『フッテージ』

TOHOシネマズ日劇、外壁の看板。

原題:“Sinister” / 監督:スコット・デリクソン / 脚本:C・ロバート・カーギルスコット・デリクソン / 製作:ジェイソン・ブラム、ブライアン・カヴァナー=ジョーンズ / 製作総指揮:スコット・デリクソン、チャールズ・レイトン / 撮影監督:クリストファー・ノアー / プロダクション・デザイナー:デヴィッド・ブリスビン / 編集:フレデリック・トラヴァル / 衣装:アビー・オサリヴァン / 音楽:クリストファー・ヤング / 出演:イーサン・ホーク、ジュリエット・ライランス、フレッド・ダルトン・トンプソン、ジェームズ・ランソン、クレア・フォーリー、マイケル・ホール・ダダリオ、ヴィンセント・ドノフリオ / ブラムハウス/オートマチック製作 / 配給:Happinet

2012年アメリカ作品 / 上映時間:1時間50分 / 日本語字幕:小泉真祐 / PG12

2013年5月11日日本公開

公式サイト : http://www.footage-movie.jp/

ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2013/05/11)



[粗筋]

 エリソン・オズワルト(イーサン・ホーク)はかつて、警察の捜査の不備を指摘して真相に辿り着いたノンフィクション『流血のケンタッキー』がベストセラーとなった作家だが、近年は鳴かず飛ばずで、破産寸前にまで追い込まれている。窮したエリソンは、今まで暮らしていた大きな家を売りに出し、代わりにペンシルヴェニア州の郊外にある一軒家へと越した。

 その家はちょうど1年前、スティーヴンソンという一家が裏庭の木で首を吊され、屍体のなかった娘ステファニーの行方が解らなくなる、という事件が起きた現場である。曰く付きということもあって、破産寸前だったエリソンにも容易に手が出せる、という事情があったが、自分の仕事に協力的な妻の気持ちを患わせまい、とそうした背景については口をつぐんだままだった。

 引っ越しの際、不要の荷物を屋根裏に仕舞おうとしたエリソンは、そこに何故か置き去りになっているケースを発見する。中に入っていたのは、8ミリフィルムと映写機。警察の捜査が入り、オズワルト一家が越してくるまではもぬけの空だったはずの屋根裏に何故荷物があるのか訝りながら、興味を惹かれたエリソンは、家族が寝静まった深夜に、書斎で上映してみた。

 いちばん新しい、2011年の日付が入ったフィルムに記録されていたのは、家族の団欒の姿と――庭の木に4人が吊されるひと幕。また別のフィルムには、車に閉じ込められて火を放たれる家族の姿、また別のフィルムには、デッキに括りつけられた状態でプールへと引きずり込まれる一家の様子が映されていた。

 いったいこれらのフィルムは誰が撮影し、いったいいつ、この家に残していったのか? 転居以来、しばしば響く物音に、エリソンは何者かが侵入した可能性を疑いながらも、問題のフィルムを自らの新しいノンフィクションの題材として、調査を始める……



[感想]

 スコット・デリクソン監督といえば、ホラー映画ファンにとっては、実際に行われた裁判をベースに、悪魔祓いの過程で死んだ女性に関する物語『エミリー・ローズ』を手懸けたことで未だ記憶に新しい人物である。その彼が、『リング』や『呪怨』など、日本で生まれたホラー映画にオマージュを捧げて、本篇を撮ったのだという。そういう話を先に聞いてしまったら、ホラー映画好きとしては足を運ばないわけにはいくまい。

エミリー・ローズ』の、オカルトや恐怖に対する真摯な理解を思えば当然と言えるが、本篇は期待通り、日本産ホラー映画の呼吸を見事にわきまえた仕上がりとなっている。

 題名にあるフッテージ――発見された謎の映像素材、という題材はもはや映画では有り体となった感があるが、本篇はそれをメインとするのでなく、物語の中で恐怖の源として用いている。これは、日本産ホラーが一大ムーブメントとなる端緒を作った『リング』に倣っている、とも言えるが、しかし決してあの名作をそのまま踏襲しているわけではない。映像自体はむしろシンプルに、ある家族の団欒の様子と、彼らが惨たらしく殺されるさまを捉えているだけで、いわゆる超自然的な要素はそれ自体には窺えないのだ。しかし、このフィルムが何故ここにあるのか、という謎、そもそも映像として残されている一連の“事件”はどうリンクしているのか? といった不可解さが、主人公であるノンフィクション作家の身辺で起こる不気味な出来事と絡みあい、恐怖を膨らませていく。不気味な出来事は確かに起きているが、いきなりの物音や突然の出没、といった“猫騙し”のような手法を出来るだけ控え(使っていないわけではない)、基本は物事の積み重ねで異様なムードを醸成している、そのまさに日本産ホラーを彷彿とさせる手管が実に巧妙だ。

 しかもそれが、ただのモノマネに終わっていない。細かなモチーフはお馴染みのものではあるが、組み合わせや配分が巧く、程良く観客に背景を察知させながらも全体像を捉えさせない――たとえば、夜更けの物音や、外に見えた人影、といった描写はその趣旨を観客に勘づかせることで、予感がもたらす恐怖を醸成するが、ときどき出て来る理解不能の要素が、多くを意識的に放置する一方で、いきなりその禍々しい意図が解き明かされる。恐らく、本篇のクライマックスで明かされる、一連の出来事の繋がりは、半分は読み解けても、全体を察知することは不可能だろう。何故そういう構造になっているのかは解らないが、だからこそ、理不尽な恐怖が尾を引く。

 こうした出来事に触れることとなる主人公を、ある意味で“狂っている”人物に設定し、その周囲に必要最小限の人物を完璧なバランスで配置していることも、本篇の優秀さを示している。恐らく、主人公であるエリソンに一種の強烈な“妄執”がなければ、ここまで徹底して事件を追及することはなかっただろうし、その場合、彼らを襲う悲劇の性質もだいぶ変わっていたはずだ――そう考えていくと、実は最後のくだりで、ある人物が発する台詞があまりに意味深で、余計に余韻のおぞましさが増す。主人公をこの展開へと導くために、ミス・ディレクションまで施しつつも、伏線の散らし方にいっさい無駄がない。

 一点、嫌味を挙げるとすれば、あまりに蓄積を重視しすぎるあまりに、具体的な恐怖を煽る描写が少々乏しく思えることだろう。ホラーにある程度親しんでいるか、想像力のあるひとなら充分すぎるほどだが、あまり積極的に想像しないようなひとには、いまひとつ事態が理解できずに終わってしまう危険がありそうだ。

 しかし、日本産ホラーが流行、リメイクの話も無数に取り沙汰されながら、いまひとつ納得のいくものがない、とぼやいていたようなひとにとって、恐らく本篇は初めて、本来の良さが美しく花開いた、と確信できる作品になっているはずだ。

パラノーマル・アクティビティ』シリーズに影響を及ぼしつつも海外でリメイクという話はとんと聞かなくなり、日本でも『リング』『呪怨』のスタイルを受け継ぐホラーはあまり作られることがなくなってしまった昨今、本篇は久々にあの、湿っぽい恐怖と静かに響き渡る驚き、そして言いようのない不気味な余韻をもたらしてくれる、良質のホラー映画に仕上がっている。



関連作品:

エミリー・ローズ

地球が静止する日

ニューヨーク、狼たちの野望

デイブレイカー

呪怨

呪怨 パンデミック

ザ・リング

心霊写真

箪笥