『心が叫びたがってるんだ。』

TOHOシネマズ新宿、エレベーター脇のデジタルサイネージに表示されたポスター画像。

原作:超平和バスターズ / 監督:長井龍雪 / 脚本:岡田麿里 / キャラクターデザイン&総作画監督田中将賀 / 演出:吉岡忍 / 撮影・CG監督:森山博幸 / 美術監督:中村隆 / プロップデザイン:岡真里子 / 色彩設計:中島和子 / 編集:西山茂 / 音響監督:明田川仁 / 音楽:ミト(クラムボン)、横山克 / 声の出演:水瀬いのり内山昂輝雨宮天細谷佳正村田太志高橋李依石上静香、大山鎬則、古川慎、吉田羊、藤原啓治 / 制作:A-1 Pictures / 配給:ANIPLEX

2015年日本作品 / 上映時間:1時間59分

2015年9月19日公開

公式サイト : http://www.kokosake.jp/

TOHOシネマズ新宿にて初見(2015/09/27)



[粗筋]

 幼い頃の成瀬順(水瀬いのり)は、「口から生まれた」と評されるくらいおしゃべりだった。空想癖も強く、山の上にあるお城を模したラブホテルを本気でお城と思い込み、中で繰り広げられる舞踏会を夢に見ていた。

 ある日、順は“お城”から出てくる乗用車に、パパと見知らぬ女性の姿を目にする。その意味を理解しなかった順は、無邪気に母(吉田羊)に向かって話してしまった。間もなくパパは、家に順とママを残して去って行く。別れ際に、「お前のせいだろ」という言葉を順に残して。

 高校生になった順は、おしゃべりどころか、ろくに口も利かない娘として知られている。パパが去ったあと、順は玉子の王子に呪いをかけられ、口にチャックをされてしまった、と信じていた。話そうとすると、お腹が痛くなってしまう。

 友達もなく、クラスでも息を潜めるように暮らしていた順だったが、高校で突然、表舞台に引っ張り出される。この高校では年に1度、地元住民との親交を図るため、様々な出し物を企画する“ふれあい懇親会”が催されている。この実行委員に立候補する者がいないのに手を焼いた担任の城嶋先生(藤原啓治)が、4人の生徒を名指しして、強引にこの仕事を押しつけたのである。彼が選んだのは“DTM研究室”と称する部に所属する坂上拓実(内山昂輝)にチアリーダー部の仁藤菜月(雨宮天)、野球部のエースだったが怪我で休部している田崎大樹(細谷佳正)、そして成瀬順。

 誰一人やる気はなく、みんな委員を辞退するつもりでいた。しかしそんな彼らを、城嶋先生は飄々とした物言いで説得する。たとえば、と彼が例を挙げたのはミュージカルだったが、もちろんそんな手間のかかりそうなことをあっさり受け入れるはずもない。

 だが、順の心には引っかかるものがあった。辞退するつもりで訪れた、城嶋先生のいる音楽準備室で、坂上が手慰みのように演奏していたアコーディオンが奏でていた曲。家に帰って、順の口をついて出たのは、そのとき坂上が適当に口ずさんでいた歌だった。そして順は、はた、と気づく。

 歌なら、お腹が痛くならない。

 口にチャックをされてしまって以来、初めて抱いた希望が、引っ込み思案になっていた順を突き動かした――



[感想]

 青春ドラマは昔からフィクションの花形のひとつ、なのだが、こと映画においては純然たる青春ドラマと接する機会は減りがちのように思う。それは作品の性質上、どうしてもアイドルや人気の若手がメインで起用されてしまい、アイドルムーヴィー扱いをされてしまったり、それこそ若い人に人気の漫画が原作にされることで、話題先行の作品になってしまい、原作や出演者に関心がない場合は敬遠する材料になりがちだ。

 たとえ表現手法がアニメであっても、こういう対象客の絞り込みは起きてしまうのだが、本篇の場合少し趣が違うのは、原作のないオリジナルの物語であり、キャストも(アニメ好きなら解る旬の声優がメインだが)一般的な話題先行で選ばれておらず、そういう意味での話題性はやや薄い。本篇は、やはり珍しいテレビアニメオリジナルの青春ドラマとして製作され大ヒットとなった『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』のスタッフが中心となって携わっており、そちらからの引きを期待していることは疑いないが、内容的な関連性がない分、純粋に“内容勝負”という捉え方はされやすい、と考えられる。だから、本篇は最近では珍しい、虚心に接することの出来る青春ドラマ、と言えるのではなかろうか。

 アニメーション故の、やたらと媚びた表現が受け入れがたい、アニメーション特有の空想的なモチーフが苦手、という人もあるだろうが、その点、本篇はこのあたりが控えめで、苦手であっても拒絶反応を起こしにくいレベルに留めている。

 というか、アニメのつもりで観に行って、いきなり登場するモチーフがラブホテルである、というのに少々意表を突かれるだろう――しかし本篇は、これを筆頭に、決して突飛なシチュエーションを用いていない。スタッフが『この花』で親しんだ秩父をふたたび舞台にしているものの、登場するものは多くの人にとって馴染みのある場所やシチュエーションばかりだ。学校のデザインでさえ、近頃のアニメで流行の異国風のものではなく、少々無粋で機能的なものだし、通学に用いる交通手段や買い物に行くコンビニも突飛なものは出てこない。

 何より、いささか風変わりな発端が描かれてはいるものの、この作品で中心となる少年少女たちの悩みや直面する困難それぞれは、決して珍しいものではない。似たような心当たりがある、という人も多いだろうし、自身に体験はなくとも、そう遠くない世界で起きている、と実感が得られる程度のものだ。それが一大事件のように感じられ、自らの行動や世界を規制してしまう、というのは、まさに青春ドラマの真骨頂だろう。

 斯様に、モチーフのほとんどは普遍的であるのに、この作品はそれを巧みに組み合わせて、見事に大きなドラマとして束ねている。口に出せない本音、迂闊に口走ってしまった言葉への後悔、知らず知らずのうちに漏らしていた無神経な言葉、つまりは言葉にするのを躊躇ってしまう現実、というものを、メインとなる4人に要素としてちりばめつつ、それを更に中心にいる“順”というキャラクターに集約させていく。

 本質的に“順”という少女は中心人物にはしづらいキャラクターでもある。普通なら集団生活の中で埋もれ、イベントや大きな出来事の中で活躍することでもなければ「ああ、そんな子もいたな」という程度に思い出されるようなタイプだろう。だが、そういう人物だからこそ普通に抱えている悩みと、それを打破したい、という想いとが、きちんと物語の発端になり、牽引力となり、終盤では波乱のきっかけにもなっていく。順に限らず、中心人物についてのいささか掘り下げすぎ、とさえ言えるこの描き方は、やもすると見ている者の記憶をも刺激して辛くなるくらいだが、しかしその痛みこそ、本篇がキャラ国誠実に向き合っている証だろう。そして、自らの悩みに向き合った末に辿り着くクライマックスだからこそ、本篇は清々しい。

 胸の奥にわだかまる想いを吐き出したい、本音をぶつけたい、という主題にうまく合致するからこそ選んだ素材なのだろうが、本篇はミュージカルというジャンルに対するオマージュの一面も備えていることに注目していただきたい。中盤から順たちが作り出すミュージカルは、まさにミュージカル映画の名作からの引用を含んでいるし、最後に提示されるアイディアは実際、ミュージカルの特徴的な趣向だ。その発想が見事に本篇の主題とも噛み合っていることも含め、題材の選択と処理の巧さ、誠実さは目を見張るほどだ。

 クライマックスのミュージカルの仕上がりは一見、素人離れしているように映らなくもないが、しかし圧倒的にレベルが高いわけでもない。その描写を見れば、高校生に許される限られた知識や設備でやりくりしていることは解るはずだ。

 本篇は隅々ま、身近なモチーフ、誰にも馴染みのある要素を主体に築かれている。そのなかで、胸を軋ませ、感動を呼び、最後には清々しい余韻をもたらすドラマを生み出した。現実離れしたシチュエーションを過剰に用いることなく描いているからこそ本篇は心に響く、優秀な青春ドラマたり得たのだ。

 玉子の王子さま、というモチーフだけが空想的であることを除けば、実写でも作ることは難しくないだろう。ただ、実写はどうしても演じている俳優の人物像に縛られてしまうきらいがある。それがアイドル的な人気を博しているならなおさらだ。しかし、アニメーションにしたことで、そうした色がつく危険を最小限にしている。全体に穏やかな青を称えた統一感のある画面に不自然さがないのも、アニメーションならでは、だろう。

 白状すると、個人的には、主題歌として乃木坂46の曲が採用されたから、あえて観に行く気になった、というのが実際のところなのである。エンディングの、特に響くタイミングで使ってくれているのも嬉しいが、しかしそれを凌駕するほどに、この出来映えにただただ打ちのめされた。あまりにも優れた出来映えであるが故に、もういちど観たいけれどすぐに観るのは躊躇われる、それほどに胸に響く、青春映画の傑作である。アニメだから、という理由で敬遠している人がいるなら、たぶん損をしている、と諭したいほどだ。



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