『ARIA the AVVENIRE』

新宿ピカデリー、ロビーに掲示された大型スタンド。

原作:天野こずえ / 監督&シリーズ構成:佐藤順一 / 脚本:吉田玲子 / 助監督:名取孝浩 / キャラクターデザイン:音地正行 / 美術監督佐藤正浩 / 色彩設計:川上善美 / 撮影監督:吉田寛 / 3DCGI:平将人 / 3Dモデリング:小林武人 / 編集:西山茂 / 音楽:Choro Club feat. Senoo / 主題歌:西沢幸奏 / 挿入歌:牧野由依河井英里 / 音楽制作:フライングドッグ / 声の出演:葉月絵理乃水橋かおり大原さやか西村ちなみ斎藤千和広橋涼皆川純子中原麻衣茅野愛衣川上とも子 / アニメーション制作:TYOアニメーションズ / 配給:松竹メディア事業部

2015年日本作品 / 上映時間:1時間

2015年9月26日公開

公式サイト : http://www.ariacompany.net/

新宿ピカデリーにて初見(2015/09/27)



[粗筋]

 住環境が整備された火星に、地球にある都市を模して築かれた街、ネオ・ヴェネツィア。水路が巡らされたこの街には、ゴンドラを操る水先案内人――“ウンディーネ”という職に就く女性達がいる。

 地球出身の愛野アイ(水橋かおり)は、ひょんな縁からウンディーネに憧れるようになり、水無灯里(葉月絵理乃)が単身切り盛りする小さな会社アリア・カンパニー唯一の新人として、練習に明け暮れる毎日を過ごしている。

 アイと初めて出会ったときはやはり新米に過ぎなかった灯里も、アリア・カンパニーの先代経営者で、伝説的なプリマ・ウンディーネだったアリシア(大原さやか)のあとを立派に継ぎ、いまやネオ・ヴェネツィアを代表するウンディーネとなっている。しかし、灯里と新人時代を共にした友人、藍華(斎藤千和)やアリス(広橋涼)もやはりそれぞれに責任ある立場となり、多忙故にろくに会うことも出来ない日々が続いていた。

 けれど、幾重にも水路が張り巡らされたこの街では、ふとした拍子にすれ違うこともある。そんな一瞬の奇跡に居合わせて感激するアイに、灯里はかつて、彼女の師であるアリシアにもそんな一瞬があったことを語るのだった……。



[感想]

 テレビアニメが深夜でばかり放映されるものになり、1クールでこまめに作品が入れ替わることが普通になって久しい。作品の点数は多いが、ほとんどはマニアでもない限り記憶に留めておくこともなく、忘れられているのが実情だろう。記憶に残り、シリーズとして作品が続くのは、幸せなことなのだ。

 そんななかで、天野こずえの原作に基づく『ARIA』シリーズは間違いなく、特に幸せな例だろう。第1シリーズは通例通り1クールだったが好評によって第2シリーズは2クールにわたって放送され、第3シリーズに至っては、折しも完結が決定した原作と足並みを合わせ、ほとんど同じタイミングでフィナーレを迎えることが出来た。しかも、第1シリーズにおいて、原作では謎だったヒロイン・水無灯里の手紙の相手として独自に設定された少女アイが、灯里の後継者としてアニメのみならず原作にも登場して結末を飾っている。やもすると、アニメ化されたことが呪いのようにも捉えられるほど不運な顛末を辿る作品もあるなかで、ここまで幸せな終わり方をした作品は相当珍しい。

 その幸せな決着から7年を経、ブルーレイ版のリリースに合わせて製作された、後日譚に当たるエピソード3篇をまとめて劇場作品とした本篇だが、非常に恵まれたこのシリーズは、しかし7年のあいだに、続篇を作るという意味では不幸な出来事に見舞われている。

 シリーズにおいて、尊敬される先輩ウンディーネのひとりである“アテナ”というキャラクターがいる。日常生活さえ心許ないような天然だが、美声による舟歌で唯一無二の存在感を発揮する人物だ。彼女については、通常の台詞を川上とも子、歌声に限っては河井英里、と分けて担当していたが、この7年のあいだに、ふたり共が鬼籍に入ってしまった。

 続篇について発表されたとき、シリーズのファンの多くは恐らく、このふたりの不在をどうするのか、という点を心配したはずである。

 しかし、後日譚を制作するにあたって、スタッフはアテナというキャラクターを“そのまま”残すことを選択した。発表時、アテナの名前の横に、代役ではなく“川上とも子”の名前をそのまま提示してきた。

 とはいえ、現実としてアテナの声を担当したひとはふたりともこの世にいない。音声をトレースして存在しなかった言葉を言わせるシステムも開発は進んでいるが、まったく違和感なく聴けるレベルには達していないことから、彼女たちを起用するなら、オリジナルシリーズで収録された台詞や歌声をそのまま流用するしかない、ということは察しがつく。だから、この作品を鑑賞する上で、オリジナル・シリーズからのファンが注目してしまうのは、何よりもアテナの使い方だった。

 そういう意味で、本篇が提示した答はまさに理想的と言える。

 登場するシーンは僅かしかない。だが、もともとアテネはオリジナル・シリーズで既に人気の水先案内人だった。物語が更に次の世代にバトンタッチしつつあるこの世界を舞台としているために、オリジナル・シリーズでの先輩世代は、アテネに限らずみな多忙になっている。そのことを逆手に取り、出番を最小限にしながらも、最も活きる形で彼女を登場させている。どれほど感動的な場面に遭遇しても涙を流したりしないたちの私も、本篇で成長した彼女が登場するシーンには目頭が熱くなるのを止められなかった。

 アテネの、この非常に大事にした使い方ひとつを取っても、スタッフの本篇に対する愛情は窺えるが、しかし本篇は他の部分も余すところなく、ゾクゾクするほどに質が高い。

 時間を経ても、ゆったり、じっくりと空気を描き出す間の快さ、優しさは健在だ。いささか語りが臭いのも、作品の雰囲気をしっかりと留めている。

 本篇の特徴は、未来の出来事としながら、テラフォーミングされた火星に実在のヴェネツィアを模したネオ・ヴェネツィアという都市を設定することで、随所にSF的モチーフをちりばめながらも、そこに展開するのはノスタルジックで、日本人にとっては異国情緒を感じさせる風景である、という点にある。この、ある意味で虫のいい設定ゆえに、構図がうまいと画面に絵画的な美しさが生まれるのだが、この新作においては、ほとんどすべての場面が単独で切り取っても1枚絵として成り立ちそうなほどに完成されている。冒頭、海から眺める街の光景に、運河を滑るゴンドラがすれ違い、交錯する姿を俯瞰で捉えた映像。ストーリーなど無視しても、目だけで楽しめるレベルの仕上がりだ。キャラクターの描線も、一部を拾うといささか気が緩んでいる、と感じられる場面もあるものだが、本篇はそれが極めて少ない。

 基本は、ウンディーネという架空の職業に就く人々の穏やかで、ときどき不思議や奇跡の交わる日常を淡々と描いているシリーズであり、わずか1時間の作品ながらそれを3話に割っているのも、そのまんまシリーズ中の3つのエピソードとして組み込めるような作りを志したが故だろう(事実、本篇は2015年末からリリースされるBlu-ray BOXに、各巻1話ずつ収録される予定になっている)が、しかし通しで鑑賞すると、きちんと描写やテーマに芯が通してあることも評価に値する。多忙になってしまったが故に会うことの難しくなったアリシア、晃、アテネの思いがけない交錯を中心にした第1話、ネオ・ヴェネツィアに潜む猫の精霊ケット・シーとの“別れ”と、3世代目の少女たちとの出逢いを絡めた第2話、それぞれでちりばめた要素が繋がり、第3話を経て物語の先へと伸びていく。

 そしてこの第3話においても、新しい声を収録することが出来ないアテネというキャラクターの使い方が憎いくらいに素晴らしい。たとえ直接触れ合うことは叶わなくても、そこに存在していることを強く感じさせる。

 現実はこんなに綺麗にまとまらない、あまりに楽天的すぎる、と拒絶反応を示す向きもあるだろう。事実、本篇の世界観がかなり楽天的なのは、否定できないところだ。

 しかし、現実ではそうすべてがうまく噛み合わないからこそ、フィクションに世界には理想郷があってもいい。どこかリアリティを備えながらも、あり得ないくらいに優しさが繋がっていく世界がずっとそこにあっていい。

 7年の時を経て、あの世界が変わらずに続いていることを描いた本篇は、だからこの『ARIA』というシリーズの幸運ぶりを、改めて証明しているのである。

 これを書いている現時点で、本篇が映像ソフトとしてまとめてリリースされる予定は示されていない。前述した通り、オリジナル・シリーズをそれぞれまとめたBlu-ray BOX3巻にそれぞれ1話ずつ分けて収録される予定が提示されているのみだ。このシリーズには愛着がある、けれどさすがにボックスセットはお財布に厳しい、という方は、万障繰り合わせてでも劇場に足を運んで鑑賞するべきだ。“してもいい”でも、“する価値がある”でもない、意地でも観ておくべきだ。



関連作品:

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