『リンカーン』

TOHOシネマズ日劇、外壁の大看板。

原題:“Lincoln” / 原作:ドリス・カーンズ・グッドウィン(中央公論新社・刊) / 監督:スティーヴン・スピルバーグ / 脚本:トニー・クシュナー / 製作:スティーヴン・スピルバーグキャスリーン・ケネディ / 製作総指揮:ダニエル・ルピ、ジェフ・スコール、ジョナサン・キング / 共同製作:アダム・ソムナー、クリスティ・マコスコ・クリガー / 撮影監督:ヤヌス・カミンスキー / プロダクション・デザイナー:リック・カーター / 編集:マイケル・カーン,A.C.E. / 衣装:ジョアンナ・ジョンストン / キャスティング:アヴィ・カウフマン,C.S.A. / 音楽:ジョン・ウィリアムズ / 出演:ダニエル・デイ=ルイスサリー・フィールドデヴィッド・ストラザーンジョセフ・ゴードン=レヴィットジェームズ・スペイダーハル・ホルブルックトミー・リー・ジョーンズジョン・ホークスジャッキー・アール・ヘイリーブルース・マッギル、ティム・ブレイク・ネルソン、ジョセフ・クロス、ジャレッド・ハリスリー・ペイス / アンブリン・エンタテインメント/ケネディ/マーシャル・カンパニー製作 / 配給:20世紀フォックス

2012年アメリカ作品 / 上映時間:2時間30分 / 日本語字幕:松浦美奈 / 字幕監修:土田宏

第85回アカデミー賞主演男優・美術部門受賞(作品・監督・脚色・助演男優・助演女優・撮影・衣裳デザイン・音楽・音響効果部門候補)作品

2013年4月19日日本公開

公式サイト : http://www.lincoln-movie.jp/

TOHOシネマズ日劇にて初見(2013/04/20)



[粗筋]

 1865年1月、奴隷解放宣言から2年。未だにアメリカは、内戦のさなかにあった。解放とはいえ、あくまでそれはごく一部に限られている。しかも、長引く戦争を終わらせるためには、この宣言をより具体的なものにする憲法第13条の改正案の撤回が最適、と囁かれていた。

 だがもし、この好機を逃せば、ふたたび黒人たちの権利を確保することが難しくなる。昨年末の選挙で大統領として2期目を迎えたエイブラハム・リンカーン(ダニエル・デイ=ルイス)はそう主張して、困難の多い憲法改正に乗り出すことを決めた。ウィリアム・スワード国防長官(デヴィッド・ストラザーン)ら側近は当初難色を示すものの、リンカーンのもとに陳情に現れたひとびとの言葉に、確かにいまを逃せば実現が難しくなる、と認めるしかなかった。

 リンカーンを党首とする共和党は現在政権与党となっているが、それでも憲法改正にあたってのハードルは高い。党内でも意見は一本化しておらず、こと抵抗が著しいのはタデウス・スティーヴンス(トミー・リー・ジョーンズ)を筆頭とする改革急進派である。彼らは速やかな人種平等の実現を唱えており、リンカーンの慎重な態度はどこかで妥協する可能性を感じ取っており、気を許していなかった。

 党内保守派のリーダーであるプレストン・ブレア(ダニエル・デイ=ルイス)の協力を取り付け、スワード国防長官がW.N.ビルボ(ジェームズ・スペイダー)たちロビイスト民主党内の立場が不安定な議員への工作を委ねる一方、リンカーンはスティーヴンスにも理解を求めた。急進派の多くは依然として妥協の可能性を勘繰っているが、意見の対立を顧みず努力を怠らないリンカーンに、スティーヴンスは感嘆する。

 工作が着実に進む一方で、しかし南北戦争は未だ予断を許さない状況が続いている。既に北軍が優勢となっているが南軍は抵抗を続け、戦場に転がる骸を無為に増やしているのが実情だった。やがて南軍は降伏の条件を協議するための使者を送りこんでくる。それは民主党や党内保守派のみならず、これ以上の犠牲を望まない国民にとっても朗報のはずだったが、奴隷解放政策の後退を示唆することを理解しているリンカーンたちにとっては、極めて憂慮すべき事態だった……



[感想]

 たぶん、よほど歴史に関心のないひとでも、アメリカの大統領と言えば、と問われたら、ジョージ・ワシントンエイブラハム・リンカーンの名前ぐらいは思い浮かぶはずだ。かほどに“代名詞”と呼んでも差し支えのない人物だが、同時にあの名演説と、奴隷解放宣言ぐらいしか知らない、というひとが大半ではないか。かくいう私も、似たようなレベルであるけれど。

 ゆえに、宣言のあと2年を経ても未だ南北戦争が続き、政府においても駆け引きが繰り返されていた、という事実にまず驚かされるはずだ。

 作中の説明を聞けば、しかしそれも納得がいく。宣言により、白人と同等の権限が許されたのはごく一部の州の奴隷たちだけ、しかもこれは戦時に限定されたものだった。戦いに勝つための措置、というふうに装ったのであり、戦争終結とともに黒人たちはふたたび搾取され、モノとして扱われる立場に陥れられる。だからこそ、南北戦争が北部にとって有利に運んでいても、リンカーンらにとっては望ましい状態ではなく、切実な戦いを迫られたわけだ。

 いまの立場からすれば奴隷解放宣言は必然であったものの、日々無数の死者を出し、それがいつ終わるとも知れない状況にあっては、平等を望む者であっても「いま強行する必要はない」と感じるのは当然だ。まして、そういう事態を冷静に捉えている大統領が、国政の舵を取るうえでどれほど悩まされたことか。そういう厳しい局面にあって、憲法改正を実現してしまったからこそ、リンカーン大統領のリーダーシップに驚嘆する。

 本篇はあまり単純に展開をまとめることなく、恐らく当時、実際に行われたであろう駆け引きを、ほぼ時系列に添って描く、という趣向を取っているようだ。そのため、序盤の印象はいささか雑然としている感は否めない。しかし、そのなかでもかなり丁寧な取捨選択を行っていると思しく、観ているうちに、歴史的知識に乏しくとも事態の流れが解ってくる。結果は解っているのに、最後まで緊迫感を味わわせる点まで含め、脚本のクオリティは高い。

 だがやはり本篇の凄さは、考えれば考えるほどまだ“平等”という意識が浸透していなかった時代に、平等を導く憲法改正案の成立という難事業を実現に導いたリンカーンという人物のカリスマ性を遺憾なく描ききっていることだ。誠実さを損なうことなく、しかし時には苦しみながらも詐欺スレスレの術数を用いる度胸。多くの犠牲者に胸を痛め、妻との関係や我が子との対立に苦しみながらも、しかしいま為さなければならない、という意志のもとに突き進む覚悟。或いはフィクション的な潤色、綺麗に見せかけている部分も多いのかも知れないが、しかし過酷な現実を決して無視することはせずに、“理想のリーダー”と呼ばれるリンカーンの姿をきっちりと剔出している。

 そして、あまりに理想的すぎる、やもすると非現実的と感じられそうな人物像を、完璧なまでに体現し、作品世界に堂々と君臨するダニエル・デイ=ルイスには、もはやひれ伏すしかない。我が子からも「はぐらかし」と呼ばれる所以である例え話が魅力的で、なるほどこれなら民衆に愛されるのも当然、と思えるが、一方で閣僚たちに発奮を促す姿や、多忙のうちに我が子を失ったことへの苦しみ、それ故にしばしば妻メアリー(サリー・フィールド)とのあいだに感情的な諍いを起こす場面もあり、決して超人でなかったことも窺える。個人的な側面も重厚に表現しているから、尚更に成し遂げたことの大きさが実感できる。物語と、デイ=ルイスが演じるリンカーン像が素晴らしいまでに噛み合って、神々しいばかりに昇華されている。,br>
 本篇は奴隷解放宣言そのものの頃や、有名なあの演説に依存することなく、リンカーンの“偉大さ”を描ききっている。ただ、決して彼のみを大々的にクローズアップするのではなく、周囲の苦労、努力にもきちんと視線を注いでいる。前述した妻や、大統領の息子であるが故に安全圏にいることを潔しとしない長男ロバート(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)、やもすると独裁者と紙一重の振る舞いに及ぶリンカーンを支えるスワード国防長官、民主党の選挙に負けた候補に対しポストを代償に賛成票を投じるよう働きかける仕事に臨むビルボたちロビイスト。とりわけ注目すべきは、急進派のリーダーであるタデウス・スティーヴンスだ。見解の点でリンカーンと対立する部分もあれど、向かう道が一致しており、目的に邁進する固い意志を示すリンカーンに敬意を表し、最後には自らの主義を曲げてでも協力する。彼の行動がどの程度まで史実に沿っているかは解らないが、最終的に理想に辿り着くために敢えて苦い決断をするその姿、そして終盤で明かされる事実と共鳴する言動の数々は、リンカーンほどではないが印象的だ。アカデミー賞は逃したが、トミー・リー・ジョーンズが本篇の演技で多くの賞に輝くのも当然であろう。

 恐らく今後も、リンカーンにまつわる映画は多数撮られるだろう。現に、本篇と相前後して撮られた『声をかくす人』や『リンカーン/秘密の書』といった作品が存在する。だが、リンカーンがどんなことを行い、どのように世界を変えたのか。そして、どれほど魅力的な存在だったか、ということを最も解り易く、しかし力強く描き出した、という点で、きっと本篇は“リンカーン映画”のベストという座に、とうぶん居座り続けるに違いない。



関連作品:

声をかくす人

リンカーン/秘密の書

ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記

風と共に去りぬ

ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜

ジャンゴ 繋がれざる者

ミュンヘン

戦火の馬

眺めのいい部屋

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

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ボーン・レガシー

LOOPER/ルーパー

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メン・イン・ブラック3

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リンカーン弁護士