『フライト』

TOHOシネマズ西新井、施設外壁に掲示されたポスター。

原題:“Flight” / 監督:ロバート・ゼメキス / 脚本:ジョン・ゲイティンズ / 製作:ウォルター・F・パークス、ローリー・マクドナルド、スティーヴ・スターキー、ロバート・ゼメキス、ジャック・ラプケ / 製作総指揮:シェリラン・マーティン / 撮影監督:ドン・バージェス,ASC / プロダクション・デザイナー:ネルソン・コーツ / 視覚効果監修:ケヴィン・ベイリー / 編集:ジェレマイア・オドリスコル / 衣装:ルイーズ・フログリー / 音楽:アラン・シルヴェストリ / 出演:デンゼル・ワシントンドン・チードルケリー・ライリージョン・グッドマンブルース・グリーンウッドメリッサ・レオ、ブライアン・ジェラティ、タマラ・チュニー、ナディーン・ヴェラスケスジェームズ・バッジ・デール、ガーセル・ボヴェイ / イメージ・ムーヴァーズ/パークス+マクドナルド製作 / 配給:Paramount Japan

2012年アメリカ作品 / 上映時間:2時間18分 / 日本語字幕:菊地浩司 / PG12

第85回アカデミー賞主演男優・オリジナル脚本部門候補作品

2013年3月1日日本公開

公式サイト : http://www.flight-movie.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2013/03/01)



[粗筋]

 ウィップ・ウィテカー(デンゼル・ワシントン)はその日の朝まで、同じ飛行機に搭乗する客室乗務員のカテリーナ・マルケス(ナディーン・ヴェラスケス)との情事に耽っていた。お互いに大酒飲みであるため、酔いが残るほどの深酒をしたが、日常茶飯事であり、それが今度の搭乗に悪影響を及ぼす、などとは微塵も考えなかった。

 空域は大雨の荒れ模様、乱気流の影響も著しかったが、ウィテカーは極めてアクロバティックな操縦を駆使し、正常な航行が不可能な状態の飛行機を住宅地の奥にある広原へと不時着させ、犠牲者を6人出したものの、残る乗員乗客の命を救う。

 絶望的な状況のなか、果敢に挑戦を試み、見事に多くの人命を救ったウィテカーは当然のようにマスコミから英雄視された。自宅まで嗅ぎつけた彼らの眼をかいくぐるために、ウィテカーは両親の死後、売るつもりでいたが、結局残したままだった実家に身を潜めることを決める。

 他方、事故の原因については謎の部分が多く、運輸安全委員会は妥協のない調査に臨んでいた。海軍時代からの知り合いで、現在はパイロット組合の幹部を務めるチャーリー・アンダーソン(ブルース・グリーンウッド)はウィテカーをレストランに呼び出すと、組合が雇った弁護士ヒュー・ラング(ドン・チードル)を紹介する。刑事事件を専門とするこの弁護士に委ねられたのは、ウィテカーについてかけられた疑惑から彼を守ることだった。ウィテカーが事故後、意識を失っているあいだに採取された血液から、アルコールと薬物の反応が出た、というのである。

 自分を容疑者扱いしたことに憤ってみせたウィテカーだが、動揺は大きかった。事故後、酒は断つつもりで、実家のあちこちに隠してあったボトルの中身をすべて廃棄していたウィテカーは、誘われるように酒を買い求めてしまう。入院中に知り合い、住んでいるアパートを追い出されたためウィテカーの実家に身を寄せているニコール(ケリー・ライリー)はウィテカーを気遣い、自らが通うようになったアルコール依存症の人々たちの互助会にウィテカーを招くが、彼は最後まで残ることなく、席を立ってしまう。

 調査班からの正式な報告が示されず、いつしか世間には、ウィテカーの行状に疑いを向ける意見が囁かれはじめていた。ラング弁護士は、血液検査の信憑性に疑問符をつけ、事故原因に不確定要素を加えることで、ウィテカーの立場を守るよう奔走するが、そのあいだにもウィテカーは世間の眼と、自らの悪癖、双方に追いつめられていく……





[感想]

 劇場で展開していた予告篇の印象から、てっきり墜落事故の責任を追及するための過熱報道がクローズアップされるか、或いは事件の背景を巡って法廷やその周辺で議論や駆け引きが繰り広げられるサスペンスタッチのドラマ、といったものを想像していたのだが、どちらも正しくなかった。

 少なくとも、謎解きの要素はない。冒頭からいきなり、フライトの当日であるにも拘わらず二日酔いも顕わな状態、しかも酔い覚ましにドラッグを吸引する光景まで描かれるのだから、そもそも本篇の主人公ウィップ・ウィテカーがかなりダーティな人物であることが窺われる。搭乗前後は如何にもハイテンションな言動をする一方で、その振る舞いの端々にヴェテラン・パイロットとしての矜持が垣間見え、プロフェッショナルであることも察せられるが、フィクションとはいえこんな人物に操縦を任せていいのか、という気分にさせられる。

 ただ、圧倒的な緊迫感で描き出される墜落のシークエンスでは、ウィテカーのコンディションが原因ではないことがきっちりと描かれている。機体の不具合が原因であり、むしろウィテカーは、酔いが残っている状態であるからこその平静さと大胆さで、最悪の事故から多くの人命を救ったのも事実であることが、観客には実感できる。そこに謎はないのだ。

 本篇の焦点は、いちどは英雄視されながらも人目を避け、事故当日に酒気帯びであったことの後ろめたさで遅ればせながら断酒を決意しながらも、ふたたび酒に手を伸ばし……といった具合に、懊悩するパイロットの姿を描くことにこそ向けられている。

 作中、幾度か自嘲的に呟くあたりからも、ウィテカーが自分を“ワル”だと認識していることは間違いないが、一方で己の経験、キャリアに対して強い誇りを抱いていることも解る。だからこそ、事故の直後には深酒を反省し、いちどは取り置きの酒を処分して悪癖を絶とうと努力し、反りの合わない弁護士の助言に従おうと試みる。

 だが、それでも身に染みついた悪習はなかなか落とせない。すぐに再び店で徳用品のボトルを買い込み、酒に溺れる生活が再開する。

 この作品は“フライト”という題名からイメージされる航空業界の描写よりも、ウィテカーが如何に堕落した酒飲みであるか、という描写のほうが遥かに多い。個人的には、かつてアカデミー賞にも輝いたビリー・ワイルダー監督の名作『失われた週末』が重なるように感じた。あちらのように、個人の葛藤を描くことに終始せず、周囲との関係性にも多く尺を割いているが、あちらよりも発展したかたちで、アルコール依存症というものの根深さを巧みに剔出している、と捉えられる。

 いやむしろ、アルコール依存症のみならず、そうした人間社会に蔓延る悪癖を汲み上げ、多くの人々が抱える負の側面との対峙、といったものが本篇の主題と言えるかも知れない。ウィテカーのように、私生活は乱れ、悪徳に溺れながらも、プロとしての仕事を全うしキャリアを築いている人間は少なくないだろう。だが、いざ己の弱みを暴かれようとしたとき、いったいどのように向き合っていくのか。本篇の、清濁併せ呑む描写は、そうした疑問に真摯に臨み、興味深いレベルにまで掘り下げている。

 それにしても、本篇のアルコール依存症の描写は見事だ。ほとんど朽ちた実家のあちらからもこちらからも酒瓶が出て来るところや、依存症患者の互助会に参加した際の振る舞い、本来は備えているはずの社会常識を欲求ゆえに失ってしまう痛々しさ。こと本篇の場合は、ウィテカーが己の業の深さをあまり自覚していないことがポイントだろう。実際、アルコールに限らず依存症は“自覚”することが肝心である、と言われ、そのスタートラインに立てないものはなかなか悪癖を抜け出せない。

 結末を見ても、本篇があくまでウィテカーという人間の“業”に焦点を当てていることは明白だ。過程ではこれといった事件もなく、やや中弛みしている印象も否めなかったのだが、あの終盤での一種“逆転”と表現したくなる経緯は、しかしそれまでのウィテカーを巡る物語があってこそ説得力を持っている。前提となる自堕落な私生活を象徴していただけかのようなプロローグも、けっきょくウィテカーの価値観に何ら影響しなかったかに見えた変化も、最後の選択を促す重要な鍵の役割を果たしていたのだ。

 観終わってすぐには、釈然としないものを感じる可能性もある。本当にあの終わり方でいいのか、クライマックスの公聴会での一部始終とエピローグとのあいだにどんなことが起きたのか描く必要は無かったのか、といった疑問が浮かぶかも知れない。しかし、改めてストーリーを振り返ってみると、ひとつひとつの描写が豊かに反響してくるのを感じるはずだ。最後があのひと言で終わっていることもまた味わい深い。

 映像的なスペクタクルもある一方で、しかし本質的には内省的で、太い骨を秘めた上質のドラマである。受賞こそ逃したが、アカデミー賞オリジナル脚本賞、主演男優賞の候補に挙がったのも頷ける。



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