『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)』

ビフォア・サンライズ 恋人までの距離 [DVD]

原題:“Before Sunrise” / 監督:リチャード・リンクレイター / 脚本:リチャード・リンクレイター、キム・クリザン / 製作:アン・ウォーカー=マクベイ / 製作総指揮:ジョン・スロス / 共同製作:エレン・ウィン・ウェンデル、ガーノット・シャフラー、ウォルフガング・ラムル / 撮影監督:リー・ダニエル / 編集:サンドラ・エイデアー / キャスティング:ジュディ・ヘンダーソン,C.S.A.、アリシア・オーミュラー,C.S.A. / 音楽:フレッド・フリス / 出演:イーサン・ホークジュリー・デルピー、アーニ・マンゴールド、ドミニク・キャステル、ハイモン・マリア・バッテンガー、アンドレア・エッカート、ハンノ・ポーシェル / ディトゥアー・フィルム製作 / 配給:東宝東和 / 映像ソフト発売元:Warner Home Video

1995年アメリカ作品 / 上映時間:1時間42分 / 日本語字幕:松浦美奈

1995年9月2日日本公開

2010年4月21日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

DVD Videoにて初見(2014/01/17)



[粗筋]

 ブダペストからパリに帰る列車で、ひと組の夫婦が修羅場を繰り広げていた。通路を挟んで反対側の席に座っていたセリーヌ(ジュリー・デルピー)が、嫌気が差して席を移ると、新たな隣人となった青年(イーサン・ホーク)が声をかけてきた。揃って夫婦の会話にうんざりしていたふたりは、食堂車に場所を移して言葉を交わす。

 青年はアメリカ人で、ウィーンから空路で帰途に就くまで、列車であてもなく旅をしている、という。ふたりは取り留めのない会話をするうちに、自然とくつろぐのを感じた。

 やがて列車がウィーンに着くと、青年は次の駅まで一緒に歩いていかないか、とセリーヌを誘った。あまりに唐突な誘いだったが、セリーヌは頷いて、彼とともに列車を降りる。このときになって、まだ自己紹介が済んでいないことに気づいて、彼はやっと、ジェシー、と名乗った。

 セリーヌは翌る朝までに列車に乗ってパリに帰らなければならない。ジェシーは飛行機が待っている。夜明けまでの、長いようで短いふたりの旅が始まった……



[感想]

 旅先でのアヴァンチュール、というと、憧れるひとも多いロマンティックなシチュエーションのひとつだ。フィクションにおいても定番で、消費されて忘れ去られてしまう作品が無数にあったはずだが、本篇は未だ記憶している映画ファンが少なくない。

 9年後の再会を描いた続篇『ビフォア・サンセット』が2004年に発表され、表現がより深化されたことも手伝っているのだろうが、それ以上に、本篇が運命的な恋愛のひと幕を切り取りながらも、感情にすべてを委ねることなく、理性的に、理知的に描いていることが大きい。出来事は一種のロマンだが、そこに常識を備えた大人なら考えざるを得ないことをきちんと織りこんだことで、同様の作品とは一線を画する印象、情感を残すこととなった。

 約100分の、映画としては適度な尺を、ほぼすべてジェシーセリーヌの会話で構成している。最初はそれぞれの旅の目的や最近の体験であり、出逢った列車の中での出来事から、訪れる先々で目にする風景やひとびとについてであるが、それが少しずつ、それぞれに悩みを抱える人間としての内面に触れ、互いに対する感情にまで踏み込んでいく。最初のキスシーンに至るまでのなだらかだが着実な昂ぶりと、いざ心を通わせた瞬間の狂おしさ。ドラマティック、と呼べる展開はせいぜい出逢いだけだったはずなのに、このときめきと歓喜は、変に気取ってつくろわれた恋愛映画など足許にも及ばない。

 会話劇とは言い条、表情やちょっとした仕草にも繊細な心配りが見てとれる作品でもある。出逢いのきっかけもそうだが、列車を降りてからやっと自己紹介をしたときの少し気まずそうなやり取りや、ふたりで音楽を聴いているときに交わす視線などから垣間見える両者の心情が実に味わい深い。少しずつ親密になっていくこともはっきりと窺え、くすぐったさと暖かな感情を彼らと共有しているような心持ちがする。

 この作品の優れた点は、視点を主人公のふたりにほぼ絞り込んでいることと、同時に周囲のひとびとをも決しておろそかにせず、人物像をきちんと築いていることだ。列車で言い争いをする夫婦に、自分たちの前衛的な芝居に誘う男達、セリーヌに対してだけ詳細に占ってみせる手相見など、“旅先での交流”を具体化するひとびとの姿にくっきりと存在感がある。それらが、ウィーンの蒼然たる佇まいともあいまって、旅情を際立たせも異邦人として孤立するふたりが、互いを強く意識する条件がより整っていく。環境があるからこそ浮き彫りになった“ふたりだけの世界”の手触りがここにはある――そのくせ、最後には常識や世間体を考えずにいられないのが現実的であり、結末の切なさを演出するのだ。

 実際には続篇が作られ、彼らのその後が語られてしまっているが、しかし本当のところ、彼らがその後、“彼ら”として幸せを手に入れたのか、けっきょく別々の人生を歩んだのか、本質的にはどうでもいいのだ。嘘くささが乏しく、派手な飾りなどないけれど、いつまでも記憶に留めたくなる一瞬を、さり気なくも鮮烈に描き出した。だからこそ、映画ファンの心にいつまでも強い印象を残したのだろう。

 虚構という甘いデコレーションで彩ったロマンスもいいけれど、その甘ったるさに飽きてしまったとか、そういうものを受け付けない、というひとは、いちど本篇を味わっていただきたい――ただ、如何せん、本当に100分ただひたすらに会話ばかりが続くので、そもそも起伏がないと愉しめない、というひとには乗れないだろうし、拡散していく話題には、集中力がないとついていけないだろうけれど。



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