『インポッシブル』

TOHOシネマズ六本木ヒルズ、スクリーン入口前に展示されたオリジナル・ポスター。

原題:“The Impossible” / 監督:J・A・バヨナ / 脚本:セルジオ・G・サンチェス / 製作:ベレン・アティエンザ、アルバロ・アウグスティン、エンリケ・ロペス・ラビニュ / 製作総指揮:サンドラ・ヘルミダ、ハビエル・ウガルテ / 撮影監督:オスカル・ファウラ / プロダクション・デザイナー:エウヘニオ・カバイェーロ / 編集:エレーナ・ルイズ / 音楽:フェルナンド・ヴェラクエズ / 出演:ナオミ・ワッツユアン・マクレガージェラルディン・チャップリントム・ホランド、サミュエル・ジョスリン、オークリー・ベンダーガスト / 配給:Presidio

2012年スペイン、アメリカ合作 / 上映時間:1時間47分 / 日本語字幕:野崎文子

第25回東京国際映画祭WORLD CINEMA部門にて上映

2013年日本公開予定

公式サイト : http://www.impossible-movie.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2012/10/24)



[粗筋]

 2004年、アジアの東海岸全域を、大規模な津波が襲った。

 ヘンリー(ユアン・マクレガー)とマリア(ナオミ・ワッツ)の夫婦は、3人の子供と共にタイの海辺にあるリゾート地を訪れた。ヘンリーは日本での仕事先を喪う可能性があることに不安を抱いていたが、ひとまず問題は先送りにして、家族とともに温暖な地での年末を堪能するつもりでいた。

 だがそこへ、予想だにしなかった災厄が訪れる。スマトラ沖大地震に起因する、巨大な津波が、ちょうどホテルのプールでくつろいでいた一家を巻き込んだ。

 大きな波に呑まれ、ようやく海面から頭を出したマリアは、離れたところで流される長男ルーカス(トム・ホランド)を見つけた。濁流の中で躍り狂う瓦礫に身を切られ、弄ばれながら、マリアとルーカスは必死の想いで互いに近づき、どうにか手を取り合って、高台に流れ着く。

 あたりには瓦礫と屍体ばかりが押し寄せ、生きる者の気配はなかった。ヘンリーも、次男トーマスも、三男サイモンも、何処にも見当たらない。マリアはふくらはぎを大きく抉られ、とめどなく出血していた。絶望の中、それでも何とか生きるべく、母子は泥濘を掻き分け歩を進める……



[感想]

 監督のJ・A・バヨナという人物は、以前にギレルモ・デル・トロの製作により『永遠のこどもたち』というホラー映画を撮っている。『アザーズ』という、このジャンルの名作と並べた宣伝に、観るまでは危うさを感じたが、しかし実際は確かに優れたホラー映画であると同時に、優秀な“家族”のドラマでもあった。映画ファンなら記憶に留めていても不思議はないが、決して大きなヒットを飛ばしたわけではないので、知らないひとも多いのではなかろうか。

 同監督久々の新作である本篇に、ホラーの要素はないが、しかし前作の優れた点を理解していたひとにはさほど意外ではないはずだ。今回は“家族”の絆が主題に据えられていることが冒頭から明白なだけでなく、この厄介な題材に躊躇することなく踏み込み、その恐怖を剔出する描写の数々や、そんななかに一種の緊張感を盛り込む手管は、前作で魅せた巧さに通じている。

 だが、こと日本人は、本篇をそこまで冷静に鑑賞出来ないかも知れない。実際、私が東京国際映画祭で鑑賞する前に行われたテスト上映では、不快感を催して退場したひともいたという。何せ、物語のごく最初に、大津波の襲来が描かれているのだから。

 この津波のシーンの描写に、まったく容赦がない。ホテルのプールで遊んでいた親子が振動に気づくと、建物越しに巨大な波が襲いかかってくる。抵抗する間もなく呑みこまれ、人々が凶暴な水流に弄ばれる。障害物に当たって傷つこうと、縋りつく場所も見当たらない。遠くに見える子供の姿に、懸命に近づこうとしても、ろくに泳ぐことさえままならない――実際に津波に遭遇した経験のない人間でさえ慄然とする光景は、同じ状況を間近に感じたひとにとっては確かに苦痛だろう。ようやく波から脱したあとも、周囲に人影すら見当たらず、深傷を負った身体を持て余しながら、はぐれた家族、他の生存者を求めて彷徨する姿は、観ているだけで辛い。

 だが、これほど観ていて響く、というのは、表現に圧倒的なリアリティが備わっているから、と言えるだろう。津波に揉まれているあいだの映像もそうだが、波によって洗われ一変した陸の様相、そしてどうにかこうにか設けられた拠点に辿り着いたひとびとの悲愴な姿。なまじ、2011年にその実情を身近に見てきた日本人であればらこそ、一連の描写が真に迫っていることを認めるほかないはずだ。

 それでいて本篇は、そうしたリアリティのみに安住せず、このシチュエーションで演出可能な緊張感や、感情を揺り動かすドラマを、エンタテインメント的な手法で構築することを怠っていない。序盤、津波に流されているマリアが必死にルーカスのもとへと辿り着こうとする場面はさながらアクション映画のようだし、母の傷ついた姿や、発見した子供を巡るやり取りで見せるルーカスの表情にはホラー映画めいた不穏さがところどころに滲む。中盤でちょっとした“逆転”を用意したあと、クライマックスで描かれるあざといばかりのすれ違いはサスペンスそのものだ。

 いっそ無遠慮なまでに感情の襞をくすぐり、高めに高めたうえで訪れるクライマックスは、だがあざとさを乗り越えて感動の涙を誘う。よほど冷めた見方が出来る人でもなければ、この終幕に心を動かさずには済ませられないだろう。大多数にとっては悲劇のままだが、偶然と努力、そして自らも苦しめられているなかで差し出された無償の好意があってこそ成立した奇跡に、胸を震わされる。

 一見、どこかしっくり来ないようなタイトルだが、しかし本篇の中である人物が口にした瞬間、は、っとさせられる。詳しくは記さないが、中盤より少しあと、この場面でだけ顔を見せるジェラルディン・チャップリンが、偶然に居合わせた子供に向かって語りかけたなかに、この言葉が潜んでいる。このひと幕を観たあとだと、他に相応しいタイトルはない、と感じられるはずだ。

 これを書いている2013年現在、恐らく多くの日本人にとって、まだまだ本篇は生々しすぎて辛い題材だろう。ただ、決してその出来事を安易に、商業作品として扱ったような代物でもなければ、重い体験を嘲笑うような代物でもないことは保証する。むしろきっと、こんな悲劇のなかでも、生きていることに価値を見いだせるはずだ。こんな題材に果敢に挑み、このハイレベルで完成させたJ・A・バヨナ監督は、やはり端倪すべからざる才能である。



関連作品:

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