『ゼロ・グラビティ(3D・字幕)』

TOHOシネマズ六本木ヒルズ、入口前の階段下に掲示されたポスター。

原題:“Gravity” / 監督:アルフォンソ・キュアロン / 脚本:アルフォンソ・キュアロン、ホナス・キュアロン / 製作:アルフォンソ・キュアロン、デヴィッド・ヘイマン / 製作総指揮:クリス・デファリア、ニッキー・ペニー、スティーヴン・ジョーンズ / 撮影監督:エマニュエル・ルベッキ,A.S.C.,A.M.C. / プロダクション・デザイナー:アンディ・ニコルソン / 編集:アルフォンソ・キュアロン、マーク・サンガー / 視覚効果監修:ティム・ウェバー / 衣装:ジャニー・ティマイム / 音楽:スティーヴン・プライス / 出演:サンドラ・ブロックジョージ・クルーニー / 配給:Warner Bros.

2013年アメリカ作品 / 上映時間:1時間31分 / 日本語字幕:松浦美奈

2013年12月13日日本公開

公式サイト : http://www.zerogravitymovie.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2013/12/13)



[粗筋]

 医師であるライアン・ストーン博士(サンドラ・ブロック)は自らが考案した新しいシステムを国際宇宙ステーション(=ISS)に搭載するため、宇宙空間で悪戦苦闘をしていた。ミッション・コマンダーのマット・コワルスキー中尉(ジョージ・クルーニー)のサポートを借りて、どうにか作業を進めていたとき、突如としてヒューストンから、非常事態を告げる通信が届いた。

 ロシアが自国の衛星を爆破したところ、その破片が予想外の広範囲に拡散したのだという。最初、ライアンらのいる地点に累は及ばない、という予測だったが、巻き込まれた他の衛星も破壊され、その破片がISSに接近しているのだという。あと僅かの作業だけは完了させたい、とライアンが意地を張っているあいだに、その時は訪れた。無数のデブリがISSと、ライアンらの登場していたスペースシャトルエクスプローラーを襲った。

 ライアンとシャトルを繋いでいたアームはデブリによって折られ、ライアンは宇宙空間に飛ばされる。ヒューストンとの通信は途切れてしまった。動揺で酸素は急激に消耗していく。もはやこれまでか、と死を覚悟したとき、マットとの通信が繋がった。小型ロケットで宇宙遊泳をしていたマットが、辛うじてライアンを発見したのだ。

 ケーブルに繋がれ、どうにかシャトルまで牽引されてきたライアンだったが、そこで目にしたのは、隔壁が壊れ内部が剥き出しになったシャトルと、そのなかで舞う同僚たちの亡骸だった。

 大気もなく酸素もない宇宙空間に残されたミッション・クルーは、ただふたり。そしてデブリとなった大量の衛星の破片は、90分もすればふたたび彼らに襲いかかる。この危機にまだ、終わりは見えない――



[感想]

 アルフォンソ・キュアロン監督の映画で最も知られているのは『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』であろう。しかし私にとっては、『トゥモロー・ワールド』ただ1作で鮮烈な印象を残した監督である。子供が生まれなくなった世界の退廃的な空気を、長回しを繰り返し用いて描き出した度胸と、傑出したコントロールの巧みさ。あの衝撃に触れて以来、キュアロン監督の名は私にとって信頼に値するものになった。他の映画監督の作品でも、キュアロン監督が製作などでサポートしているなら、それだけで興味が湧くほどだ。

 しかし、あの衝撃的な作品以降、キュアロン監督自身による新作は発表されていなかった。ドキュメンタリーやテレビドラマの1エピソードを手懸けてはいるが、長篇フィクションは本篇が久々のリリースとなる。

 強いて言えばSFである、という意味では『トゥモロー・ワールド』と共通している。あの作品で披露した趣向を彷彿とさせる長回しや会話の絶妙さも留めている。しかし驚くべきは、あの傑作よりも更に緻密でリアルに構築されながら、エンタテインメント性も研ぎ澄まされていることだ。

 この映画を製作するにあたって、スタッフがよほど緻密な研究をしてきたであろうことは、多少なりとも宇宙開発に随いて調べたひとなら、早い段階で察しがつくはずだ。プロローグの長回しで綴られる、船外活動の細やかさ。宇宙空間には大気がないので、地上のように音が届くことはない。また、ちょっとした動作からものを放つと、その運動が継続してどこまでも遠ざかってしまうので、船外活動にワイヤーやカラビナといった繋留用具が欠かせない。そして、酸素は有限なので、恐怖や動揺で過呼吸になれば、たちまち酸素を消耗する。

 さほど知識のない私でも、このくらいなら羅列出来る。恐らく、シャトルやISSのデザインや機材については非常に綿密な取材を行っているはずだ。それが察せられるほどに、本篇におけるひとびとの所作、細部の描写には真実味が感じられる。

 だからこそ、3Dで描かれる宇宙空間の感覚が生々しい。登場人物とともに、真空の世界に放り出されたかのように感じる。現代においても未だ、この環境を実際に味わった者は四桁に満たないはずだ。そのほとんどのひとにとって未知の世界の手触りは新鮮な驚きと恐怖を齎す。これほど興奮する映像体験は久方ぶりどころか、未曾有のはずだ。

 そのうえで本篇は、決してSFや宇宙開発に関心がなく、一切知識がなかったとしても、理屈とは無縁で楽しめるように作られている。

 冒頭でごく大まかに、観客に対して状況を伝えると、程なく危機が始まり、パニックに巻き込まれる。音もろくに聞こえない空間で陸続と襲いかかる非常事態に、心構えの余裕もないまま翻弄されるのだ。しかも、この悪夢の中心人物は、いちおうは宇宙飛行士としての教育を受けているが、システム更新のために抜擢されただけで、知識も経験も一般人と大きな隔たりはない。だから、知識の乖離に混乱させられることなく、純化された極限状況を疑似体験出来る。事態が深刻すきてそうは捉えにくいが、本篇はいわば、アトラクション的に味わうことが出来るわけだ。

 かつ、本篇にはきちんとドラマもある。声は幾つか関わってくるが、画面に顔を出すのは基本的にたったふたり、サンドラ・ブロックジョージ・クルーニーのみ。しかしこのふたりの人物像と、本筋とは関係ありそうもない会話が、クライマックスに至って物語を動かし、確固たるドラマを構築する。とりわけ、中盤のある“惨劇”と、クライマックス手前での出来事がもたらす驚きと、それが最後の展開にもたらす力は実に見事だ。もし実際にああいう出来事に遭遇すれば、当事者が体験しても不思議ではない出来事であり、だからこそそこから得られるクライマックスの昂揚感がいっそう強烈なものになる。

 エンタテインメントとして完璧に近い。環境を緻密な取材で裏打ちしつつも、物語を構築するパーツは最小限に絞り、それがあの圧倒的なカタルシスに結びつく。最初にこのアイディアを掴み、かたちにしたからこそ、と言えるが、しかし先鞭をつけたからこそいっさいをないがしろにしない姿勢と能力を持った監督、スタッフが手懸けたことは、作品にとっても幸運だった。

アバター』以降、ほんとうに観る価値のある3D映画と呼べるものはあまり多くなかったが、本篇は間違いなく例外である。鑑賞するのなら、可能な限り最高の環境で臨むことをお勧めする。本作以降、似たような趣向が現れる可能性はあるが、この高みにはなかなか到達出来ないだろう。



 ちなみにこの作品、顔が出るのはサンドラ・ブロックジョージ・クルーニーのみだが、声だけの出演に、実に気の効いたキャスティングを施している。ここでは答を記さないので、これからご覧になる方はエンドロールにて確認してニヤリとしていただきたい。



関連作品:

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