『リンカーン/秘密の書(3D・字幕)』

TOHOシネマズ日劇、外壁の看板。

原題:“Abraham Lincoln : Vampire Hunter” / 原作:セス・グレアム=スミス / 監督:ティムール・ベクマンベトフ / 脚本:セス・グレアム=スミス、サイモン・キンバーグ / 製作:ティム・バートンティムール・ベクマンベトフ、ジム・レムリー / 製作総指揮:ミシェル・ウォルコフ、ジョン・J・ケリー、サイモン・キンバーグ、セス・グレアム=スミス / 撮影監督:キャレブ・デシャネル / プロダクション・デザイナー:フランソワ・オデュイ / 編集:ウィリアム・ホイ / 衣装:カルロ・ポッジョーリ、ヴァルヴァーラ・アヴジューシコ / 音楽:ヘンリー・ジャックマン / 出演:ベンジャミン・ウォーカードミニク・クーパーアンソニー・マッキーメアリー・エリザベス・ウィンステッドルーファス・シーウェルマートン・ソーカス、ジミ・シンプソン、ジョゼフ・マウル、ロビン・マクリーヴィー、エリン・ワッソン / 配給:20世紀フォックス

2012年アメリカ作品 / 上映時間:1時間45分 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG12

2012年11月1日日本公開

公式サイト : http://www.foxmovies.jp/lincoln3D/

TOHOシネマズ日劇にて初見(2012/11/01)



[粗筋]

 アメリカに人間の自由をもたらした奴隷解放宣言で知られるエイブラハム・リンカーン(ベンジャミン・ウォーカー)――彼が政治の道に足を踏み入れるきっかけ、それは実は、母の死にあった。

 エイブラハムの母親は、彼が幼い頃に亡くなっている。地元の名士ジャック・バーツ(マートン・ソーカス)に睨まれた直後、母は奇妙な死を遂げる。その夜、幼いエイブラハムが目撃したのは、母の首筋に噛みつき、血を吸うバーツの姿であった。

 成長し、父を看取ったエイブラハムは、長年抱いていた恨みを晴らすために、バーツへの復讐を目論む。だが、銃弾を撃ち込んだはずなのに、バーツは立ち上がった。驚愕するエイブラハムを救ったのは、直前に酒場で話しかけてきたひとりの男である。その男――ヘンリー・スタージス(ドミニク・クーパー)はエイブラハムに、にわかには信じがたい真実を語った。バーツは、人の生き血を吸って長い時を生きる、ヴァンパイアだというのだ。

 復讐の誓いを覆す気のないエイブラハムに、ヘンリーは戦い方を教える代わり、バーツ以外にも無数に棲息するヴァンパイアを狩るように求める。そのために、友人や恋人といったものを作らず、孤独に生きるようにも命じた。

 当初、ヘンリーから与えられた掟に従う、と誓ったのは、あくまで方便のつもりだった。どうしてもバーツを倒したい一心で、エイブラハムは真意を偽り、吸血鬼を狩るための技を身につけていく。

 1837年、エイブラハムはイリノイ州スプリングフィールドに移住した。ヴァンパイア・ハンターとしての技術を叩きこまれたエイブラハムは、ここで法律を学ぶ傍ら、ヘンリーから届く書簡の命令に従い、夜ごとに吸血鬼を狩る二重生活を始める。プライヴェートを充実させる余裕もない暮らしは、その意思もないエイブラハムに、結果として“孤独であれ”というヘンリーの課した掟に従わせる形となったが、やがてこの地でエイブラハムは、運命の出逢いをすることとなる……



[感想]

 原作者であり、自ら脚色も手懸けたセス・グレアム=スミスは、もともとハリウッドで活躍していたひとだが、その才能が注目されたきっかけは、名作『高慢と偏見』にゾンビをプラスする、という突拍子もないアイディアを用いた小説を上梓したことにあった。同作ははやばやと映画化が決定したものの、スタッフの選定が難航しているようで未だお目見えしていないが、その間に作者自身はティム・バートン監督の新作『ダーク・シャドウ』の脚色を手懸けたり、新たなアイディアで新作小説を発表したり、と着実に活躍を続けている。

 本篇はそのグレアム=スミスの、『高慢と偏見とゾンビ』に続いて発表した小説に基づいている。かのリンカーン大統領が実は夜の世界で吸血鬼と戦っていた、というのは突飛な発想のように聞こえるが、そもそも名作文芸にゾンビを混ぜる、という趣向で注目を集めた人物なのだから、ここに辿り着いても不思議はない。

 しかも、『高慢と偏見とゾンビ』が基本的なプロット、文章を温存しつつ要所でゾンビを絡める、という方法で描かれていたように、本篇はリンカーン大統領が実際に歩んだ人生をきちんと踏まえつつ、そこに吸血鬼との戦いを組み込む形で成立している。決して、現実のリンカーンの姿勢や功績を揶揄した内容にはなっていない。そこが肝要な点であり、本篇の魅力でもある。

 ただ惜しむらくは、そのルールを厳守しようとした故か、本篇は全般にリンカーンの心情、心理的伏線が不十分に感じられるきらいがある。母の死に吸血鬼の存在を絡め、そこに彼が生涯、闇と対峙し続けた原点を設定するあたりはうまくいっているが、愛妻との馴れ初めや、政治家としての活動とのリンクは不自然さ、強引さが目立つ。伝記部分と伝奇的要素の融合があと一歩弱い。グレアム=スミスが脚本を担当した『ダーク・シャドウ』もそうだったが、彼は発想こそ優れていても、構成力という点で難を抱えているように思う。

 それでも本篇が興奮を誘うのは、監督の手腕によるところが大きいのではなかろうか。

 本篇の監督は、『ナイト・ウォッチ』で注目されてハリウッドに進出した、ロシア出身のティムール・ベクマンベトフである。それまでのロシア映画のイメージを一新する洗練されたヴィジュアルと伝奇的要素を交えた設定、そしてスタイリッシュな映像が注目され、続篇『デイ・ウォッチ』を撮ったあとでこの路線を引き継ぎ、更にレベルアップさせた『ウォンテッド』を成功に導いた。本篇でも組んでいるティム・バートンと、新鋭のプロデュースを手懸けたりしたあと、ようやく撮ったハリウッド進出第2作が本篇にあたる。

 前述したように、本篇には心理的伏線の弱さがあり、シナリオから細かな細工まで行き届いていた『ウォンテッド』と比較すると、率直に言えば見劣りはしてしまう。しかし、ヴィジュアル・センスやアクションの外連味、そして物語の背後に横たわる精神性は見事に一致しており、ベクマンベトフ監督の作品世界に見事に組み込まれている――或いは、題材が彼の起用を促したのかも知れない。それ故に、アクション、素材の処理そのものには安定感がある。

 また、ディテールが繊細であるのも特徴的だ。人間ながら超人的な技を駆使したアクション、クライマックスで繰り広げられる列車の中でのアクションなど、『ウォンテッド』とも共通する趣向が、19世紀アメリカの空気を濃密にたたえた美術の中で繰り広げられ、似たようであっても異なった趣を感じさせる。

 そして特筆すべきはリンカーンその人のクオリティの高さだ。若き日の精気に満ちあふれた姿は別としても、長じて政治家となり、大統領に就任するまでのあいだに、じわじわと貫禄を身につけていく過程の演技も見事だが、とりわけ晩年の姿は、実際に映像で確認出来るわけではないが、もしリンカーン大統領の姿、演説が記録として残っていたならこんな雰囲気だっただろう、と思えるほどだ。本物のデスマスクをもとにした特殊メイクの力も大きいが、喋り方まで変化させていった主演のベンジャミン・ウォーカーは賞賛に値しよう。

 誰しもが知っている歴史の出来事の背後に吸血鬼が存在し、そのために偉人が、知られている偉業の背後で死闘を繰り広げていた――その発想自体は、口ずさんだだけでも痺れるものがある。もう少し裏打ちが強固であれば、という嫌味はどうしても拭えないが、本篇はディテールの確かさで、その面白さを見事に描ききっている。フィクション、というものの愉しさを、確立された作家性によって体現した秀作である。



関連作品:

ナイト・ウォッチ

デイ・ウォッチ

ウォンテッド

ダーク・シャドウ

ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記

風と共に去りぬ

コールドマウンテン

リンカーン弁護士

アリス・イン・ワンダーランド

ツーリスト

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