『私が、生きる肌』

TOHOシネマズシャンテ壁面ポスター。

原題:“La Piel Que Habito” / 原作:ティエリー・ジョンケ(ハヤカワ文庫HM・刊) / 監督:ペドロ・アルモドヴァル / 脚本:ペドロ・アルモドヴァル、アグスティン・アルモドヴァル / 製作:アグスティン・アルモドヴァル、エステル・ガルシア / 撮影監督:ホセ・ルイス・アルカイネ / 美術:アンチョン・ゴメス / 編集:ホセ・サルセド / 衣装:ジャン=ポール・ゴルチエ / 音楽:アルベルト・イグレシアス / 出演:アントニオ・バンデラスエレナ・アナヤ、マリサ・パレデス、ジャン・コルネット、ロベルト・アラモ、ブランカスアレス、スシ・サンチェス、バーバラ・レニー / 配給:Broadmedia Studios

2011年スペイン作品 / 上映時間:2時間 / 日本語字幕:松浦美奈 / R-15+

2012年5月25日日本公開

公式サイト : http://www.theskinilivein-movie.jp/

TOHOシネマズシャンテにて初見(2012/05/26)



[粗筋]

 世界的に活躍する形成外科医ロベル・レガル(アントニオ・バンデラス)の研究所を兼ねた邸宅には、閉鎖された一室がある。ロベルの居室と年老いた家政婦マリリア(マリサ・パレデス)のいるキッチンのモニターで監視された部屋にいるのは、身体のラインのくっきりと浮かび上がるボディ・スーツに身を包んだ人物。ベラ・クルス(エレナ・アナヤ)と呼ばれるその人物は、ロベルが世間には極秘のままに進めていた“計画”の、いわば結晶のような存在であった。

 事件は、ロベルが留守のうちに起きた。折しも街がカーニヴァルに沸きかえったその日、マリリアの、長年姿を見せなかった息子セカ(ロベルト・アラモ)が忽然と舞い戻ったのだ。裏口から邸内に通されたセカは、モニターを通して目撃したベラの姿に驚愕し、閉じ込められている部屋に赴くと、ベラに襲いかかる。セカに凌辱されるベラを救ったのは、ロベルが放った銃弾だった。

 殺害の痕跡を抹消し終えると、マリリアはベラに驚くべき告白をする。実は、ロベルとセカは異父兄弟であるということ。そして、ロベルの亡き妻はセカと駆け落ちしたあとで酷い事故に遭い、全身火傷を負って、苦しんだ末に我が娘の前で投身自殺したということ。その娘さえも喪ったロベルは、優れた耐久力を持つ人工皮膚の開発に、全精力を注いでいたのだ……



[感想]

 この映画を観ながら思い出したのは、江戸川乱歩の小説だった。人間を閉じ込めて飼い慣らすかのような序盤のフェティッシュな空気、中盤から明らかになる風変わりなアイディア。それらを彩る特徴的な美学など、乱歩の小説が生み出した雰囲気を彷彿とさせる。

 しかし、理想とするものと作りだすものが乖離する、という悩みを抱えていた乱歩と違い、既に確立された作風、世界観の延長で本篇を作りだしたペドロ・アルモドヴァル監督に迷いはない。終始、考え抜かれた手管で観客を翻弄し、終盤の衝撃へと導いていく。

 本篇においては、配役の上げる効果が非常に大きい。焦点にいる人物を演じたエレナ・アナヤも絶妙だが、しかしその実、最大のポイントはアルモドヴァル監督作品には久々の出演であるアントニオ・バンデラスではなかろうか。冒頭、講義の場面から姿を見せるバンデラスは、序盤は非常に理知的で、善人のように映る。だが、話が進み、別人物の視点が絡んでくると、じわじわとその狂気が顕わになってくる。抑制の効いた表情にジリジリと滲み出す激情、それをバンデラスが持つラテン系の大きく濃い顔が存分に表現している。

 本篇は原作自体がミステリであるため、どうしても謎解きに期待してしまうところだ――私自身、最初に“乱歩”という単語を出してしまったから、ミステリに対して通り一遍のイメージしか持たない方には誤解させたかも知れない――が、本篇はそういう意味では決して意外性を狙っているわけではないし、精緻な謎解きを好む向きが求める緻密な伏線が張り巡らせてあるわけではない。また、善が悪を克服する、とか悪事が白日の下に晒される、という種類のカタルシスを求めているわけでもないので、恐らくそういう観点からは物足りないはずだ。

 だがその代わりに、異様な状況がもたらす特異なドラマ、歪んだ感情を巧みに掬い上げ、奇妙な雰囲気を濃密に醸しだしている。バンデラス演じるロベル・レガルが何故ああした方向に歪んでいったのか、そしてエレナ・アナヤ演じる人物の複雑な感情が巧みに浮き彫りになり、予測不能の緊張感と、薄気味の悪い感覚が終始まとわりついてくる。

 この薄気味悪さは、結末を迎えてもなお、観る者の心にこびりついて剥がれない。ある意味ではハッピーエンドだが、その先に明るい未来があるなどと想像するのは難しい。この、不気味な感覚を最初から最後まで貫きとおしていることが見事だ。

 観終わって気持ちのいい話ではない。序盤の謎めいたプロローグから、ラストに鮮烈な逆転があることを期待すると、早いうちに謎が解かれてしまうことに不満を覚えてしまうだろう。だが、全篇に漂う薄気味の悪さ、終わっても免れ得ない異様な余韻には、唯一無二のものがある。それらを、統一感のある美しい映像で描き出し、マニアックな内容に節度と品格を与えている。

 乱歩的、と言ったが、恐らく現代において、こんな作品を撮れるのはペドロ・アルモドヴァル監督をおいて他にない。そう考えると、彼の最高傑作、という惹句は決して大袈裟ではないのだ。



関連作品:

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