『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日(3D)』

TOHOシネマズ日劇、外壁の看板。

原題:“Life of Pi” / 原作:ヤン・マーテル(竹書房文庫・刊) / 監督:アン・リー / 脚本:デヴィッド・マギー / 製作:ギル・ネッター、アン・リー、デヴィッド・ウォマーク / 製作総指揮:ディーン・ジョーガリス / 共同製作:デヴィッド・リー / 撮影監督:クラウディオ・ミランダ,ASC / プロダクション・デザイナー:デヴィッド・グロップマン / 編集:ティム・スクワイアズ,A.C.E. / 音楽:マイケル・ダナ / 出演:スラージ・シャルマ、イルファン・カーン、アーユッシュ・タンドン、ゴータム・ベルール、アディル・フセイン、タブー、レイフ・スポール、ジェラール・ドパルデュー / ハイシャン・フィルムズ/ギル・ネッター製作 / 配給:20世紀フォックス

2012年アメリカ作品 / 上映時間:2時間7分 / 日本語字幕:古田由紀子

2013年1月25日日本公開

公式サイト : http://www.foxmovies.jp/lifeofpi/

TOHOシネマズ日劇にて初見(2013/01/25)



[粗筋]

 小説家(レイフ・スポール)は、インドで知り合った人物の紹介で、現在カナダに暮らすインド人パイ・パテル(イルファン・カーン)と接触する。2年間書き綴っていた新作を破棄し、アイディアが枯渇していた小説家に、パイならば天啓を齎すことが出来るかも知れない、というのだ。パイは苦笑いしながらも、自らの数奇な体験を物語り始める。

 パイはビジネスマンである父サントッシュ(アディル・フセイン)と植物学者である母ジータ(タブー)のあいだに生まれた。サントッシュは動物園を営んでおり、パイは多くの動物と接しながら育つ。極めて多感で繊細な性格であったパイは幼くしてキリスト教ヒンドゥー教イスラム教に興味を持って神について学び、動物に対しても敬意を払って接しようとしていたが、そんな彼の幻想は、ある日やってきた一頭のベンガルトラによって打ち砕かれる。リチャード・パーカーという人間の名前を与えられたトラの剥き出しの野生の前に、パイの世界は色褪せてしまった。

 やがて16歳になったパイ(スラージ・シャルマ)に、思わぬ転機が訪れる。社会情勢を考慮して、父が動物園の土地を返上、飼育していた動物を売って、カナダに転居することを決めたのだ。話は急速に進み、パイは出来たばかりの恋人と別れを惜しむ間もなく、家族とたくさんの動物とともに、日本籍の船にて、太平洋へと乗り出す。

 そして、その日が訪れた。ある晩、船は嵐に遭遇、高波に揉まれ、呆気なく沈没する。嵐の様子を見るために甲板に出ていたパイは、下ろされた救命ボートに運良く乗り込むことが出来たが、部屋で就寝中だった両親と兄は、船とともに荒波のなかに消えていった。

 別れを惜しむいとまは、パイにはなかった。嵐が過ぎ、目醒めてみると、パイの乗り込んだ救命ボートにはシマウマとオランウータン、それにハイエナがおり、ハイエナは弱ったシマウマとオランウータンを襲い、更にパイにまで牙を剥く。しかしそのハイエナも、防水布の下に隠れていたもう1匹の乗員の餌食となった。

 ボートに同乗していたのは、よりによって、パイの心にトラウマを刻みこんだ、あのベンガルトラ――リチャード・パーカーだったのだ。



[感想]

 一見、題名がすべて、という映画のように思える。予告篇の断片を観ただけでも伝わる強烈なインパクトのある設定で押しきっているように感じると、果たしてそれで2時間もの尺を支えられるのか、と訝しくなる。それ故にあまり期待していない、興味を惹かれなかった、というひとも実際にいるのではなかろうか。

 だが、題名ほど本篇の内容はシンプルではない。確かに、物語を支える背骨は非常にシンプルだが、その血肉は非常に繊細で、かつ逞しい。

 いざ作品を観てみると、題名にある“漂流”になかなか辿り着かない。出来事を単純に時系列で追うのではなく、歳を取ったパイが過去の体験を回想する、という形で描いていく。これ自体も手法としては有り体だが、しかしそのディテールの細やかさにまず圧倒されるはずだ。“パイ”という一風変わった名前の由来そのものが、やがて奇想天外な冒険へと身を投じるこの人物像のユニークさを巧みに描き出すとともに、何故トラと漂流するに至ったのか、という事情に説得力を与えている。

 漂流が始まってからの展開も、題名から想像されるほどストレートではない。上の粗筋で記したように、最初は他の動物たちもボートに乗っており、ボートという極めて狭い大地のうえで弱肉強食の競争が繰り広げられる。当然のようにトラが勝利を収めると、パイはさながら、王者の機嫌を窺う奴隷のような振る舞いを余儀なくされる。他の動物たちのように貪られるまいと、作っていた筏をボートに繋ぎ、離れ小島に自らの縄張りを設け、しばし息を潜めているが、くつろげる環境ではなく、また非常食や装備を得るために、どうしてもボートに戻らねばならない。こうした駆け引きや、ボートの中に残っていた生存のための手引を土台とした数々のアイディアが、サヴァイヴァルの過程で見せ場となり、本篇の大きな特色ともなっている。

 同時に本篇を特徴付けているのは、その圧倒的なヴィジュアルだ。作中の2/3ぐらいは海の上での出来事であり、普通に考えると変化に乏しい映像になりそうだが、様々な自然現象や、随所で遭遇する生き物の姿をいささか過剰なほど鮮やかな色合いで描き出しており、視覚的に飽きるということはまずあり得ない。この絢爛たる映像の奔流は、昨今の3D映画隆盛の礎を築いた『アバター』を彷彿とさせる。1970年代の、現実の世界をモチーフとしていることは疑うべくもないのに、ここまで“異界感”を味わわせる質に達した作品は、今のところ『アバター』と本篇ぐらいのものではなかろうか。

 そして、この呑みこまれそうなほどの映像美が、本篇終盤でパイが遭遇する驚くべき出来事に、不自然さを感じさせないための下準備となっていることに注目していただきたい。もし、あの“空想的”とさえ呼べそうな映像の数々がなければ、この終盤はさすがに突飛すぎる、と感じただろう――一連の裏打ちが為されたあとでさえ、“過剰だ”と批判するひともありそうなほどなのだから。

 しかし本篇の傑作たる所以は、こうした緻密な描写が、一般的なサヴァイヴァルもの映画ではあり得ないあの結末の問いかけを深いものにしている、ということだ。呆気に取られたあと、考えてみて腑に落ちる、それでいて、観たひとそれぞれで本篇の余韻を異なるものにしてしまうあの着地は、実に鮮やかだ。

 物語としての精緻さと、その透徹した主題が生み出す独特の余韻、それらを実現するために全力で奉仕する圧倒的な映像美。観客を非現実の世界に見事に誘いながらも意識させない、という3D技術の活用の仕方も特筆に値する。まさに、“映画の愉悦”を存分に堪能させてくれる傑作である。



関連作品:

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