『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』

TOHOシネマズ日本橋が入っているコレド室町2の入口前に掲示されたポスター。

原題:“Birdman or (the Unexpected Virtue of Ignorance” / 監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ / 脚本:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、ニコラス・ヒアコボーネ、アレクサンダー・ディネラリスJr.、アルマンド・ボー / 製作:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、ジョン・レッシャー、アーノン・ミルチャン、ジェームズ・W・スコッチドープル / 製作総指揮:クリストファー・ウッドロウ、モリー・コナーズ、サラ・E・ジョンソン / 撮影監督:エマニュエル・ルベツキ,ASC,AMC / プロダクション・デザイナー:ケヴィン・トンプソン / 編集:ダグラス・クライス、スティーヴン・ミリオン,A.C.E. / 衣装:アルバート・ウォルスキー / キャスティング:フランシーヌ・メイスラー,CSA / ドラム・スコア:アントニオ・サンチェス / 出演:マイケル・キートンザック・ガリフィアナキスエドワード・ノートンアンドレア・ライズブローエイミー・ライアンエマ・ストーンナオミ・ワッツ、リンゼイ・ダンカン、メリット・ウェヴァー、ジェレミー・シャモス、ビル・キャンプ、ダミアン・ヤング / ニュー・リージェンシー/Mプロダクションズル・グリスビー製作 / 配給:20世紀フォックス

2014年アメリカ作品 / 上映時間:2時間 / 日本語字幕:稲田嵯裕里 / PG12

第87回アカデミー賞作品・監督・脚本・撮影部門受賞(主演男優・助演男優・助演女優・音響編集・音響効果部門候補)作品

2015年4月10日日本公開

公式サイト : http://www.foxmovies-jp.com/birdman/

TOHOシネマズ日本橋にて初見(2015/04/10)


[粗筋]

 リーガン(マイケル・キートン)は大事な日を間近に、神経質になっていた。

 かつてヒーロー映画『バードマン』シリーズで人気を博しながら、4作目のオファーを断った彼は、だがいまやすっかり忘れられた存在となっている。起死回生を図るために、私費を投じて臨んだのが、ブロードウェイ公演だった。尊敬するレイモンド・カーヴァーの短篇をベースに自ら脚本と演出も手懸け、ようやくプレヴュー公演にまでこぎ着けたが、状況はおよそ理想通りとは言いがたい。

 リーガンにとっていちばんの悩みは、重要人物を演じている俳優ラルフ(ジェレミー・シャモス)の演技が未だ理想に近づかないことだった。だがその悩みは稽古のさなか、別の悩みに変貌する。舞台上の事故でラルフが大怪我を負い、再起不能になってしまったのだ。

 弁護士でありリーガンのエージェントでもあるジェイク(ザック・ガリフィアナキス)は賠償問題で出て行く金に頭を悩ませるが、リーガンはここぞとばかりに新しい俳優を招いて公演の継続を主張する。幸い代役は速やかに見つかった。共演者のひとりレズリー(ナオミ・ワッツ)の私的なパートナーでもあるマイク(エドワード・ノートン)が参加を承諾したのである。レズリーの本読みに付き合っていたこともあり、マイクは完全に台詞を暗記している。しかも俳優としてもマイクは完璧だった。

 これでようやく立て直せる、と安堵したのも束の間、マイクにはまた別の問題があった。マイクは芝居のリアルに拘るあまり、エキセントリックな行動に走る傾向があったのだ。ようやく迎えたプレヴュー初日、設定上でジンを飲むことになっていたことに拘ったマイクは、途中でリーガンが水にすり替えたことに激昂し舞台をブチ壊しにする。しかも、「半額のプレヴューに来る客の評判なんか気にするな」と悪びれる様子もない。

 リーガンを悩ませるのは舞台の先行きばかりではない。リハビリ施設から戻ったばかりで、自らのアシスタントとして身近に置いていた娘のサム(エマ・ストーン)が、こっそりとマリファナに手を出していたのだ。自分の大事な仕事を台無しにする気か、と怒るリーガンに、だがサムは鋭く言い返した。

「パパなんか、もうどこにもいないも同然なのよ」――



[感想]

アモーレス・ペロス』で注目されて以降、シリアスな人間ドラマを撮ってきたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督としてはいささか異色の内容、という印象だが、しかし観てみるとそう極端に隔たった代物ではない。

 ポイントのひとつは、超能力の存在である。リーガンにはまさにヒーローさながらの特殊能力が備わっているように描かれているが、しかしそれが他のひとびとに認識されることはない。意識的に隠しているから、ということもあるだろうが、結果として何の役にも立たない能力のように描かれている。この描き方は先行作『BIUTIFUL ビューティフル』にも通ずるものだ。『バベル』ののち、初期作品の脚本家であるギジェルモ・アリアガと袂を分かち、自らが脚本に深く携わるようになったことが影響しているのかも知れない。

 また、描き方はブラック・コメディだが、人間の本質を衝こうとする意志は貫かれている。何としてでもショービジネスの世界で返り咲こうともがくリーガンに、“リアル”を標榜して奔放に振る舞うマイクを中心に、舞台を成立させる、或いは自らの成功のために奔走するひとびとの姿は、滑稽ではあるがいずれも生々しく実感的だ。上質なコメディは人間ドラマとしても優秀なのが常だが、本篇はそもそも状況がたまたま笑いを誘う、というだけで、基本的にコメディっぽくはない。そこに漂う哀感は、イニャリトゥ監督作品に共通するものだ。

 本篇を特徴づけているのは、表現のために選択した趣向、手段の数々である。そのどれかが欠けても、本篇のインパクトは削がれていたはずだ。

 まず特筆すべきは、ワンカットに擬したカメラワークである。本篇を鑑賞すると、開巻から終盤までカットが殆ど入っていない。中心で捉えられる人物は目まぐるしく入れ替わるが、カットが変わらないので、観客にはすべてが地続きの出来事として感じられる。作品世界に入り込みやすい、というのも利点だが、こういうシチュエーションが主体となって構築されたような作品では、視点の切り替えによって意識が分断されやすく、その危険を回避している点でも有効に働いている。

 あくまでワンカットに擬しているだけであって、通常のワンカットではあり得ない時間の跳躍が生じている。撮影の上でもちゃんと区切っているはずだ――だから一段落ちる、と評するひとはちょっと冷静になって欲しい。別々に撮ったものを、ほとんど違和感なく繋げるためには、気の遠くなるような繊細さと慎重さが求められる。現場の苦労を想像するだけで頭が下がるほどだ。撮影監督のエマニュエル・ルベツキは本篇はアカデミー撮影部門賞を獲得しているが、昨年の『ゼロ・グラビティ』から2年続けて受賞する快挙を成し遂げたのも宜なるかな、といったところである――もちろん、これを成功させるためにはカメラの配慮だけでなく、俳優やスタッフの協力も不可欠だ。

 そして、これほどタイトな構想の中で、各々の人物像もきちんと確立されている。そのこと自体が、作中描かれる、ショウビジネスに携わる人々のジレンマや自己矛盾を象徴しているようにも映るのだ。

 本篇の主人公リーガンは、かつてヒーロー物の映画でスターダムにのし上がったものの、以降の冴えない状況を打破するべく、尊敬する作家の作品を舞台化することを目論む。映画の世界で振るわないから演劇に目配せをする、という彼の考え方には、映画で名を成したが故の増長が窺えるが、他方で演劇の世界の人々にも行き過ぎた矜持が窺える。大怪我を負った出演者の代わりに起用されたマイクの言動には、リーガンとは違い演劇の世界において独自の理論で戦ってきたからこその自尊心があからさまだ。そんなマイクより更に露骨なのは演劇評論家の態度である――彼女の物言いに対して、恐らく映画業界に愛着のある者なら不快感を抱くだろうし、演劇に強い思い入れのある者なら共感を抱くのかも知れない。しかし、より引いた立場から眺めれば彼女もまた尊大だ。恐らく、設定を入れ替えれば、映画の世界にも同じような振る舞いをする“評論家”は現れる。他の世界から訪れた者に対して、理不尽な不寛容さを見せることは考えられる。

 ショウビジネスに携わる者の悲哀と、想像を超える脱出ぶりを描いた作品、と素直に捉えてもいいが、本篇が抉ろうとしているのはそれだけではないのだ。こうした反転可能な部分もさりながら、主人公に超能力があるように見せているのもミソなのである。

“あるように”という表現に違和感を抱くかも知れないが、実は本篇、冷静に表現を汲み取っていくと、本当に超能力がある、と言い切れるようには見せていないのだ。基本的にリーガンが“力”を発揮するのはひとりでいる場面だけで、その影響に他の人物がはっきりと遭遇するのはあとでしかない。唯一の例外は冒頭の事故のくだりだが、偶然、と捉えられないこともない。終盤ではっきりと目撃したかのように描かれる人物もいるが、作中、その人物が何をしていたのかを思い出すと、表面通りに捉えることも出来ないはずなのである。

 そういう、表現自体に嘘があるかも知れない、と感じられる要素を、通常は描写に信憑性と真実味を与えるために用いるはずの、ワンカットによる撮影というスタイルで描いている。それはつまり、通常ひとが見ているものが、他人の見ている現実と同じではない、ということを、極めて視覚的に描き出している、とも取れる。手法が持つ信頼性を、工夫と涙ぐましいほどの努力によって覆そうとしていた、とも解釈できる。

 それらの表現によって、具体的に何かひとつの答を炙り出そうとしているわけではない。ただ、自らが依って立つところの心許なさと、それでも隘路を脱するためには自ら動かねばならない、という単純な現実とを、細部にまで神経を行き渡らせて築き上げた本篇には、凄まじいまでの熱量が宿っている。だから、主題の問うところを超え、その意図を汲み取るか否かに拘わらず、観た者に力を与えるような作品になったのだろう。評価は人によるだろうが、本篇が大きな賞に相応しい奥行きと完成度を備えているのは間違いない。



関連作品:

21グラム』/『バベル』/『BIUTIFUL ビューティフル

ロボコップ(2014)』/『ハングオーバー!!! 最後の反省会』/『グランド・ブダペスト・ホテル』/『オブリビオン』/『大脱出』/『アメイジング・スパイダーマン2』/『インポッシブル』/『フィクサー』/『ゼロ・グラビティ

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