『許されざる者』

TOHOシネマズ日劇、外壁の看板。

原作:映画『許されざる者』(クリント・イーストウッド監督&主演、デヴィッド・ウェッブ・ピープルズ脚本) / 監督&脚本:李相日 / 製作:久松猛朗 / 製作総指揮:ウィリアム・アイアトン / プロデューサー:久保田傑、高橋信一 / 撮影監督:笠松則通 / 美術:原田満生、杉本亮 / 編集:今井剛 / 衣装:小川久美子 / 音楽:岩代太郎 / 出演:渡辺謙柄本明柳楽優弥忽那汐里小池栄子近藤芳正國村隼滝藤賢一小澤征悦三浦貴大佐藤浩市 / 製作&配給:Warner Bros.

2013年日本作品 / 上映時間:2時間15分 / PG12

2013年9月13日日本公開

公式サイト : http://www.yurusarezaru.com/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2013/09/14)



[粗筋]

 1869年。時代は江戸から明治に移ったが、かつての幕府に仕えた者たちのなかには、安寧を得られずにいる者も少なくなかった。かつて幕府軍で“人斬り十兵衛”と呼ばれ恐れられた釜田十兵衛(渡辺謙)も、逃亡に逃亡を重ね、追っ手を殺して生き延びて、開拓のさなかにある北海道に辿り着く。

 それから10年の時を経、十兵衛は百姓として土地に根付いていた。アイヌ出身の妻は亡くなったが、ふたりの子供を育てながら細々と暮らしている。だが、その彼の前に、馬場金吾(柄本明)が現れた――幕府軍時代の同僚だった金吾は、その後石炭掘りで生計を得ていたが、儲け話を聞いて、十兵衛の助けを借りようとはるばる訪ねてきたのだ。

 鷲路という村で、女郎が客に顔を切りつけられる、という事件が起きた。血気盛んな女郎のお梶(小池栄子)は厳しい沙汰を求めたが、鷲路村の村長と警察署長を兼任する大石一蔵(佐藤浩市)は、女郎の人数と同じ六頭の馬を女郎宿の主・秋山喜八(近藤芳正)に渡すことで手打ちにしてしまった。納得のいかないお梶は、ほかの女郎に訴え、わずかな蓄えのなかから金を掻き集め、仲間に切りつけた堀田佐之助(小澤征悦)と卯之助(三浦貴大)の兄弟に賞金を掛けた。

 もはや自分は百姓で人斬りではない。何より妻に、二度と人を手に掛けない、と誓っていた十兵衛は、いちどは金吾の呼びかけを断った。しかし、今年は作柄が悪く、子供たちを食わせることさえままならない、と悟った十兵衛は、半月ほどで戻る、と言い残して旅立った。いざというときのために、アイヌのひとびとにあとを託して、金吾を追った……



[感想]

 もともと、アメリカの西部劇と、本邦の時代劇には相通じるものがある。それは、黒澤明の『七人の侍』が『荒野の七人』に、『用心棒』が『荒野の用心棒』に変換されたことからも窺える。市井を舞台にしたものだと、文化的な差違が多くなるため、恐らく容易ではなくなるだろうが、小さな集落を舞台に、優れた遣い手が人々を救う、であるとか、何らかのかたちで共同体に関与し、決戦やドラマが繰り広げられる、といったプロットであれば、移植するのは難しくないようだ。

 上記の作品は、日本の時代劇を西部劇に移植し成功した例だが、本篇はそれとは反対に、クリント・イーストウッドが監督・主演を兼任し、アカデミー賞作品賞を筆頭に多くの賞に輝いた、西部劇の傑作『許されざる者』を時代劇に翻案している。

 相性がいい、とは言い条、設定の変更が必要な部分もあるので、必ずしも翻案は楽な仕事にはならないはずだが、本篇は実に見事な仕上がりだ。

 とりわけ着眼であったのは、舞台を明治維新のあと、開拓が始まったばかりの北海道に設定したことである。確かに、この頃の北海道というのは、西部劇に似た土壌がある。もともとアイヌという先住民がおり、本土から押し寄せた開拓者によって新たな集落が築かれ、かつてとは異なるルールが導入される。そこに生じる軋轢まで含め、構図が西部劇に描かれるものと相通じている。

 本篇のプロットはほぼオリジナルを踏襲しているが、随所で微妙に役割を入れ換えたり、設定を変えている部分がある。それがすべて、物語の主題を強化している点にも唸らされる。たとえば、オリジナルでは主人公を賞金稼ぎの旅に導くのは血気盛んな若者だが、本篇ではかつて主人公と共に行動していた男に変更されている。柄本明が演じるこの金吾という人物の立ち位置は、オリジナルでモーガン・フリーマンが演じていた人物を踏襲しているが、旅に誘うのが彼になったことで、中盤以降に登場人物たちが見せる葛藤に奥行きが出た。他方で、血気盛んな若者は役回りが減ったようにも思えるが、その出自に工夫を加えたことで、結末、原作とは最も異なるポイントで重要な役回りを任されることになった。

 ほぼオリジナル通りと言っていい本篇のプロットだが、唯一違うのは結末である。それこそが作品の勘所だ、と捉えているひとには、それ自体がマイナスの評価に結びつきそうだが、しかし私はこの脚色こそ、本篇の最も優れた点だ、と考える。

 もともとオリジナルでは、結末に曖昧な部分が残されていた。ちゃんと美しくまとめられているが、締め括りとしてはもっと別の道があるのではなかったか、という疑問が残る――疑問、というより考え方の問題であるのだが、本篇はその、もうひとつの道を意識的に、そうする必然性があるかたちで全体を整えているのだ。

 結果として本篇は、タイトルそのものが示す主題を、より深化させている。いったい人間の行為はどこまで許されるのか。自分なりの正義を貫くためなら、理不尽な裁量も認められるべきなのか。生き延びるためであれば、どれほど多くの人間を殺してもいいのか。辛うじて示した自尊心のために起こした行動が災いを招いたのなら、それもまた責任を負うべきなのか。罪と罰、という主題がオリジナルよりも多くの要素にちりばめられ、それがあの結末で厚く響きあう。

 オリジナルは旅路のなかで描かれる大自然の美しさも魅力だったが、本篇はそれすらも日本らしく採り入れている。最初はどこか荒涼としながらも草木が茂っていた大地が、気づけば雪に包まれている。その中をゆっくり馬で駆けていく様。集落のデザインは、登場人物の移動の必要もあってのことだろう、どうも西部劇じみているし、シャンデリア風に吊られている提灯が照明となっている女郎宿などわざと軽い笑いを誘っているようにも感じるが、美術やセットの蒼然たる佇まいはきちんと時代劇の風格を湛えている。

 俳優たちにも文句がない。業を背負う主人公を圧倒的な貫禄で表現した渡辺謙、時としてオリジナルのモーガン・フリーマンを彷彿とさせる存在感で物語を牽引する柄本明、一種“無邪気”とさえ言える憎まれ役を重厚に演じた佐藤浩市、といったメインはもちろん、言動の軽薄なアイヌの青年に扮した柳楽優弥、顔を切られ、気づけば本人の望まぬまま事態の中心人物として翻弄される女郎の哀しさを体現する忽那汐里もいい。賞金首となったふたりや、唯一気迫を示す女郎も、小澤征悦三浦貴大小池栄子と力のある俳優が扮して、印象に残る。

 そして、より主題を丹念に掘り下げた本篇の終幕は、どこかセンチメンタルだったオリジナルよりもより悲哀に彩られ、ハードボイルドめいた余韻を残す。オリジナルの描き方が劣っているわけではなく、本篇はオリジナルの題材、要素が秘めていた味わいを、改めて引き出すことに成功している。

 オリジナルを知っていても、本篇の真摯で深みのある作りにはまず不満を抱くことがないだろう。だが、オリジナルを知っていようといまいと、本篇が単なる勧善懲悪で終わらない、重量感のある上質の時代劇として成立していることは、きっと誰しも認めるところだろう。



関連作品:

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