『ダラス・バイヤーズクラブ』

ヒューマントラストシネマ有楽町、チケットカウンター前に掲示されたポスター。

原題:“Dallas Buyers Club” / 監督:ジャン=マルク・ヴァレ / 脚本:クレイグ・ボーテン、メリッサ・ウォーラック / 製作:ロビー・ブレナー、レイチェル・ウィンター / 製作総指揮:デヴィッド・ブシェル、ネイサン・ロス、トニー・ノタルジャコモ、ジョー・ニューコム、ニコラス・シャルティエ、ゼヴ・フォアマン、ローガン・レヴィ、ホリー・ウィーアズマ、カシアン・エルウィス / 撮影監督:イヴ・ベランシェ,CSC / プロダクション・デザイナー:ジョン・ペイノ / 編集:ジョン・マック・マクマーフィー、マーティン・ペンサ / 衣装:カート・アンド・バート / ヘア&メイク:アドルシア・リー、ロビン・マシューズ / キャスティング:ケリー・バーデン、ポール・シュニー、リック・デリア / 出演:マシュー・マコノヒージェニファー・ガーナージャレッド・レト、デニス・オヘア、スティーヴ・ザーン、マイケル・オニール、ダラス・ロバーツ、グリフィン・ダン、ケヴィン・ランキン、ブラッドフォード・コックス / トゥルース・エンタテインメント/ヴォルテージ/R2フィルムズ製作 / 配給:FINE FILMS

2013年アメリカ作品 / 上映時間:1時間57分 / 日本語字幕:安本煕生 / R15+

第86回アカデミー賞主演男優・助演男優・メイクアップ部門賞受賞(作品・オリジナル脚本・編集部門候補)作品

2014年2月22日日本公開

公式サイト : http://www.finefilms.co.jp/dallas/

ヒューマントラストシネマ有楽町にて初見(2014/03/04)



[粗筋]

 テキサス州で電気技師として生計を立てるロン・ウッドルーフ(マシュー・マコノヒー)が倒れたのは1985年のことだった。数日前から咳が治まらず、自宅で昏倒することもあったが、テキサス男らしい虚勢を張り続けた結果、職場で倒れて病院に運ばれる。目醒めたとき、担当となったセヴァード医師(デニス・オヘア)が告げたのは、彼がHIV陽性と診断された、という事実だった。

 エイズは同性愛者が罹るもの、という先入観に囚われていたロンにとって、受け入れがたい宣告だった。だが、急速に身体の力が萎えていく状況に耐えられず、独学でHIVについて調べはじめたロンは、HIVがドラッグの静脈注射や、不特定多数の異性との性行為でも感染することを知り、現実を認めざるを得なくなる。セヴァード医師が診察時に口にした余命は、僅か30日。

 折しもこの頃、HIVに効果があるとして、AZTという薬品が開発されていた。ロンは処方箋を出してもらおうと自らの足で病院に出向く。所用で外出中だったセヴァード医師に替わって対応したイヴ・サックス医師(ジェニファー・ガーナー)は、AZTが現時点では未承認で臨床実験の段階であり、患者の希望で処方することは出来ない、という。

 残り時間は少なく、治療の術はない。だがロンは、生きるのを諦めることが出来なかった。立ち寄ったバーで、病院の清掃員が飲んでいることに気づいたロンは彼に取り入り、AZTの治験薬をくすねて譲ってもらう算段を立てた。しばらくはそれでしのいでいたが、やがて監視が厳しくなり、横流しを断られる。

 ふたたび倒れているあいだに荒らされた家を離れ、ロンは国境を越えた。最後に逢った際、清掃員は「この人物に逢え」と、1枚のメモを手渡してきたのである。それはメキシコの地で、無資格で開業しているヴァス(グリフィン・ダン)という人物の営む診療所だった。突然の訪問だったが、ヴァスは門前払いすることなく、ロンに治療を施す。

 ロンはメキシコで3ヶ月を過ごした。ヴァスの処方で投薬を続けながら、独自に学んだロンは、AZTという薬品が実は毒性が強く、麻薬などを使用して免疫の落ちた患者にとってはリスクが大きいことを知る。また、他の未だ未承認の薬品のなかに、HIV抑制に効果のあるものや、患者それぞれの処方があることを学んだ。

 そしてロンは、ヴァスを経由して購入した大量の薬品を携え、ふたたび国境を越える。既に住む家も失っていたロンは、車のトラックに積み込んだ未承認の薬品を、HIVに悩む患者たちに密売しはじめた――



[感想]

 ロン・ウッドルーフは実在の人物であり、本篇ではこの粗筋のもう少しあとに誕生する医薬品の共同購入組織“ダラス・バイヤーズクラブ”を実際に立ち上げたという。ただ、中盤以降に本格的に物語に絡んでくる、同性愛者の患者レイヨン(ジャレッド・レト)をはじめ、フィクションの要素も多く含まれているそうだから、どの程度まで事実なのか、充分な資料がない私には解らない。ただ、もし実話だとしたら、ロンがロデオを趣味としていることは実に象徴的だ、と感じた。賭けの対象として愉しむ一方で、自ら暴れ牛に跨がり、危険な遊戯に臨むこともある。そのロデオに対する姿勢自体が、物語を通してロンが辿る変化や心境を如実に体現しているのだ。

 一連の物語は1980年代中盤から終盤にかけての出来事である。体感的にも、まだまだHIVというものに対して誤解や偏見の多い時代だった。感染者イコール同性愛者、と捉えていたひとは、いまでもいるかも知れないが、当時は現在の比ではなかっただろう。この作品ではその強い差別意識を、まず主人公の立ち位置から描いていく。

 序盤におけるロンはお世辞にも好人物とは言い難い。如何にもマッチョな南部出身者、という趣のある言動は、無知で差別的で、容易に受け入れられる、というひとは少数なのではなかろうか。のっけから、HIVで亡くなった著名人をゲイとして蔑み、病院に担ぎ込まれて宣告されたあとも、ドラッグを服用し、部屋に娼婦を招き入れる――どうも病状の進行により、直接的な性交渉にまでは及ばなかったようだが、知識があればこの行動に苛立たずにいられないはずだ。ロンが如何に典型的な偏見を抱いていたのか、という事実と共に、そういう人間がいざ病に冒されたときにどんな行動をするのか、というお手本のような振る舞いを提示している。

 だが同時に、どうしてこの男がこういうかたちで語られるような晩年を歩んだのかも、続く行動から窺える。いったん感染したことを認めると、ロンは一転して真剣に学び、助かる術を探そうとする。生への執着が人一倍強かった、とも言えるし、そのためにたとえば失うような家族などが最初は存在しなかったからが故の逞しさが、無知だったロンを急激に成長させた。治療を受けたあとでメキシコの非正規医師ヴァスと交わす会話が、どんどん専門的になっていく様は、序盤の野卑な言動と比較すると驚くほどの変化だ。

 そしてもうひとつの変化を、途中からロンのビジネス・パートナーとなるレイヨンが極めて端的に汲み上げている。当初はロンが嫌悪していたゲイという“種族”のなかでも、女性の服装をした彼は最悪の部類に入るだろう。だが、既に当初の友人たちからも忌避されたロンに交流する相手はなく、たまたま病床で隣同士になったことをきっかけに縁が出来ると、やがて医薬品の密売、という仕事で協力し合うようになる。こちらも状況が促した、やむを得なかった成り行きと言えるが、レイヨンというひとりの人物で象徴して表現されるロンの心境の変わりようは劇的だ。そこからロンが、序盤からは想像も出来ない行動に出るのも、無理がない、と頷ける。

 そうした、整理され心配りの行き届いたシナリオに、マシュー・マコノヒージャレッド・レトというふたりの俳優渾身の演技が、これ以上ないほど見事に魂を与えている。

 マシュー・マコノヒーエイズ患者を演じるために20kgも体重を落として臨んだ役者魂が高く評価されたが、しかしそれ以上に、序盤は無知で野卑な男を実に憎々しげに演じながら、次第に肉体的に蝕まれる一方で少しずつ気力を漲らせ、むしろ魅力を放ち始める、ひとりの男の多彩な変化を演じきったことが凄い。

 対するジャレッド・レト演じるレイヨンは、最初から最後までブレがない。HIVに罹りながらも人生を謳歌しているかのような陽性の振る舞いに、しかし随所に弱さや繊細さを滲ませる。ゲイに対する嫌悪を顕わにするロンに、怖じ気づくことなく接近する逞しさと、やがて彼女を庇うようになったロンに向ける優しい笑みや、彼を助けるためにずっと避けていた場所へと赴く際の覚悟など、ゲイの男性を決してイロモノとしてではなく、明瞭な意志を感じさせる人物として見事にかたちにした。化粧をしオシャレをした振る舞いは、ちょっと骨格がごついだけの女性に見え、裸で鏡を覗きこむときの痛々しさには、男の身体に生まれてしまった苦悩さえ覗く。

 このふたりの人物がふたりの名演によって血肉を備えたからこそ、ドラマが深まった。作中、両者は終始、気取った台詞を口にしていない。芝居がかった要素を籠めずとも、表情や状況の蓄積によって、ひとつひとつの場面が力を持ち、観る者に強く訴えかけてくる。

 本篇はまさにロデオを見せているようなものだ。ロンの挑戦は無謀だし、考えようによっては滑稽でもある。だが、果敢に挑み、乗りこなす姿には確かな生命力が漲り、観る者を魅せずにおかない。たとえ傍目にはお遊びのように映っても、ひたむきであるからこそ、周りを巻き込み昂揚させるのだろう。

 未だに偏見の残っているHIVというものの啓蒙の役割も果たしてくれるに違いないが、それ以上に、全力で生きぬく者の輝きを焼き付けたことに、本篇の価値がある。



関連作品:

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