『オデッセイ(字幕・3D・IMAX)』

TOHOシネマズ新宿、施設外壁に飾られた大看板、とそれを狙うゴジラ。

原題:“The Martian” / 原作:アンディ・ウィアー(早川書房・刊) / 監督:リドリー・スコット / 脚本&製作総指揮:ドリュー・ゴダード / 製作:サイモン・キンバーグ、リドリー・スコット、マイケル・シェイファー、アディッティア・スード、マーク・ハッファム / 撮影監督:ダリウス・ウォルスキー,ASC / プロダクション・デザイナー:アーサー・マックス / 編集:ピエトロ・スカリア,ACE / 衣装:ジャンティ・イェーツ / 音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ / 出演:マット・デイモンジェシカ・チャスティン、クリステン・ウィグジェフ・ダニエルズマイケル・ペーニャケイト・マーラショーン・ビーンセバスチャン・スタン、アクセル・ヘニー、キウェテル・イジョフォーベネディクト・ウォン、マッケンジー・デイヴィス、ドナルド・グローヴァー、ニック・モハメッド、チェン・シュー、エディ・コー、エンゾ・シレンティ、ジョナサン・アリス、ナオミ・スコット / スコット・フリー/キンバーグ・ジャンル製作 / 配給:20世紀フォックス

2015年アメリカ作品 / 上映時間:2時間22分 / 日本語字幕:風間綾平

2016年2月5日日本公開

公式サイト : http://www.foxmovies-jp.com/odyssey/

TOHOシネマズ新宿にて初見(2016/2/4) ※前夜祭



[粗筋]

 NASAが派遣した火星調査隊を突如トラブルが襲った。土壌のサンプルを回収しているさなか、想定を超える規模の嵐が襲い、緊急避難の途中で植物学者のマーク・ワトニー(マット・デイモン)が資材の破片に巻き込まれ、隊列から遠く吹き飛ばされてしまった。メリッサ・ルイス船長(ジェシカ・チャスティン)はギリギリまで救出の可能性を窺ったが、ほか4名の乗員の命を救うために、火星からの脱出を決断した。

 しかし、マークは生きていた。破片により宇宙服に穴は開いたが、破片そのものと出血が栓の役割を果たし、辛うじて拠点まで戻ることが出来た。

 どうにか傷の治療を施したマークだが、命があることを喜んでいる場合ではない。酸素や水分、電力は設備で補えるとしても、問題は食糧だ。緊急脱出だったため、本来の任務期間のあいだ、6人のクルーの生命維持に足りる食糧はある、しかしどれほど切り詰めても、次の調査隊が派遣される4年後まではとうてい保たない。

 途方に暮れるマークだが、ふ、と思いついた――宇宙食の大半は加工済だが、記念日のために、真空パックされた食材が準備されている。その中に、ジャガイモが含まれているのだ。そして、他でもない、マークは植物学者。

 地球から遙か彼方にいるマークが生き延びるための戦いに臨んでいたその頃、NASAでは既にマークの弔いを済ませていた。だが、管制室のスタッフが、火星の人工衛星から送られる画像に、人為的な動きがあることに気づいて、事態は一変する。

 必要なのは通信手段の確立だが、母船ヘルメスが既に遠ざかっているいま、直接に通信を行う方法はない。そのことはマークも悟っていた。そこで彼は、火星に存在する、数少ない“宝”を掘り起こした――



[感想]

 近年、こういう“近い将来、本当に起きるかも知れない”と思わせるような、宇宙を舞台としたサヴァイヴァル物語が毎年発表されている気がする。2013年にはアルフォンソ・キュアロンゼロ・グラビティ』が、2014年にはクリストファー・ノーランの『インターステラー』があり、そして2015年がこの作品だ。

 ただ、先行する2作品と比べて本篇は妙に印象が異なる。特徴なのは、トーンがやたらと陽気、という点だろう。

 導入からほとんど間を置かずにトラブルが発生し、主人公マークは火星に置き去りとなる。生身では生命維持も困難な世界にろくな物資もなくひとりきり、となれば普通は絶望的にもなる。実際、作中で数分程度は半ば虚脱しているような描写もあるのだが、しかし気づくとこの主人公、意識が切り替わり、生存への戦いに臨んでいる。有機栽培のためにパッキングされた排泄物を、鼻栓を詰めながら開封し、船長が残していったディスコ・ミュージックに不満そうにしながらも乗っている姿には悲愴感はあまり見受けられない。栽培のために水分を生産しようとして、うっかりミスで吹っ飛ばされても(大怪我したわけではないから、ではあろうが)前向きで、いっそ楽しげにさえ映る。

 不自然にも思われる反応だが、しかしこれ、現実でもあり得ないことではない。将来的に、宇宙旅行が気軽なものになれば解らないが、厳格な適性審査が行われ、徹底した訓練を受けるため、宇宙飛行士はたいてい、かなりのサヴァイヴァル技術を身につけている、と言われる。専門分野以外においても、不測のトラブルに対処するために必要な科学的知識やエンジニアとしての技能を叩きこまれ、サヴァイヴァルに必要な知識は備えている。しかも、トラブルに際して自暴自棄に陥ることがないよう、冷静な状況判断ばかりでなく、前向きに思考できることが望ましい、と言われているのだ。故に、本篇のような状況にあっても、似たような行動を取る宇宙飛行士は少なくないはずだ――少なくとも、そうあることが理想と言えそうだ。

 この描写を筆頭に、本篇のモチーフや細かな行動のほとんどが、現実の宇宙開発のあり方や存在する科学理論をきちんと考慮しており、実現こそしていないものの、「あり得るのでは?」と思わせるように構築されている。

 特筆すべきは、母艦が離れ、通信手段が失われている中で、辿り着いた解決策だろう。世の中の動き、特に実際の宇宙開発にあまり関心がないとピンと来ないかも知れないが、あれは間違いなく現実として利用できるはずなのだ。発見したあとの地球とのあまりにまどろっこしいやり取りがユーモラスだが、そこも含めて、同じ状況なら、もし知識があれば、と考えたときに、必然的に辿り着く方法をしっかり拾っている。『スター・ウォーズ』のように、科学技術が理解不能のレベルに向上した世界を描くのもSFだが、本篇のように実現可能だ、と思わせるレベルで繰り広げられる、知的遊戯の楽しさもまたSFの本懐だ。

 SF的な部分に限らず、本篇の描写はいちいち説得力があり、唸らされることもニヤリとさせられることもしばしばだ。クルーたちの荷物に滲む(そしてしばしばマークを救うことにもなる)個性もそうだが、特に地球で彼を救う立場にいるひとびとの反応が実にあり得そうなのである。帰還中のクルーたちにかなり長いことマークの生存を伝えずにいるくだりもそうだし、現場の声を権柄尽くで押し潰してとんでもない納期を強要するあたりなど、こういう事態に陥ればいくらでも起きそうだ。実際、物語の中で似たようなやり取りが続き、最後には技術者がろくに反論もせずに受け入れてしまう。似たような駆け引きに心当たりのあるひとも多いのではなかろうか。

 本篇の快さは、そうした陽気さ、豊かなユーモアもさることながら、それがストーリーにとって味付けに留まらず、不可分に感じられることにある。マークの、単純な楽天家ではないが、己の窮地に決して暗くならない姿勢は間違いなく彼自身の生存率を高めているし、序盤で努力しているからこそ、遠く離れたところから救いの手が差し伸べられる。彼の生存を巡り繰り広げられる滑稽な駆け引きが地球側でのドラマを膨らませ、火星のマークとリンクして興奮と感動を呼ぶ。そうして地球のほうで様々な人々が行動に及ぶのも、そもそもマーク自身が生きることを諦めていないからに他ならない。

 生きることに懸命であり、多くの人々がそれに触発されて、人類が経験したことのない挑戦に臨む。そういう物語だから、本篇は観終わったあとでひたすらに爽快なのだ。

 NASAも全面協力した、という考証に抜かりはなく、そのうえで構築されたヴィジュアルは、『ブレード・ランナー』『エイリアン』『グラディエーター』など優れた発想や物語をインパクトのある映像に仕上げてきたリドリー・スコット監督の本領が遺憾なく発揮されている。これがデビュー作である原作者や、『クローバーフィールド/HAKAISHA』『キャビン』を手懸けた脚本家のドリュー・ゴダードなど、新しい才能も携わっているとはいえ、御年78歳の巨匠が撮ったとは思えないくらいの清新さと活力が漲る傑作である。作中の人々と同様に、観た人も、エンドロールが終わったあとで、いてもたってもいられない気分になるはずだ。



 ひとつ書き忘れていた――というか、言わずもがななのだけど、本篇は“取り残され役者”とでも言いたくなるマット・デイモンの集大成に近い内容、という点でも注目していただきたい。いい加減、ただ助けを待つのに嫌気が差したのでしょう、きっと。



関連作品:

エイリアン』/『プロメテウス』/『エクソダス:神と王』/『クローバーフィールド/HAKAISHA』/『キャビン』/『ワールド・ウォーZ

ゼロ・グラビティ』/『インターステラー

エリジウム』/『プロミスト・ランド』/『クリムゾン・ピーク』/『宇宙人ポール』/『LOOPER/ルーパー』/『世界侵略:ロサンゼルス決戦』/『トランセンデンス』/『アイランド』/『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』/『2012』/『サンシャイン2057』/『MAD探偵 7人の容疑者』/『THE 4TH KIND フォース・カインド

カプリコン・1』/『ゴースト・オブ・マーズ』/『ジョン・カーター』/『月に囚われた男』/『地球、最後の男』/『ARIA the AVVENIRE