『ロッキー』

TOHOシネマズ六本木ヒルズ、エスカレーター下に掲示された上映作案内ポスター。 ロッキー [Blu-ray]

原題:“Rocky” / 監督:ジョン・G・アヴィルドセン / 脚本:シルヴェスター・スタローン / 製作:ロバート・チャートフ、アーウィン・ウィンクラー / 製作総指揮:ジーン・カークウッド / 撮影監督:ジェームズ・クレイブ / 編集:スコット・コンラッド、リチャード・ハルシー / 作詞:エイン・ロビンス、キャロル・コナーズ / 音楽:ビル・コンティ / 出演:シルヴェスター・スタローンタリア・シャイアバート・ヤング、カール・ウェザース、バージェス・メレディスジョー・スピネル、セイヤー・デヴィッド、ジミー・ガンビナ、ビル・ボールドウィン、アル・シルヴァーニ、ジョージ・メモリー、トニー・バートン / 配給:日本ユナイテッド・アーティスツ / 映像ソフト発売元:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント

1976年アメリカ作品 / 上映時間:1時間59分 / 日本語字幕:保田道子

1977年4月16日日本公開

2012年10月12日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

新・午前十時の映画祭(2013/04/06〜2014/03/21開催)上映作品

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2013/10/04)



[粗筋]

 ロッキー・バルボア(シルヴェスター・スタローン)がプロボクサーになって6年。だが彼は依然として表舞台に立てずにいた。場末のリングで雀の涙のようなファイト・マネーを稼ぎ、あとはガッツォ(ジョー・スピネル)の借金取りとして、ゴロツキ同様の生活を送っていた。入門当時から彼の資質を評価していたトレーナーのミッキー(バージェス・メレディス)も遂に彼を見限り、ロッカーを若い新人ボクサーに明け渡してしまう。

 長年通い詰めていたペットショップの女性店員エイドリアン(タリア・シャイア)と、彼女の兄である友人ポーリー(バート・ヤング)の仲介で結ばれたころ、ロッキーに思いがけない好機が訪れる。現在ヘヴィー級世界チャンピオンに君臨するアポロ・クリード(カール・ウェザース)が新たに組んだタイトルマッチが、対戦相手の負傷をしてしまい、イベントが赤字に陥る危機に晒された。アポロは自ら、埋もれている選手との対戦を組むことを提案し、選手名簿を漁った挙句に、“イタリアの種馬”のふたつ名をつけたロッキーに着目したのである。

 最初はスパーリング・パートナーとして声をかけられた、と早合点し、まさかの大きな申し出を断りかけたロッキーだったが、チャンスであることをアポロのプロモーターに諭され、話を受ける。生ぬるい試合ばかりで身体はなまっていたが、ミッキーらのサポートを受け、ロッキーは本格的なトレーニングに励むのだった……



[感想]

 制作から37年を経たいまでも、ボクシング映画といえばまずいの一番に本篇の名が挙がり、テーマ曲はシリアス、コメディいずれにおいても引用される。もはや古典と化した感のある作品だ。かつては映画にさほど関心のなかった私でもたぶんいちどはテレビで鑑賞したのだろう――或いは、一度も観ていなくても解ってしまうほど浸透しているのか、粗筋はほとんど承知していた。

 定番になるだけあって、本篇のプロットはシンプルながら逞しく、牽引力がある。だが改めて正面から鑑賞してみて感じるのは、個々の描写の力強さだ。

 ストーリーの骨格ばかりが膾炙しているが、こうしてみるとロッキーという人物はかなりのおしゃべりで、無愛想そうに見えて愛嬌がある。はじめから興味があったのだろうが、ろくに返事もしないエイドリアン相手に飽きることなく語りかける様子や、借金取りの際の振る舞いなど、日ごろから多弁であることを窺わせる。そして、その言葉の端々や、彼の暮らす街角の、如何にもうらぶれた光景が、生活水準の低さを強く滲ませる。

 とりわけ、個々でパロディに採り上げられるほどに有名なトレーニングの数々が秀逸だ。起き抜けの生卵を5個割って飲み干し、精肉工場で生肉をサンドバッグ代わりに叩く。単一で引用されると珍奇にも映るのだが、ちゃんと1本通して鑑賞するとそれぞれにきちんと必然性が感じられるような構成となっているのに唸らされる。とりわけ、フィラデルフィア美術館正面玄関階段を駆け上がるくだりは、アポロからの申し出を受けた直後、自発的に試みたトレーニングにおいていちど駆け上がり、すっかり息が上がって最後には前かがみで荒い息をつく、という描写が前提にある。だからこそ、駆け上がったあとでのガッツポーズになっているのだ。

 主演のシルヴェスター・スタローン自身が執筆した脚本に基づく本篇は、もともとさして期待されておらず、低予算で製作されたそうだ。それ故に、撮影場所もシチュエーションもかなり厳しく制約されているのが序盤の日常シーンから窺えるが、それを補って余りあるほどに個々の描写が鮮烈だ。縛られているからこそ、シンプルにして効果的な描写が生まれたのかも知れない。

 序盤がそうして控えめに作られているので、クライマックスの試合の絢爛ぶりが際立っている。想像だが、ここを可能な限り盛大なものにするために序盤での出費を抑えたのかも知れない。だとすれば、低予算という制約も本篇の質を却って高めているようだ。

 私自身、ボクシングには暗いので、テクニカルな駆け引きを一目で汲み取る力はないが、しかし本篇のファイトが恐らく決して高度な駆け引きによって構成されていないことは窺える。だが、それでも興奮を煽り、手に汗握らせずにおかない。それまで燻っていたロッキーがここまでチャンピオンに食い下がれた理由がはっきりと示されていないので、どうにも御都合主義に映るものの、序盤のはっきり言って見苦しいファイトとの対比があるので、対等な戦いぶりからロッキーの研鑽ぶりが窺える。それまでの両者の言動を伏線としたやり取りも、ユーモアを交えつつ、盛り上がりを演出する。

 本篇の素晴らしさは、その締め括りに頂点を極める。もうすっかり浸透した作品なので、オチに抵触しても構わない気もするが、念のために具体的には言及しないでおく――だが、一見型破りなこの結末こそ、本篇がクライマックスまで高めてきた熱さが本物であることの証明だろう。途中に曇りがあれば、本篇の余韻はあそこまで清々しいものにはならなかった。

 未だに定番となっているのも、決して伊達ではない。今後、ボクシング映画の名作が幾つ誕生しようと、本篇はずっとひとつのマスターピースとして君臨し続けるだろう。



関連作品:

ロッキー・ザ・ファイナル

エクスペンダブルズ2

ハッカビーズ

プレデター

ゴッドファーザー PART II