『風立ちぬ』

TOHOシネマズスカラ座、ロビーに掲示された、名シーン3枚綴りのポスター。

監督、原作&脚本:宮崎駿 / プロデューサー:鈴木敏夫 / 作画監督高坂希太郎 / 動画検査:舘野仁美 / 美術監督武重洋二 / 色彩設計保田道世 / 撮影監督:奥井敦 / 編集:瀬山武司 / アフレコ演出:木村絵理子 / 整音:笠松広司 / 音楽:久石譲 / 主題歌:荒井由実ひこうき雲』(EMI Japan) / 声の出演:庵野秀明瀧本美織西島秀俊、西村雅彦、スティーヴン・アルパート、風間杜夫竹下景子志田未来國村隼大竹しのぶ野村萬斎 / 制作:星野康二、スタジオジブリ / 配給:東宝

2013年日本作品 / 上映時間:2時間6分

2013年7月20日日本公開

公式サイト : http://www.kazetachinu.jp/

TOHOシネマズスカラ座にて初見(2013/10/01)



[粗筋]

 1923年9月1日、堀越二郎(庵野秀明)は列車のなかにいた。突如車体が大きく揺さぶられ、急停車する。慌てて客車を逃げ出したひとびとは、ほうぼうで崩れ落ちた家屋の向こうから、無数の火の手が上がっているのを目にした。関東大震災である。

 荷物を提げ、避難しようとした二郎は、自身の前に言葉を交わした少女が、お付きの者らしい女性とうずくまっているのを見つける。女中は脚を骨折しており、二郎は彼女に応急処置を施して高台まで赴き、少女の案内で彼女の自宅まで参じると、家人を伴ってふたたび避難所に駆ける。女中を委ねたあとは、自身の目的地である東京帝大へと向かった。二郎は敢えて名乗ることはしなかったが、2年後、彼の学者に女性が、応急処置に用いた計算尺に手紙を添えて送り届けてくれたのだった。

 やがて大学を出た二郎は、三菱内燃機に就職する。大学で優秀な成績を修めた二郎は、すぐに頭角を顕し、2年後には学友であった本庄(西島秀俊)とともにドイツのユンカース社の視察に送られ、そのまま外遊を命じられるほどに、会社の期待を背負う立場となった。

 それから4年を経た1933年。二郎が主任設計技師となって開発に携わった七試艦上戦闘機の試験飛行が行われた。上司の黒川(西村雅彦)と空母の視察を行い、それまでの知識と経験を注ぎ込んで製造した試作機は、しかしあえなく墜落してしまう。

 失意を癒すべく、軽井沢で休養を取ることにした二郎は、そこで思いがけない再会を果たす。大震災のときに、女中ともども彼が救った少女――里見菜穂子(瀧本美織)が、奇しくも父親(風間杜夫)と共に、二郎と同じホテルに滞在していたのだった……



[感想]

 公開後すぐに大ヒットとなったが、“子供の評判は芳しくない”“大人や、映画好きの評価が高い”といった話に続いて、スタジオジブリを代表する監督・宮崎駿が本篇を以て長篇アニメーションの制作から退く旨を公表したり、と何かと話題に欠かない作品である。

 確かに本篇は、たとえば『となりのトトロ』『魔女の宅急便』そして『崖の上のポニョ』の路線を考えて相対すると困惑を覚える内容に違いない。だが、これまでのジブリ作品、とりわけ宮崎駿監督の劇場映画作品に接してきたひとなら、“非常に監督らしい”と感じるはずである。本篇を構成する要素は見事に、彼の嗜好が剥き出しになっている。

 まず、飛行機という題材である。これまでのジブリ、とりわけ宮崎駿監督作品はかなりの率で、空を飛ぶガジェットが組み込まれている。鳥や虫の動きをもとにしたような独自のデザインで空を行く人工物のヴィジュアルはそのまま監督の個性になっている。のちに零戦の設計に携わった人物をモデルに、現実の日本を舞台に描いているのだから、そうした空想的要素は控えめになるかと思いきや、わざわざ夢の世界を導入してでも織りこんでいる。もちろん、実在の試作機を描くくだりでも決して手を抜いた様子はなく、活き活きと躍動する様は間違いなく本篇の大きな魅力となっている。

 もうひとつが、少女の描写である。宮崎駿監督はとにかく、ヒロインや中心に位置する女性の表現が素晴らしい。ナウシカやシータのようにデザインそのものが魅力的で、かつ逞しい、というキャラクターは無論のこと、最初は憎々しい印象さえあった千尋がいつしか愛嬌を感じさせるようになる『千と千尋の神隠し』、少女から老婆へ、そして女性、と複雑な変化のなかでも魅力を描ききった『ハウルの動く城』、序盤では有象無象に過ぎなかったポニョが終盤ではちゃんと女の子に見えてしまう『崖の上のポニョ』あたりを考えるとそれは明白だろう。こうしたものと並べると、本篇の里見菜穂子というキャラクターは比較的凡庸、そして終盤では病を患っている、という、宮崎作品では逆に珍しい肉付けが為されているが、しかしこの監督らしく実に魅力的だ。初登場の場面ではそれほど派手に活躍するわけではないが、走る列車のデッキで、二郎が飛ばした帽子を身を乗り出して掴み、震災に遭遇した際、怪我をした女中を負ぶう二郎の荷物を自発的に抱えてあとに従う。まだ幼い時分の描写はここだけだが、やけに印象的だ。

 しかし、本篇を監督らしい、と呼びたくなる所以は、そんな彼女の成長後の扱い、描写である。これまでの作品においても、登場する女性――少女たちは強い憧憬をもって描かれ、健康的だが不思議な色香をまとっていたが、他の登場人物とのロマンスが掘り下げられることは、初期の作品ではなかった。『もののけ姫』のクライマックスで珍しくはっきりと好意を表現し、『ハウルの動く城』や『崖の上のポニョ』ではより具体的な恋愛感情が描かれるようになった――『おもひでぽろぽろ』や『耳をすませば』、近年の企画や脚本など退いた立場での関連作ではわりとあからさまに扱われる傾向にあったが、宮崎監督作に限って言えば、はじめは仄かな想いであったものが、段階を経て深化していった、とも取れる。だから、ヒロインを恐ろしく活き活きと、決して肉感的ではないのに肉体を感じさせる執着的なタッチで描き出し、最終的に主人公と結ばれるところまでしっかりと描いてしまう本篇は、経緯を思えば必然的であった。

 故に私は、宮崎駿監督が本篇を自身の長篇アニメーション映画最後の作品である、とわざわさ会見まで行って宣言したのは当然だった、と感じる。飛行機に対して深い愛着を持つ監督が、日本の航空開発史における重要人物を題材に、これまでのヒロイン描写の到達点を描き切ってしまったのだから。

 題材やその表現はこれまでの作品の集大成のように読み取れる一方で、しかし宮崎駿およびスタジオジブリの作品を、“大人でも愉しめるアニメーション”ぐらいに捉えているとしっくり来ないだろう。関東大震災から第二次世界大戦に至る不穏な時代を背景としているにも拘わらず、それらに絡めた冒険や、大きな事態に遭遇しているが故の葛藤、といったものはほとんど窺えない。だから、表現や時代の変遷による変化、緩急はあっても、そこに解りやすい事件や大きな波があまり感じられないので、時代背景が醸しだす不穏さ、言動の危うさを感知できるくらいに知識がある、またそうしたものを読み解くことが出来るレベルでないと、恐らく面白くない。ある程度成長していれば理解が困難、というほどではないが、子供が初見で愉しめない可能性は高い。

 翻って、本篇には読み解く面白さがあるのも間違いない。私の場合は、前述した“飛行機”と“少女”という要素が、本篇では見事なまでに共鳴している、と読めることが興味深かった。大震災での菜穂子との出逢いからほどなく、二郎は飛行機の開発に本気で取り組むようになる。天才として評価され、自らも研鑽を怠らなかったが、やがて失敗に直面する。そしてそのとき、彼は菜穂子と出会い、やがて実在する二郎が最も愛着がある、と語っていたという飛行機に辿り着く。

 この、監督が自覚的にか無自覚にか、追いつづけてきた主題の共鳴と決着。しかもその背後で鳴り響く、イタリアの設計士カプローニ(野村萬斎)との交流のなかで、この尊敬する先達が口にする、芸術家のピークにまつわる述懐といい、本篇には監督自身が自らの仕事を総括したような趣がある。その才能を惜しむ声があるのは当然だが、私個人としては、本篇を引退作、と位置づけられることは、作り手として非常に幸運なことではなかろうか、と思う。



関連作品:

千と千尋の神隠し

ハウルの動く城

崖の上のポニョ

猫の恩返し

ゲド戦記

借りぐらしのアリエッティ

コクリコ坂から

トイ・ストーリー3

アバター

ヒックとドラゴン

ハッシュパピー 〜バスタブ島の少女〜