった。『東京家族』自体がこの小津監督を代表する傑作を下敷きにしていたそうだが、本篇もその性質は変わらない。ただ、シリアスであった『東京家族』に対し、本篇はコメディ、というか喜劇のほうへと大きく舵を切っている。いわば、根っこでは共通する主題を現代的に、そしてよりコミカルに描き出そうとした作品と捉えられる。

東京物語』では、家族という共同体が時間の経過により分解されてしまうさまを、節度を保ちながらも極めて淡々と綴っていく。それに対して本篇は、事件というほどの出来事こそ起きないもののドタバタとしたコメディタッチで、しかし冒頭から大きく、如何にも現代的なかたちで引き裂かれようとする家族の姿を見せつける。熟年離婚に二世帯同居、長年実家住まいの次男、といった現代に至って増えた家族の様式を織り込みつつも、のっけから断絶を突きつけることで、無遠慮に、しかし率直なユーモアで彩りつつ、『東京物語』に近接した主題を表現している。全く同じものを追う、という試みは既に『東京家族』で果たしているからなのだろう、妙な気負いもなく伸びやかで、終盤にはオマージュを捧げている『東京物語』の映像をそのまんま引用する、という趣向をヌケヌケと採り入れてしまっている。

 登場人物の関係性についても、可能な限り『東京物語』を踏襲しているが、その意味でいちばんニヤリとさせられるのは、長女・成子の夫・泰蔵についての描写である。成子としょっちゅう喧嘩しているくせに、周造と富子の離婚話が浮上すると、自分たちのことを忘れて奔走する。『東京物語』の志げとは対照的な表現ながら、しかしこの夫婦の関係性は『東京物語』を踏まえている。クライマックスの家族会議において、気弱な泰蔵がただいちど激高するくだりがあるのだが、そこで周造が口走った台詞は『東京物語』との繋がりを理解したうえだと余計に面白い。モチーフとして用いることで、『東京物語』という作品が備えていたユーモアや微笑ましい要素をを意識的に掘り起こしている、とも受け取れる趣向だ。

 しかし、本篇の本当に優秀たる所以は、ここまでに記した事実、解釈なんぞ考慮しなくても充分面白い、たぶんどの世代が観ても笑える喜劇になっていることだ。

 身近にもいそうな生々しい憎たらしさを発揮する周造がいきなり離婚届を突きつけられてふて腐れる様からして笑えるし、提案した富子に直接理由を問うのがはばかられて、腫れ物に触れるような感じで立ち振る舞い対処に苦しむ家族たちの姿も面白い。随所に仕込まれた細かなくすぐりが、いちいち効いているのだ。

 そこには、登場人物の人物像が決して突飛ではなく、現代を生きる者にとって受け入れやすいものになっていることが貢献している。独善的な周造は亭主関白が多かった時代の戯画化だし、しょっちゅう夫婦喧嘩を重ねる長女夫妻もどこかで見覚えがある。どこか浮き世離れした仕事に就き、結婚のタイミングを逃し続けていた次男・庄太の、家族を気遣いつつも超然とした振る舞いは、いちばん現代人らしい印象がある――それが妻夫木聡で、恋人である紀子を蒼井優が演じているのは、若干出来すぎの感はあるが、言動そのものに浮き世離れした様子はなく、常識人らしさを窺わせるのも、本篇の優れたバランス感覚がなせる技だろう。

 そして、各時代ごとに映画史に名を刻む傑作を問うてきた監督らしく、話運びに無駄がない。実のところ、話の転がり方はその都度予想することも難しくないのだが、人物配置に無駄がなく、その伏線の緻密さはシナリオのお手本と呼びたくなるほどだ。思わぬところに伏線を潜ませる一方で、あえて過剰に掘り下げないモチーフを残したり、オマージュを捧げた『東京物語』では言及できるはずもなかった、現代ならではの問題にも、笑いを損なわないレベルで軽く触れている呼吸も巧い。

 往年の日本映画に対する敬意と造詣、そして長年映画に携わってきた監督だからこその職人的な手際が見事なバランスで調和した結果、どんな世代でも、映画に対する理解、造詣に拘わらず楽しめる喜劇に仕上がっている。その破綻のなさに不満を覚えるひねくれ者もあるだろうけれど、理想的なのはこういう作品が普通に作られ、多くの層に親しまれることだろう。巨匠がいま撮るに相応しい作品だったと思う。



関連作品:

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