『アメリカン・ハッスル』

TOHOシネマズみゆき座、スクリーン入口前に掲示されたポスター。

原題:“American Hustle” / 監督:デヴィッド・O・ラッセル / 脚本:エリック・ウォーレン・シンガー、デヴィッド・O・ラッセル / 製作:チャールズ・ローヴェン、リチャード・サックル、ミーガン・エリソン、ジョナサン・ゴードン / 製作総指揮:マシュー・バドマン、ブラッドリー・クーパーエリック・ウォーレン・シンガージョージ・パーラ / 撮影監督:リヌス・サンドグレン / プロダクション・デザイナー:ジュディ・ベッカー / 編集:アラン・ボームガーデン / 衣装:マイケル・ウィルキンソン / キャスティング:メアリー・ヴァーニュー、リンジー・グレアム / 音楽:ダニー・エルフマン / 音楽監修:スーザン・ジェイコブス / 出演:クリスチャン・ベールブラッドリー・クーパージェレミー・レナーエイミー・アダムスジェニファー・ローレンス、ルイス・C・K、マイケル・ペーニャアレッサンドロ・ニヴォラ、ジャック・ヒューストン、シェー・ウィガム、エリザベス・ローム、ポール・ハーマン、サイード・タグマウイ、マシュー・ラッセル、トーマス・マシューズ、アドリアン・マルティネス、アンソニー・ザーブ、コリーン・キャンプ、ロバート・デ・ニーロ / アトラス・エンタテインメント製作 / 配給:PHANTOM FILM

2013年アメリカ作品 / 上映時間:2時間18分 / 日本語字幕:佐藤恵

第86回アカデミー賞作品・監督・脚本・主演男優・主演女優・助演男優・助演女優・美術・編集・衣裳部門候補作品

2014年1月31日日本公開

公式サイト : http://american-hustle.jp/

TOHOシネマズみゆき座にて初見(2014/03/01)



[粗筋]

 事件は1979年に起きた。

 ニューヨークで5軒のクリーニング店を営みながら、裏では美術品の贋作や、融資の仲介を装った詐欺で稼いでいたアーヴィン・ローゼンフェルド(クリスチャン・ベール)と、その愛人であり、イギリス王室にゆかりのある人間を装ってアーヴィン手助けしていたシドニー・プロッサー(エイミー・アダムス)のもとに、逮捕状を携えたFBI捜査官たちが押し掛けてきた。

 担当捜査官リッチー・ディマーソ(ブラッドリー・クーパー)は、だがアーヴィンの犯罪の証拠を明確に握っていたわけではなく、身分詐称が証明できたシドニーひとりを拘置所に入れてアーヴィンを揺さぶると、思いがけない提案を持ちかけてきた。自分たちに協力し、他の詐欺師4名を差し出すなら、ふたりを無罪放免にしてもいい、というのである。

 シドニーも心配だったが、アーヴィンにとって気懸かりは、義理の息子ダニーの存在だった。彼の妻ロザリン(ジェニファー・ローレンス)は非常に躁鬱の波が激しく、毎日のように喧嘩が絶えない。ロザリンと別れるのはいいとしても、結果としてダニーから完全に引き離されてしまうのを恐れた。取引を拒絶して有罪になるのは最悪だが、ダニーを伴いシドニーと逃げるのも、決して得策とは思えなかった。

 逃走を提案したシドニーは、拒絶され、アーヴィンの自身に対する愛情に疑いを抱いた。いちおうは計画に荷担しつつも、アーヴィンへの見せしめに、リッチーに色目を使い始める。

 ギスギスした空気のなか、アーヴィンはそれまでの経験を糧に、囮捜査に着手した。アラブの豪族にコネがある、と装い、詐欺師の仲間たちを誘うのだが、その際、釣れた男が口にした名前に、リッチーは目の色を変えた。

 ニュージャージー州カムデンで市長を務めるカーマイン・ポリート(ジェレミー・レナー)は現在、雇用創出のため市でのカジノ開発に躍起になっている。だがそのためには数百万ドルの資金が必要で、現在彼は出資者を懸命に探している最中なのだという――もともと事務方で、現場での出世に野心を燃やすリッチーは、この“汚職政治家の摘発”という御馳走に飛びついた。

 こうしてにわかに大掛かりになる“囮捜査”は、だが間もなく、関係者全員の予測を超える、異様な展開を見せる――



[感想]

 凄い映画はしばしば、冒頭の数分でノックアウトされてしまう。たとえば『マトリックス』はオープニング、トリニティを捉えたカメラワークが、未曾有の映像を予感させるし、『ダークナイト』は冒頭数分の暴力の連鎖で、これがとんでもない作品になることを窺わせる。本篇もまた、クリスチャン・ベール演じるアーヴィンが禿頭に付け毛を貼り、長く伸ばした自毛を馴染ませる姿から、直後にFBI捜査官リッチーと愛人シドニーとのあいだで繰り広げる下らない言い争いの様子を描くほんの数分が、作品の異様さを如実に象徴している。まさに、この冒頭の異様なテンションがほぼ全篇に亘って繰り広げられるのだ。

 とはいえ、このプロローグ部分のあと、最初のうちはどちらかと言えばのんびりとしたトーンで展開する。物語の核をなすアーヴィンとシドニーとの出逢いから、彼らがどんな風に詐欺を働いてきたか、をふたりの独白を交互に挿入して描いていく。単純な再現VTR風ではもちろんなく、それぞれの個性や互いの視線を明確に伝える構成は重厚な手触りがあるが、しかし少々間延びした印象は否めない。それはそれで味わいはあるが、あの狂騒的なプロローグと並べると、どうしても微温的に感じてしまうだろう。

 だが、登場人物が出揃っていくにつれて、どんどん物語は勢いを増していく。さながら斜面を転落する雪玉のように、アーヴィンの妻のロザリン、カモとなるカーマインなど、周辺の人物やその行動を巻きつけ、どんどん膨張していくのだ。当初、自らの経験と知恵に従い、確実な策を打っていたアーヴィンだが、リッチーの出世欲にシドニーの嫉妬心、ロザリンの思い込みと気まぐれな衝動に翻弄され、あっという間に事態がコントロール出来なくなっていく。下手をすると製作者ですら手綱を持て余しているのではないか、と疑いたくなるほどに荒々しい展開だ。

 しかし、この誰も彼もが振り回される感覚が次第に病みつきになる。予測外の方向へハイテンションでずれていく様が、この上なく愉しいのだ。どれほど練りに練った騙しの技術も、人間の奔放な思考や、際限のない野心、欲望に振り回される、ということを痛感させてくれるような絶妙なキャラクターたちとその配置に、魅せられてしまうのである。

 分けても素晴らしいのは、ジェニファー・ローレンス演じるロザリンだ。感情の起伏が激しく、気まぐれな言動をする彼女が、中盤以降の出来事を強烈なほどに掻き回している。夫であるアーヴィンは、シドニーほどではないが依然として彼女を愛し気づかっており、しかも更に愛情を注ぐダニーの存在があるが故に、ロザリンには逆らえない。彼が制御出来ないロザリンの奔放さは、大切な“芝居”の場に彼女を介入させ、いいように事態を荒らしていく。人物としても魅力的だが、その束縛されない人物像が物語を振り回すのだから、観ていて愉しくないわけがない。終盤、モノローグにてアーヴィンが呟く彼女の“評”に思わずニヤリとさせられるのは、恐らくは作り手たちが狙ったロザリンの人物像が完璧に仕上がっているからだろう。

 上昇志向に取り憑かれたリッチーは、目の前に現れる大物を検挙出来るかも知れない、という予感に、己の能力を顧みず次々と飛びつこうとするから、関与する人間は増え、動く金も膨らんでいく。犯罪捜査、というよりは彼の出世欲が駆り立てる“人間狩り”は、次第に正当性を見失っていく。リッチーなどよりもむしろ、純粋に市民たちの生活を向上させることを願って、甘い蜜に飛びついてしまったカーマインのほうがよほど善人に思えるはずだ――だからこそ、終盤でのアーヴィンの懊悩、そして終盤で繰り出した逆転の策にも納得がいく。

 とにかく本篇は、その振り回される感覚の力強さ、愉しさこそが魅力であり、それに浸っているだけでも充分なのだが、そのうえで政治や犯罪捜査のグレーな性質、更には男女関係の厄介さまでも巧みに盛り込んでいて、実に噛み応えが豊かだ。過剰なようでいて、誰も彼もが良くも悪くも“人間的”だからこそ、これほどに惹きつけられる。

 個人的には前作『世界にひとつのプレイブック』のほうが好みではあるのだが、その結構の完璧さで本篇のほうがより研ぎ澄まされていることは否定できない。カオスのなかにひと筋貫かれた知性がイヤらしいほどの光芒を放つ、紛れもない傑作である。



関連作品:

ハッカビーズ』/『世界にひとつのプレイブック』/『ザ・バンク 堕ちた巨像

パブリック・エネミーズ』/『ダークナイト』/『ダークナイト ライジング』/『ウィンターズ・ボーン』/『ハングオーバー!!! 最後の反省会』/『ザ・マスター』/『リンカーン弁護士

スティング』/『コンフィデンス