『アクシデンタル・スパイ』

アクシデンタル・スパイ [DVD]

原題:“特務迷城” / 監督:テディ・チャン / 脚本:アイヴィ・ホー / 製作:ジャッキー・チェン、レイモンド・チョウ / 製作総指揮:スティーヴン・チェン、デヴィッド・チェン / 撮影監督:ウォン・ウィンハン / プロダクション・デザイナー:ケネス・マク / 編集:エリック・コン / 衣装:シャーリー・チャン / 音楽:ピーター・カム / 出演:ジャッキー・チェンビビアン・スー、キム・ミン、エリック・ツァン、アルフレッド・チョン、ウー・シンクオ / 配給:日本ヘラルド

2001年香港作品 / 上映時間:1時間49分 / 日本語字幕:岡田壯平

2001年12月1日日本公開

2004年1月21日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

角川シネマ新宿にて初見(2013/03/24) ※世界の果てまでイッテJ!朝までジャッキー・ナイト!!にて鑑賞



[粗筋]

 香港にある健康器具の小売店に勤めるバック(ジャッキー・チェン)はある日、偶然に銀行強盗の現場に遭遇する。いち早く兆候を察した彼は犯人たちから無事に現金を取り戻し、一躍英雄扱いされた。

 それから間もなく、バックに接近する男がいた。私立探偵を自称するその男リウ(エリック・ツァン)は、新聞に採り上げられたバックの年齢と、孤児院出身という出自が、ある人物の姿を消した我が子の経歴と重なることに着目、候補者としてその人物に面会するよう促す。当初、関心はなかったバックだが、それから幾度か夢に見た、自分の両親の記憶らしき映像に呼び寄せられるように、その人物を訪ねて韓国に渡った。

 パクというその人物は、重い病で死の淵に瀕していた。眠っている彼の姿にピンと来るものはなかったが、改めて訪れたとき、パクは侵入者によって問い詰められており、バックは成り行きで彼を救い出す。目醒めたパクはバックに、ゲームをしよう、と提案する。どこかに隠してある“お宝”を見つけだせればバックの勝ち、というのだ。

 間もなくパクは亡くなり、弁護士にまとまった金とともに遺灰を託されたバックは、遺言に従い、散骨するためにパクの亡妻の墓を見舞う。そこには“Wait for me”というメッセージが残されていた。一見、去った妻のもとに赴くパクからの言葉のようだったが、バックはそれが電話番号である可能性に気づき、やがてイスタンブールにある銀行に辿り着く。

 トルコへと発ったバックは、見事に銀行の貸金庫を開け、かなりの額の札束と、錠で封印された日記帳を手に入れる。呆気なく“ゲーム”に勝利した、とほくそ笑むバックだったが、途端に何者かの襲撃を受けた。だが、暴漢たちは何故かバックの持っていた札束にも日記帳にも手をつけず、警察の登場で泡を食ったように逃げていく。

 どうやら、パクの仕掛けた“ゲーム”にはまだ続きがあるらしい。そう察したバックの前に、あの墓標に残された“Wait for me”というメッセージを刺繍したドレスを着た女性が現れる……



[感想]

『レッド・ブロンクス』でハリウッド進出に成功、『ラッシュアワー』と『シャンハイ・ナイト』の2つのシリーズの大ヒットで完全に国際的にその名を浸透させたジャッキー・チェンだったが、ハリウッドでの映画作りに決して満足していなかった、と言われている。技術が洗練されていたことは間違いないだろうが、安全面への配慮、契約の問題などが絡み、ジャッキーが香港で持ち味としていた、体当たりのスタントが許されなかったことには、どうしても納得がいかなかったらしい。実際、前述した純然たるハリウッド主導のアクション作品は、内容こそ香港時代よりもスマートになったし、ジャッキーらしいコミカルかつスピーディなアクションは採り入れられていたが、自身がスタントを行えないために、どうしても違和感や物足りなさがつきまとっている。

 そうして、苦いものも含めた経験をハリウッドで積んできたジャッキーが、本来の環境で製作した映画である。この頃のハリウッドでの出演作を観て、物足りなさを感じていたファンは少なくないはずだが、ジャッキー自身がそう感じていたことは本篇からも窺える――アクションの迫力は、最盛期と比較しても決して遜色のないレベルだ。

 冒頭からいきなり、クレーンを用いた派手なひと幕があるかと思えば、病室や複数の乗用車を用いたアクロバティックな格闘があり、港が崩壊するほどの強烈な戦闘を繰り広げる。終盤の、『スピード』を彷彿とさせるくだりなど、その危険性という点では代表作に匹敵するのではなかろうか。

 題名に既に“スパイ”という単語が入っているが、どうやらジャッキーは本篇を、自分なりの“007”と考えて撮っていたように思われる。プロローグにいきなり激しいアクションを盛り込んでいることもそうだし、謎解き含みの展開に、やがて国際的謀略が絡んでくるのもまさにスパイ映画の趣だ。本篇でビビアン・スーが演じるヒロインの位置づけは、ジャッキー映画として捉えるとかなり特異なのだが、“007”を意識していた、という解釈から考えると、むしろ必然的なキャラクターなのである。完全にボンドと同じ振る舞いは、ジャッキー・チェンという俳優の目指す方向性ゆえに出来ないが、ここまでなら許容範囲と言える――こだわりの強いファンからすると、これでも違和感を覚えるレベルではあろうが。

 他方で、骨格のしっかりとした物語、と呼ぶには歪な出来でもある。象徴的なのが、プロローグにおける予知能力めいた描写と、ラストで行われる種明かしだ。。最初の事件の前後で、ジャッキー演じるバックは神懸りな直感力を示しているが、そのわりにいざ本筋に入ってから、それが何らかの役に立ったような流れは一切ない。ラストの種明かしに至っては、ある意味さもありなん、だがあそこまでやる意味もなければ、果たして言うような効果が上げられるのか、という無駄な疑問を生じさせて観客を混乱させてしまっているので、描写を省くか、もっと整理する必要があった。どちらも、作品全体に対してさほど影響しておらず、むしろ蛇足の感がある。

 終盤の展開が、一般の観客が求めるカタルシスを必ずしももたらさない、という点でもマイナスの評価を受けがちな本篇だが、しかし考察してみれば、ジャッキーをはじめとするスタッフの狙いが、“007”のスタイルをジャッキー流に消化することだった、というのは明白だ。それが充分に成功しているか、と言い難いのは残念ながら、決して立ち止まらない姿勢と、アクションの魅力は決して変化も、衰えもしていなかった。それ自体がジャンルである、とさえ言える“ジャッキー映画”の矜持を示した作品と言えよう――そうして新しい方向性を模索しつつも、中盤における全裸でのアクションがやたらと活き活きして見えてしまうのも、ジャッキー映画のいいところであり、愉しさであったりするのだが。



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