『ムーンライズ・キングダム』

TOHOシネマズシャンテ、施設外壁の看板。

原題:“Moonrise Kingdom” / 監督:ウェス・アンダーソン / 脚本:ウェス・アンダーソンロマン・コッポラ / 製作:ウェス・アンダーソンスコット・ルーディン、ステーヴン・レイルズ、ジェレミー・ドーソン / 製作総指揮:サム・ホフマン、マーク・ロイバル / 撮影監督:ロバート・イェーマン,ASC / プロダクション・デザイナー:アダム・ストックハウゼン / 編集:アンドリュー・ワイスブラム,ACE / 衣装:カシア・ワリッカ=メイモン / キャスティング:ダグラス・エイベル / 音楽:アレクサンドル・デスプラ / カーキ・スカウトの行進曲:マーク・マザーズボー / 音楽監修:ランドール・ポスター / 出演:ブルース・ウィリスエドワード・ノートンビル・マーレイフランシス・マクドーマンドティルダ・スウィントンジェイソン・シュワルツマン、ジャレッド・ギルマン、カーラ・ヘイワード、ボブ・バラバン / 配給:PHANTOM FILM

2012年アメリカ作品 / 上映時間:1時間34分 / 日本語字幕:石田泰子 / PG12

2013年2月8日日本公開

公式サイト : http://moonrisekingdom.jp/

TOHOシネマズシャンテにて初見(2013/02/08)



[粗筋]

 1965年、アメリカのニューイングランド沖にあるニューペンザンス島。舗装された道路もなく、踏み分け道だけで出来たような長閑なこの地で、事件は起きた。

 カーキ・スカウトのキャンプ場から、隊員のひとりサム(ジャレッド・ギルマン)が脱走したのである。しかも単に逃げ出した、というものではなく、島に暮らすスージー(カーラ・ヘイワード)という少女と駆け落ちしたらしいことがあとで判明する。

 既に両親はなく、問題行動の多さ故に見放されているサムと、独特の価値観をもつが故に孤立するスージーは1年前に出逢って以来、文通を重ね想いを育んできた。そして遂に、ふたりだけで暮らせる場所を目指して逃亡を図ったのである。

 ウォード隊長(エドワード・ノートン)と島の駐在に詰めるシャープ警部(ブルース・ウィリス)は、カーキ・スカウトの少年たちの手も借りて捜索に乗り出した。そうでなくても狭い島で、しかも相手が子供ともなれば、発見はさほど困難ではなかったが、しかしサムとスージーの抵抗は意外に激しく、予想外に手を焼いてしまう。

 やがてふたりは、誰も知らない美しい入江を見つけ、そこに“居”を構えた。幼いふたりの蜜月は、しかしあっという間に終わりを告げてしまう……



[感想]

 ウェス・アンダーソン監督の作品世界はかなり独特だ。現実にありそうな、しかし非現実的な空気もまつわる語り口。その一風変わった雰囲気のある脚本が惹きつけるのか、毎回名優が集まるのも特徴となっている。ハリウッド映画では、親子役を顔立ちの似た俳優にする、という程度の配慮は普通に行うし、それだけの素材は揃っているのだが、この監督はわざと顔立ちの似ていない名優を家族役にし、その違和感まで含めて作風に取り込んでしまっている。とはいえ、それ故に作風が持つ作り物っぽさを強調している面もあったので、この辺りの評価は割れるところだろう。

 本篇は、ビル・マーレイフランシス・マクドーマンドが夫婦役である、という以外、それぞれに繋がりがないので、この“血縁関係の不自然さ”を感じない分、それだけでも従来の欠点は補われているのだが、しかし相変わらず、ありそうでなさそうな不思議な物語世界を構築している。踏み分け道ばかり、なのにいちおう集落や交通手段として乗用車は普通に使われている島。何故かずっとキャンプ生活しているボーイスカウトが脱走・駆け落ちした子供を捜して右往左往する。警部とスージーの母親が不倫関係にあったり、カーキ・スカウトの隊長は妙に行動が間抜けで隊員にも侮られている節があったり、といった人間関係の構図もありがちのようでいて、その表現はシュールでちょっとコミカルだ。

 しかし、その不思議なトーンがやたらと魅力的なのである。不倫関係を描いている、といっても濡れ場を用いることなく、峠で煙草を一緒に吸っているシーンで代弁させ、サムの脱走にまつわる隊員たちの反応を、カーキ・スカウトの朝のひと幕を重ねることでユーモラスに表現する。言動は実感的なのに、わざとピントをずらしたような描き方が、ひとびとの表情を妙に愛らしく見せている。

 踏み分け道ばかりで、開拓が不充分な島、という設定だが、しかし画面からはやけに人工的な印象を受ける。ロケーション選びにも独自のセンスが効いているのだろうが、それ以上に完成された構図がものを言っているようだ。スージーたち兄弟の屋内での行動や、カーキ・スカウト早朝の習慣を、レールを用いたカメラで追った映像など、シンプルながらよく考慮されたカメラ・ワーク自体もさることながら、サムとスージーが発見した“新天地”に構築した新居や、隣の島にあるボーイスカウトの本拠で起きる騒動など、実用性よりも見た目にこだわった美術の数々がそう感じさせるのだろう。一種、大人を対象にした絵本のような趣が本篇の映像には感じられる。

 映像もひとびとの芝居も空想的な本篇は、ストーリー的に大きな工夫はない。いざ終わってみると、案外単純な話であることに驚くほどだ――しかし、そうして一瞬驚いてしまうのは、それほどシンプルであるにも拘わらず、魅せられてしまうのだ。それこそ、さらっとしているが生々しさと独創性を感じさせる人物像と、自然でさえも作り物のように思わせる映像センスが生み出す、映画ならではの美しさの力なのだろう。

 もちろん、シンプルとは言い条、物語の含意自体も深い。爪弾きにされてきた少年少女の、手探りでくすぐったくなるような交流の一方で、道ならぬ逢瀬を重ねる警官と主婦の、妙に淡泊な描写が対比となっている。あの幕切れなど、そういう観点から眺めると実に趣があるのだ。他方、ボーイスカウトたちの奇妙な日常にも、笑いを誘われる一方で、ほの見える寓意にあとあと唸らされる。エドワード・ノートン演じる、頼り甲斐があるようでいて大切なものが抜けていそうなカーキ・スカウト隊長の立ち位置など、滑稽ではあるが、他の島のスカウトとのやり取りや、彼に対する隊員=子供たちの振る舞いに諷刺的な匂いを感じ取ることも出来る。

 明白な見せ場、インパクトのあるドラマ、といったものはないので、ひとによっては物足りなさしか感じずに終わるだろう。だが、ファンタジックに研ぎ澄まされた映像と、愛嬌と人間味のある振る舞いにいったん魅せられたら、しばらく胸のうちで転がしておきたくなるような、キュートな作品である。



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