『ムード・インディゴ 〜うたかたの日々〜[ディレクターズカット版]』

シネクイント、スクリーン入口手前に掲示されたポスター。

原題:“L'ecume des Jours” / 原作:ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』『日々の泡』 / 監督:ミシェル・ゴンドリー / 脚本:ミシェル・ゴンドリー、リュック・ボッシ / 製作:リュック・ボッシ / 製作総指揮:グザヴィエ・カスターノ / 撮影監督:クリストフ・ボーカルヌ / 美術:ステファヌ・ローザンボーム / 編集:マリー=シャルロット・モロー / 衣装:フロランス・フォンテーヌ / 音楽:エティエンヌ・シャリー / 出演:ロマン・デュリスオドレイ・トトゥ、ガッド・エルマレ、オマール・シー、アイッサ・メガ、シャーロット・ル・ボン、サシャ・ブルドー、フィリップ・トレトン、ヴァンサン・ロティエ、ローラン・ラフィット、ナターシャ・レニエ、ジネディーヌ・スアレム、アラン・シャバ、ミシェル・ゴンドリー / 配給:PHANTOM FILM

2013年フランス作品 / 上映時間:1時間35分 / ディレクターズカット版上映時間:2時間1分 / 日本語字幕:松浦美奈

2013年10月05日日本公開

2013年11月16日ディレクターズカット版日本公開

公式サイト : http://moodindigo-movie.com/

シネクイントにて初見(2013/11/19) ※ディレクターズ・カット版



[粗筋]

 コラン(ロマン・デュリス)は幸福だった。金庫に山積みになった財産があるので、働かなくても生活に困らない彼は、ニコラ(オマール・シー)の作る独創的な料理に舌鼓を打ち、哲学者ジャン=ソール・パルトルに心酔する親友シック(ガッド・エルマレ)と語らい、人語を解するネズミを愛で、優雅な生活を謳歌していた。

 だが、ひとつ物足りないのは、“恋”だった。シックはニコラの姪アリーズ(アイッサ・メガ)と恋に落ち、ニコラ自身にもイジス(シャーロット・ル・ボン)という恋人がいるが、コランだけはまだ溺れるような恋に落ちたことがない。コランは出会いを求めて、イジスの愛犬の誕生日パーティに赴く。

 そして、まさに導かれるようにコランは運命の人を見つけた。彼女の名はクロエ(オドレイ・トトゥ)――奇しくもコランの愛聴するデューク・エリントンの曲名と同じ名前だった。浮かれて彼女にジョーク混じりで話しかけるが、クロエの反応はいまひとつだった。

 それでもクロエは、コランからのデートの誘いには応じてくれた。雲に乗っての散策に、クロエは優しく微笑み、ふたりのあいだの空気は親密なものになる。あまりに順調な成り行きに、却って失敗を犯してしまわないか、と不安がるコランを、クロエは口づけでねぎらうのだった。

 恋人同士になって半年が過ぎ、コランは遂にクロエへの求婚を決意する。如何せん初めての体験なので、一向に様にならなかったが、クロエは喜んで受け入れた。コランは財産を惜しげも無く注ぎ込み、最愛のひとのために極上の結婚式を用意するのだった。

 まるで極彩色のような日常は、しかし新婚旅行を終えて、愛の巣に戻って間もなく、次第にくすんでいく。発端は、クロエの患った奇妙な病だった……



[感想]

 ミシェル・ゴンドリー監督の作品は、常に一風変わった映像に彩られている。アカデミー賞にも絡んだ『エターナル・サンシャイン』では、記憶が消去されるのに合わせて姿を消すものやひとのなかでラヴロマンスを繰り広げ、『僕らのミライへ逆回転』では、中身が消えてしまったビデオの代わりに自分たちで映画を手作りする主人公たちの姿が微笑ましく描かれていた。ハリウッドにて撮ったリメイク作『グリーン・ホーネット』や近作『ウィ・アンド・アイ』でも、思わぬところでアイディアに満ちた映像を組み込んできた。

 この作品はフランスの伝説的小説『うたかたの日々』に基づいているが、本篇でもその独特な映像感覚は健在、というより、従来よりも炸裂している。冒頭から見せつけられる現実離れした朝の光景に、ゴンドリー作品に親しんだひとはニヤリとし、ろくに知識もなく接したひとはポカンとするのではなかろうか。

 かく言う私は、原作のほうに接していないので、この奔放極まるヴィジュアルがどのくらい原典に沿っているのかが解らない。しかしパンフレットに記された通りだとすれば、意外にも本篇は原作のイメージを的確に再現しているらしい。起き抜けに瞼をハサミで切ってスッキリする、という度肝を抜くような表現が原作通りなのだから、他の部分も推して知るべし、だ。

 だとすればこの作品は、はじめからミシェル・ゴンドリー監督が撮るために存在していた、とさえ言えるかも知れない。ミシェル・ゴンドリー監督のちょっと幼稚で、しかしイマジネーション豊かな映像がしっくり来るのも、もともと同じ系統の表現で描き出されていた世界だからなのだろう。

 ストーリー自体も、まるでゴンドリー自身が構想したかのようだ。動く料理に、伸びた足で魅せる不思議なステップ、流れるタイプライターを順繰りに叩いていく奇妙な職場、そうしたガジェットの数々が、恋への憧れと初対面での一目惚れ、そして幸福なひとときから一転、伴侶が病に蝕まれたことで訪れる悲痛な時間、といったシンプルな展開を、極めて空想的で独創的な物語に仕立ててしまっている。

 この構造はミシェル・ゴンドリー自身が脚本にも携わった彼の代表作『エターナル・サンシャイン』にも通じるものがあるが、異なっているのは、あちらがSF的なガジェット以外はほぼ現実に沿った価値観、物理法則に支配されているのに対し、こちらはまるで現実の軛を解き放たれているかのようだ。

 そして、この不思議な世界観は、物語が歓喜から苦悩に傾斜していっても一貫している。結婚式を頂点に築かれた世界の輝きは、しかしクロエが物語に相応しい奇病に冒されたあたりからじわじわとくすんでいくのだが、その表現が序盤と同様に空想的だ。まるで住人の精神状態を反映するかのように、コランとクロエの暮らすアパルトメントが薄汚れていき、小さくかたちを変えていく。非現実的で、冷静になると滑稽なその情景が、観ていてひたすらに痛々しい。コランとクロエの苦境に歩調を合わせるかのように、親友シックもまた深刻な状態に陥り、ある事件に繋がっていくのだが、その内容もまた異様で滑稽なのに、不思議なほど笑えない。

 本篇は、ミシェル・ゴンドリーが駆使する空想力を、恋愛の歓びと同時に、喪失の痛みを表現することに徹底して用いているのである。最高の1日のために財産を蕩尽してしまい、やむなく仕事に就くことにしたコランだが、そこでようやく見つけた仕事もまた奇妙で、かつ境遇の惨めさを象徴するかのような代物だ。従来の作品では、ゴンドリーの空想力はユーモアや明るさの発露のように用いられていた――実際にはそうでないものもあったはずだが、その印象が薄れるほどにキュートで軽快だった。しかし本篇は、その力が痛みをも表現出来ることを証明している。なまじ序盤が輝きに満ちているからこそ、中盤以降の描写は胸に突き刺さる心地がする。

 観終わっても救いはない。そこには何もかもを奪われた喪失感があるだけだ。しかし、決して手を抜かず描ききっているからこその苦くも陶然とするような甘い余韻が、本篇には漂っている。ミシェル・ゴンドリー監督が自身の個性である、アナログで発想豊かな映像の、面白さと瑞々しさを留めながら、その表現をより成熟させた、記念すべき作品である。ただ甘いだけの恋物語なんて、そして有り体のリアリティで表現される痛みなんて、などと我が儘な注文をしてしまうようなひとも、きっと本篇には唸らされ、陶酔するはずだ。



関連作品:

エターナル・サンシャイン

恋愛睡眠のすすめ

僕らのミライへ逆回転

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最強のふたり

いずれ絶望という名の闇