『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』

TOHOシネマズシャンテ、施設外壁の看板。

原題:“Nebraska” / 監督:アレクサンダー・ペイン / 脚本:ボブ・ネルソン / 製作:アルバート・バーガー、ロン・イェルザ / 製作総指揮:ジョージ・パーラ、ジュリー・M・トンプソン、ダグ・マンコフ、ニール・タバツニック / 撮影監督:フェドン・パパマイケル / プロダクション・デザイナー:デニス・ワシントン / 編集:ケヴィン・テント / 衣装:ウェンディ・チャック / 音楽:マーク・オートン / 出演:ブルース・ダーン、ウィル・フォーテ、ジューン・スキッブステイシー・キーチボブ・オデンカーク、アンジェラ・マキューアン、メアリー・ルイーズ・ウィルソン、ランス・ハワード、デヴィン・ラトレイ、ティム・ドリスコル / 配給:LONGRIDE

2013年アメリカ作品 / 上映時間:1時間55分 / 日本語字幕:丸山垂穂

第86回アカデミー賞作品・監督・オリジナル脚本・主演男優・助演女優・撮影部門候補作品

2014年2月28日日本公開

公式サイト : http://nebraska-movie.jp/

TOHOシネマズシャンテにて初見(2014/04/09)



[粗筋]

 デヴィッド・グラント(ウィル・フォーテ)の悩みの種は、父ウディ(ブルース・ダーン)である。100万ドルの懸賞に当選した、という手紙を受け取り、真に受けてネブラスカ州リンカーンまではるばる足を運ぶつもりで、何度となく家を飛び出していた。古臭い詐欺商法で、誰も当選なんかしていない、と諭しても一向に聞き入れようとせず、母のケイト(ジューン・スキッブ)も呆れ果てている。

 何度連れ戻しても出ていく父に、とうとうデヴィッドは音を上げた。こうなったら、いちど本当に現地まで赴いて、現実を確かめればいい。あんたまで頭がおかしくなったのか、と母には罵倒されたが、耳を塞ぎ、デヴィッドは運転免許の失効している父に代わってハンドルを握り、4州も隔たったネブラスカへと車を走らせた。

 道程は遠く、まっすぐ行くのも何なので、デヴィッドは途中でラシュモア山に立ち寄ったり、寄り道を提案するが、締切が近い、と父はデヴィッドを急かす。それでいて、宿泊したモーテルから夜中に抜け出し、転んで頭から出血した状態で戻ってきたり、と相変わらずの自由気ままな行動で息子を翻弄し続けた。

 やがてふたりの車はネブラスカ州ホーソーンに辿り着く。そこはウディとケイトの出身地であり、ウディの兄弟たちがいまも暮らしている土地だった。歓迎してくれる親族たちに、賞金に当たった、という話はするな、と予めデヴィッドは父に釘を刺しておいたのだが、酒場で偶然に再会したかつての友人エド・ペグラム(ステイシー・キーチ)にあっさりと打ち明けてしまうと、瞬く間にその話は、狭い町に広がってしまい――



[感想]

 アレクサンダー・ペイン監督の撮る映画はいつも“痛い”。身頃に合わない言動を差す“痛さ”ではなく、人間の弱みや脆いところを的確に突く“痛み”を観る側に与えてくる――むしろ、ごくありのままに描いているからこそ、共鳴する部分や思い当たる記憶を刺激して、痛みを感じさせる、そういうタイプの語り手であるらしい。

 ただ、本篇はそういう“痛み”がちょっと和らいでいる感がある。珍しく、自身が脚本にタッチしなかったせいかも知れないが、それ以上に“痛さ”を感じる対象が、物語の視点人物でなくなっているせいも大きいのだろう。

 だが、旧作にあった人間を観察する目の確かさは本篇においても健在である。奇行に及ぶ父に対し、日常に追われて構うことが出来ない息子たちの微妙な距離感。父の迂闊な“告白”に、わらわらと群がってくる郷里のひとびとの様子。従来の作品に比べると、視点人物の立ち位置や振る舞いが穏当なので際立たなくなっているが、普通の人間が見せる“痛い”行動は相変わらずしっかりと盛り込まれているのである。

 最後の最後まで、何故ウディが詐欺としか思えない手紙を鵜呑みにして、はるばるネブラスカまで赴こうとしているのか解らない。それ故に、終盤でウディが語る理由以上に周囲は振り回されていく。振り回された結果として浮き彫りになる、ウディに対する関心の温度差が、おかしくもほろ苦いドラマを生み出していくのだ。

 みんな軽率であったり浅慮だったりするが、それでも言動は決して特異なものではない。内実はいざ知らず、知人が大金にありついた、と知れば、素直に祝福する者もあるだろうし、かつての交流の度合いに拘わらすおこぼれに預かろうと考える者も珍しくあるまい。ウディの“幸運”が単なるまやかしであることを知っている息子デヴィッドにとっては、好意が心苦しく、すり寄る者もことさらに鬱陶しい。あとで事実を知られたときの反応を考えるとなおさらだ。

 だが、だからこそ、ウディの“放言”によらない言動が印象的に感じられる。とりわけ、かつてウディと交際していたと語る新聞社の経営者の、デヴィッドに対する鷹揚な接し方と、ウディの妻ケイトが郷里に戻ってから見せる奔放な姿が鮮烈だ。

 父の奔放な行動を契機に初めて知る両親の郷里での側面、それに触れることによって取り戻す素直な情愛や家族の絆。確かに、まわりには無理解であったり自らの利益でのみ近づいてくる者も多いが、いざ事態が収束してみれば、終始ごく自然に接してくれる者も少なくない。そういう、肩肘張ることのない程良い“情”が本篇を支配している。

 物語は現代の設定だが、あえて白黒に映像をまとめたことも、この仄かな郷愁が支える優しさを補強している。特に何もない、けれどそれ故に味のある光景は、カラーでも映えそうに思うのだが、白黒にして色彩の情報を抑えることで、余計に情感を膨らませている。

 本篇の結末には、やはり神がもたらす幸運、といったものは存在しない。だが最後の出来事は、一連の成り行きが育んだ想いがもたらした、という意味では、宝くじで得られる大金に決して劣らないだろう。格別な救いにはならないけれど、これからも続く人生を穏やかに歩き続けてもいいんだ、と思わせてくれる。アレクサンダー・ペイン監督独特の“痛さ”は和らいだが、かつてはそれが強めていた優しさはいっそう沁みるようになった。オスカー候補にもなったヴェテラン俳優たちの演技の力も借りて、円熟の味わいのある名品である。



関連作品:

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