『舞妓はレディ』

TOHOシネマズ西新井、スクリーン3の入口に掲示されたチラシ。

監督&脚本:周防正行 / 製作:石原隆、市川南、宮前周次、石川豊、柴田嘉章、細井俊介、小形雄二 / エグゼクティヴプロデューサー:桝井省志 / プロデューサー:土屋健、 土本貴生、堀川慎太郎 / 撮影:寺田緑郎 / 美術:磯田典宏 / 照明:長田達也 / 編集:菊池純一 / 装飾:松本良二 / キャスティング:吉川威史、南谷夢 / 音楽:周防義和 / 作詞:種とも子 / 振付:パパイヤ鈴木 / 出演:上白石萌音長谷川博己富司純子草刈民代田畑智子渡辺えり岸部一徳濱田岳高嶋政宏小日向文世竹中直人妻夫木聡大原櫻子武藤十夢(AKB48)、松井珠理奈(AKB48)、中村久美、岩本多代高橋長英草村礼子徳井優田口浩正彦摩呂津川雅彦パンツェッタ・ジローラモ / 企画・製作プロダクション:アルタミラピクチャーズ / 配給:東宝

2014年日本作品 / 上映時間:2時間15分

2014年9月13日日本公開

公式サイト : http://www.maiko-lady.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2014/09/13)



[粗筋]

 京都の下八軒という小さな花街に、場違いな雰囲気の少女がふらりと現れた。万寿楽というお茶屋をいきなり訪ねた彼女、西郷春子(上白石萌音)は女将の小島千春(富司純子)に向かって、自分を舞妓にしてほしい、と懇願する。ーー鹿児島弁と津軽弁のちゃんぽんになった風変わりな訛りで。
 かねてから舞妓に憧れを抱いていた春子は、万寿楽の舞妓・百春(田畑智子)が店には内緒で開設していたブログで、お茶屋が後継者不足に悩んでいることを知り、意を決して戸を叩いたのだという。

 紹介もなく飛び込みでやって来た娘を簡単に迎えるのも難しいが、千春や馴染みの客・北野(岸部一徳)が難色を示したのは、その訛りだった。あの訛りを京ことばに直すのは骨が折れる。だが、ちょうど彼女が万寿楽に現れたとき、座敷に居合わせていた京大学の言語学教授・京野法嗣(長谷川博己)は、そんな娘を教育して、いっぱしの舞妓に育てる、という試みを思いつく。研究の名目で万寿楽に入り浸っていた彼を北野は“ゴキブリさん”と揶揄していたが、もしこの試みが成功したら、以後の京野のお茶屋遊びは自分が面倒を見る、と約束した。

 いちどは雪深い郷里に戻った春子のもとに京野は万寿楽の男衆・青木富夫(竹中直人)を送りこみ、改めて彼女を下八軒に招いた。京野は千春を説得し、春子を万寿楽の仕込み=見習いとして迎え入れて貰った。

 かくして、京野が研究室で京言葉への矯正に努める一方、春子は千春や芸妓たちから礼儀作法を、そして様々なお師匠から芸事の指導を受けるが、もともと京の文化に直接触れる機会のなかった彼女にイロハを叩き込むのは容易なことではなかった――



[感想]

 題名が『マイ・フェア・レディ』のパロディめいていること、そして“舞妓”という単語から何となく想像出来る筋書きがあるはずだ。本篇は、ほぼそのまんまの内容、と言っていい。

 だが、そのうえで構築出来る映画として、本篇にはほぼ隙がない。

 手懸けた周防正行監督は、脚本を作る上で非常に丹念なリサーチを欠かさないことで知られている。本篇についても、予め花街や芸妓、舞妓についてよく調べたことが窺える――公式サイトの記述によれば実は代表作『シコふんじゃった。』の次回作として構想したのが始まりだった、というから、意図しなかったことではあるようだが、よく熟成もされている。

 そして本篇において、何よりも重要なのは、ヒロインとして抜擢した上白石萌音の素晴らしいまでの魅力だ。彼女の現場での名優ぶりは公式サイトのプロダクション・ノートを参照していただくとして、実際に完成された作品だけでもその才能は充分に窺い知れる。

 まず初めて画面に現れたときの、朴訥というか、いい意味で垢抜けない雰囲気が見事だ。花街、という華やかな世界に迷い込み居心地の悪そうにしている佇まい、そしてそれでもどうしても舞妓になりたい、という想いを秘めたことが表情や仕草から早くも察せられる。やがて、千春たちに直訴するくだりで彼女は唐突に歌い始めるが、この歌の巧さ、切々と沁みてくるような豊かな説得力に、観ていて胸を鷲掴みにされる。

 この冒頭のくだりが重要なのは、本篇にミュージカルの要素があり、ある意味ではファンタジーであることをも、即座に観客に受け入れさせる役割を果たしていることだ。主要登場人物がほぼ勢揃いすることで顔見せのような意味も実現しつつ、作品の方向性を観客に認識させる。この簡単で無い流れを、春子の振るまいが見事にコントロールしている。もちろん、その構成の巧さも賞賛されて然るべきだが、春子を演じた上白石萌音の完璧な演技が一番ものを言っている。

 あとはひたすら緻密に、垢抜けない少女を舞妓として洗練していく過程を、決して深刻ではなく、しかし納得のいく道筋をつけて綴っていく。随所に、登場人物の個性を織りこんだ歌やちょっとした振付を採り入れ、ユーモアも細やかに鏤めて、観客を擽ることを忘れない。春子は決して楽ではないだろうし、右も左も解らないような娘に指導をするひとびとの心労も察せられるが、観ているととにかく愉しくて仕方ない。いつまでも観ていたい、そんな気分にさせられる。

 春子にちょっとした秘密があり、それを巡る描写がいささかシンプルかつ善良すぎるのが引っかかる、という部分もあるが、基本を忠実に押さえたプロットの中にちゃんと起伏も用意されていてそつがない。終盤近くで彼女を見舞う苦しみなど、確かにありそうな出来事だ――しかも、その決着が人を食っていて、重いばかりでないのがまた憎いのだ。

 そして物語の結末でもういちど、観客はヒロインに唸らされることになる。冒頭、あんなに垢抜けなかった少女が、まだ初々しいながらも、見事に“舞妓”に変貌している。美しい京言葉に繊細な所作、初めてお披露目する舞には媚態さえ滲ませ、本物に接しているような気分にさせられる。そんな彼女を中心としたラストの大規模なミュージカルに、素直に酔い痴れることが出来る、痺れるような大団円だ。

 観終わって、こんな幸せな気分で劇場をあとに出来る作品である。方言のニュアンスを伝える難しさから、海外に持ち出すのは――不可能ではないにせよよほどの困難が予想され、これを実感として愉しめる日本人であることさえも嬉しくなってしまうような、日本人による日本人のためのミュージカル、と言えよう。



関連作品:

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メリー・ポピンズ』/『雨に唄えば』/『ムーランルージュ!』/『ドリームガールズ』/『ヘアスプレー』/『マンマ・ミーア!』/『アナと雪の女王

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