『渇き。(TCX)』

TOHOシネマズ日本橋が入っているコレド室町2の入口に掲示されたポスター。

原作:深町秋生果てしなき渇き』(宝島社・刊) / 監督:中島哲也 / 脚本:中島哲也、門間宣裕、唯野未歩子 / アニメーション監督:大平晋也 / 製作:依田巽、鈴木ゆたか、宮本直人 / プロデューサー:小竹里美、鈴木ゆたか / 撮影:阿藤正一 / 美術:磯見俊裕 / 照明:高倉進 / 編集:小池義幸 / スタイリスト:申谷弘美 / ヘアメイク:山崎聡 / CGディレクター:増尾隆幸 / VFXスーパーヴァイザー:柳川瀬雅英 / キャスティング:黒沢潤二郎、細川久美子 / 音楽:GRAND FUNK Inc. / 出演:役所広司小松菜奈妻夫木聡清水尋也二階堂ふみ橋本愛森川葵高杉真宙國村隼黒沢あすか青木崇高オダギリジョー中谷美紀 / 配給:GAGA

2014年日本作品 / 上映時間:1時間58分 / R-15+

2014年6月27日日本公開

公式サイト : http://kawaki.gaga.ne.jp/

TOHOシネマズ日本橋にて初見(2014/07/02)



[粗筋]

 2013年夏。前年末の不祥事で刑事を依願退職し、いまは警備員をして辛うじて生計を立てている藤島昭和(役所広司)の携帯電話に、別れた妻・桐子(黒沢あすか)から久々に連絡があった。桐子と暮らしているひとり娘の加奈子(小松菜奈)が5日前から姿を消している、というのである。

 酒浸りで家庭を顧みることもなかった藤島だが、久々にかつての自分のマンションを訪ねることにした。桐子に促されて加奈子の荷物を調べると、そこには注射針や、粉末を小分けにした小袋を詰めたケースがあった。真面目な優等生で通っていたはずの加奈子がドラッグに手を染めていた、という事実に桐子は打ちのめされ、藤島は自ら娘を探す、と宣言する。

 藤島は森下(橋本愛)ら加奈子の同級生たちや、中学時代の担任教師・東(中谷美紀)らに聞き込みをしていくが、加奈子の印象は両極端に分かれていた。真面目で周囲にも人気が高い優等生、という評判がある一方で、話を訊いても何ら具体的なことを口にせず、「本当に加奈子のことを知っているのか」と逆に問い詰める者もある。

 調べを進めていくうちに、更に不穏な事実が浮上してきた。加奈子と友人たちと一緒に映った写真の中に、藤島がつい最近、目にした顔があった。警備員としての業務中、藤島はコンビニで3人の男女が殺害された事件の第一発見者になっており、その際に元後輩の刑事・浅井(妻夫木聡)から見せられた、被害者と関係のあるヤクザの構成員の写真に、問題の男が映っていたのだ。

 どうやらその男が加奈子をヤク漬けにして、“ワル”の道に引きずり込んだらしい。藤島はそう結論づけて男を捜すが、しかしことはそう単純に片づかなかった――



[感想]

 観て賞賛するか拒絶するかはさておき、観終わったあと、消耗の激しい作品であることは間違いない。

 描写が陰惨で容赦ない、というのもそうだが、現在と過去を際限なく行き来し、無数の出来事が相次いで姿を現しては消えていくさまに、観ていて絶え間なく翻弄される。恐らく、もととなった小説の情報量を、整頓しつつも映画なりに詰めこんだ結果なのだろうが、奔流のような描写を受け止めたあとの疲弊は凄まじいものがある。

 そして、そこで描かれる出来事に、基本的に救いは皆無、と言っていい。観終わって、報われることがほとんどないから、余計疲労感を募らせる。好き嫌いを別問題にして、観るのにちょっとした覚悟が要る作品であるのは確かだろう。

 それにしても本篇の描写が持つ力は奇妙だ。多くの人物が登場するが、恐らく観客が“共感できる”と思える者は少ない。中心にいる人物がことごとく異常で、独善的で、本気では周囲を顧みていない――自分の本質を他人に勘づかれない努力をしている者もいるが、それさえ対象は限定的だし、他の者に対する行動は苛烈だ。

 だが、彼らに“共感できない”と思うのは、実のところ、そういう立場に追い込まれた自分を想像出来ない、或いは想像したくない、という抵抗のほうが大きいのではなかろうか。作中のひとびとは皆特殊に映るが、しかし主人公である藤島の“捜査”により生活を掻き乱されなければ、周囲からはごく普通の一般人に捉えられる、そのくらいの人物のほうが多いのだ。藤島の妻しかり、加奈子の友人たちしかり、また最後に藤島と対決する者やその周囲のひとびともしかり、だ。決して突飛な人物として造形されているわけではない。見た目は凡庸な人物が抱えるそうした闇が、多かれ少なかれ観ている者の秘密や欲望、といった後ろ暗い部分を刺激するのだろう。だから、そうした面を敢えて抉って欲しくないひとにとって、本篇は受け入れがたい代物のはずだ。

 そこまで徹底しているから、本篇は嫌悪感を催させるのと同じくらい、観る者を魅了する。主人公である藤島は、どうしようもないクズだ。家庭を顧みず、かといって仕事で有能というわけでもない。自らが起こした不祥事により仕事も家族も失い、酒浸りの破滅的な生活をしている。その言動は粗暴で他人を顧みず、礼儀もへったくれもない。娘の行方不明、という事態に、いちおうは心配しているかのような行動を見せるが、久々に頼ってきた妻に対して居丈高になり、この機に乗じて妻たちに奪われたマンションに居座る。その後彼はさんざん酷い目に遭うが、自業自得としか思えない。まさに、本物のクズだ。

 にも拘わらず魅力的に映るのは――とりあえず現実に傍にいるわけではない、というのも勿論だが、クズとして中途半端ではなく、振り切れているからだろう。ここで留まって安易な人情ものに話を流すこともせず、徹底したクズの論理で藤島は事態に向かい合う。倫理的にみてまったく正しくはないが、見ようによっては芯が通っている、とも言える。普通はここまで出来ないし、恐らくはさせてもらえない。だから、不快感を催させながらも、彼の振る舞いには爽快感も覚えてしまう。

 これは他のキャラクター、状況についても同じことが言える。主人公である分、様々な状況を観客が目撃する藤島ほどではないが、現在と過去を行き来する構成だから解るひとびとの変化、或いは貫かれた悪辣振りは、暗澹とすると共にその徹底した描き方に清々しささえ感じられる。痛々しく傷つけられ、或いは無惨に朽ち果てようと、そうなるべくして辿り着いた結末には、奇妙なカタルシスがあるのだ。特に、最も殺戮を重ねた人物の終幕は、壮絶だがやけに腑に落ちる感がある。

 原作は『このミステリーがすごい大賞』に輝いた作品だが、ミステリとして読み解くと本篇は必ずしもフェアな描き方をしているとは言えない。思わぬところに真相が潜んでいる、という驚きはあるが、そこに至る伏線がないので、少々唐突に感じられる。それでも面白ければ良し、というひとも多かろうが、ミステリとしてのクオリティに絞って評価しようとすると、落胆する可能性はある。これだけ神経を削る描写を耐えたにしては報いがない、と思うかも知れない。

 しかし、この物語を経て、藤島がああいう真実に辿り着く、ということが、実は何よりも肝要なのだ。多くの狂った、或いは狂わされたひとびとが登場する本篇のなかで、やはり誰よりも藤島が狂っている。そしてこの物語はあくまで、彼が娘・加奈子を探す物語なのである。その真相がああいう形で提示され、藤島がああいうラストシーンを選択したことも、本篇の潔いまでの徹底ぶりを象徴している。

 物語の大半は、酷暑のなかで展開する。画面から滲み出すばかりの暑さが、登場人物もろとも観客を翻弄し、消耗させ、“渇き”を味わわせる。教訓は何もない。ただこの密度と熱気は、映画という表現手法の極みと言えるかも知れない――必見、とまでは言わないが、賛否をさておいて、観ておく価値はある作品だ。



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