『サイド・エフェクト』

TOHOシネマズ西新井、スクリーン8入口に掲示されたチラシ。

原題:“Side Effects” / 監督:スティーヴン・ソダーバーグ / 脚本:スコット・Z・バーンズ / 製作:ロレンツォ・ディ・ボナヴェンチュラ、グレゴリー・ジェイコブス、スコット・Z・バーンズ / 製作総指揮:ジェームズ・D・スターン、マイケル・ポレール、ダグラス・E・ハンセン / 撮影監督:ピーター・アンドリュース(スティーヴン・ソダーバーグ) / プロダクション・デザイナー:ハワード・カミングス / 編集:メアリー・アン・バーナード / 衣装:スーザン・ライアル / キャスティング:カルメンキューバ,C.S.A. / 音楽:トーマス・ニューマン / 出演:ジュード・ロウルーニー・マーラキャサリン・ゼタ=ジョーンズチャニング・テイタム、アン・ダウド、ヴィネッサ・ショウカルメン・ペラエス、マリン・アイルランド、ポリー・ドレイパー、ジェームズ・マルティネス、メイミー・ガマー、ケイティ・ロウズ、デヴィッド・コスタビル / 配給:Presidio

2013年アメリカ作品 / 上映時間:1時間46分 / 日本語字幕:川又勝利 / R-15+

2013年9月6日日本公開

公式サイト : http://www.side-effects.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2013/09/06)



[粗筋]

 マーティン・テイラー(チャニング・テイタム)が妻エミリー(ルーニー・マーラ)のもとに帰ってきた。インサイダー取引で有罪となり、4年に渡って投獄されていたが、ようやく仮出所が認められたのである。

 マーティンの母親と共に帰りを喜んだエミリーだったが、出所前後から彼女の言動はいささか情緒不安定となっていたが、職場の駐車場から車を出すとき、突如として暴走、壁に衝突させる事故を起こす。

 病院に運ばれたエミリーは、外傷こそ少なかったが、事故の原因が問題視され、嘱託の精神科医ジョナサン・バンクス博士(ジュード・ロウ)の診察を受けることになった。バンクス博士は当初、エミリーに入院を勧めるが、刑務所から戻ったばかりで収入がなく、頼る人間もいない夫を支えるために、仕事を休むわけにも、夫から離れるわけにもいかない、というエミリーの懇願を、定期的にカウンセリングを受けることを条件に承諾する。

 バンクス博士はエミリーが以前暮らしていた街で受診していたヴィクトリア・シーバート博士(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)にも接触し、病歴を考慮したうえで薬を処方した。最初は、マーティンと共に参加した船上パーティで動揺したり、駅で線路に飛び込みそうな様子を見せたり、と不安定な振る舞いが目立ったが、治験を依頼された新薬を試してみたところ、ようやく明るい兆しを見せ始めた。

 だが、ひとつだけ気懸かりなのは、夢遊病らしき症状を呈していることである。マーティンは指摘するが、エミリーは覚えがない、と言い張る。久しぶりに晴れ晴れとした日々を過ごせているから、といまの薬を使い続けたい、と訴えるエミリーに、バンクス博士は様子を見ることを決めるが、悲劇が発生したのは、それから間もなくのことだった――



[感想]

 本篇の日本公開の日、宮崎駿監督が長篇アニメーションからの引退を会見で正式に表明した。同じ日に、ハリウッドの異端児であったスティーヴン・ソダーバーグ監督にとって、最後の劇場用映画になる、と囁かれている作品が公開されたのには、ちょっとした因縁めいたものを……感じるのはたぶんただの勘違いだろう。ぶっちゃけ両者にはあまり共通点はないので、ここだけ一致したのは単なる偶然だ。そもそもソダーバーグ監督は正式にこれで引退、と表明したわけではないし、少なくとも舞台やテレビ映画では今後も新作の企画があるそうなので、まるっきり表舞台から消えるわけではなく、長篇復帰にも含みを残している。

 とはいえ、本篇が日本で公開された時点で劇場用新作の予定はなく、活動の中心にはしない姿勢ははっきりと窺える。そして、そこまで考えているからこそ、本篇は主要キャストを実力派や脂の乗った俳優たちで固め、スティーヴン・ソダーバーグ監督の近作で優れたサポートをしてきた脚本家スコット・Z・バーンズの脚本を採用し、理想的な布陣で着手している、とも取れる。

 しかし内容自体にはいい意味で気負いがない。決してひねくれた趣向を用いているわけではなく、題材こそ“向精神薬の副作用”という、馴染みがありそうでいてあまり意識されないものに目をつけているものの、語り口はごく正統派のサスペンスだ。

 序盤はいったい何が起こるのか解らない。刑務所から出る夫を迎えようとするエミリーの姿を、しかしどこか不穏なトーンで描き、序盤から奇妙な緊張感を演出する。事故が発生し、もうひとりの中心人物であるバンクス博士が登場する辺りまではまだどこに話が進んでいくのか判然としないが、次第に“副作用”に焦点が合っていくと緊張が高まり、事件を境に破裂する。ここからの展開の、静かだが眼を離せないスピード感は秀逸だ。それまでとは微妙に異なった問題点を扱いながら決して筋はぶれず、先読みをさせないまま牽引していく。

 だんだんと狙いは明確になっていくし、目端の利くひとなら「これはこういうことか」という予測も出来るようになっていくが、しかしギリギリまで予断を許さない。誰がなにを計画しているのか、いったい誰が正気で誰がおかしいのか、観客にも正しい判断がつかないので、否応なく引きつけられるのだ。脚本のスコット・Z・バーンズは『インフォーマント!』といい『コンテイジョン』といい、ジャンル映画の手法をリアルに、理知的に吸収して昇華する手管に優れているが、本篇でもサスペンスの定石を踏まえ、翻弄される愉しさを観客に味わわせてくれる。

 ピーター・アンドリュース名義でカメラも操るソダーバーグ監督はカメラワークにも美学が濃厚だが、本篇ではそれが特に活きている。物語の舞台となるマンションに次第にクローズアップしていくオープニング、エミリーやバンクス博士を中心に、そのあと重要な意味を持つ表情や仕草を緻密にちりばめる構図の巧みさは、話が進むごとに唸らされる。サスペンスということで、明らかにヒッチコックを意識しているようだが、もともと備えている映像面、演出面での品性ともあいまって、堂々たる風格を醸しており、ヒッチコック作品と並べても決して遜色はない……と言い切ってしまうのは、うるさ型を刺激してしまいそうでちょっと躊躇するが、しかしサスペンスとしての質は非常に高い。けっこう直接的にセックスシーンを採り入れたり、事件のくだりはなかなかのインパクトがある一方で、落ち着いたトーンを維持しているので、いささか扇情的だったり、美術的だが薄汚れた映像になりがちな近年のサスペンス、スリラー作品とは一線を画している。

 最後まで振り回した挙句の締め括りがまた華麗だ。それまでの描写をきちんと踏まえた決着には、仮に途中で仕掛けを読み解けたとしても驚きがあるし、窮地に追いやられた人物による逆転劇は爽快でありながら、現実の社会問題を織りこんでいるからこその割り切れない余韻も残す。その豊潤さもまた風格を湛えている。

 優れた俳優たちを決してえこひいきせずに役割に収め、しかしそれぞれの存在感をきちんと引き出すことも忘れない。まったく、と言っていいほどにそつがない作りだ。せっかく引退を噂されている作品のわりに力みがない、というのがちょっと勿体なく思えるが、これまでソダーバーグ監督が、多くの困難を乗り越えて築きあげてきたものをきっちりと盛り込んだ本篇は、集大成として鑑賞して文句のないクオリティだ。賞レースを睨むような気負いがなく、それでいて一級の映画人の底力を実感できる、良質の1本である。



 ……とか何とか、本篇が引退作であるという前提で綴ったが、実はソダーバーグの劇場用映画はもう1本、日本で公開されることが既に決まっている。マイケル・ダグラスマット・デイモンが主演し、実在したエンターテイナーの秘められた恋愛を描いた『恋するリベラーチェ』という作品である。引退なんて嘘じゃん――というのではなく、やたらと多くのプロジェクトを並行して手懸けていたからこそ起きる混乱であり、配給会社がそういうところをあえて無視して宣伝してしまうから、嘘っぽくなってしまうのだが。

 ともあれ、ソダーバーグ監督のファンは、もうこれっきり新作に接する機会がない、と落ちこむ必要はまだない。日本に正式輸入されるかは不明だが、テレビ用ミニシリーズの企画は順調に進んでいるようだし、これほど創作意欲の旺盛な人物なら、しれっと復活する可能性もある。いい意味で気負いのない、そして見事に完成された本篇を、観る側もあまり気負わずに愉しむのが無難だろう。



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