『おとなのけんか』

『おとなのけんか』

原題:“Carnage” / 原作戯曲:ヤスミナ・レザ / 監督:ロマン・ポランスキー / 脚本:ヤスミナ・レザ、ロマン・ポランスキー / 製作:サイド・ベン・サイド / 撮影監督:パヴェル・エデルマン / プロダクション・デザイナー:ディーン・タヴォウラリス / 編集:エルヴェ・ド・ルーズ / 衣装:ミレーナ・カノネロ / 音楽:アレクサンドル・デスプラ / 出演:ジョディ・フォスターケイト・ウィンスレットクリストフ・ヴァルツ、ジョン・C・ライリー / 配給:Sony Pictures Entertainment

2011年フランス、ドイツ、ポーランド合作 / 上映時間:1時間19分 / 日本語字幕:牧野琴子

2012年2月18日日本公開

公式サイト : http://www.otonanokenka.jp/

TOHOシネマズシャンテにて初見(2012/03/24)



[粗筋]

 事件は1月11日、ブルックリンの公園で起こった。12歳のイーサン・ロングストリートが、友人のザッカリー・カウアンに木の枝で殴られ、前歯2本を失う重傷を負ったのだ。

 イーサンの両親、マイケル(ジョン・C・ライリー)とペネロペ(ジョディ・フォスター)は、補償や子供たちの和解を巡って話し合いをするために、ザッカリーの両親であるアラン(クリストフ・ヴァルツ)とナタリー(ケイト・ウィンスレット)を自宅に招いた。

 当初は、一連の経緯をまとめた書面をロングストリート夫妻がカウアン夫妻に手渡して、子供たちの面会をセッティングして終わるはずだった。

 最初のうちはエスプレッソを一緒に飲み、自家製のコブラーを頬張って和やかに話を進めていたが、次第に空気は険悪になっていく。暴力を振るったザッカリーが悪いのか、それともザッカリーを“チクリ屋”呼ばわりしていたイーサンが悪いのか。次第に子供たちではなく、それぞれの価値観や日常の振る舞いにまで話は及び、大人達の口論は際限なく脱線して繰り広げられていく……



[感想]

 物語が始まったとき、内容以前に首を傾げたことがある。本篇の監督ロマン・ポランスキーはとある事情からアメリカに入国すると逮捕されてしまうという立場にあったため、近年の作品はすべてアメリカ以外で撮影されている。にもかかわらず、本篇の冒頭シーンはどう見ても額面通り、ニューヨークで撮影されているらしい。最近になって事態は好転しているとはいえ、未だにポランスキー監督がアメリカの土を踏んだ、という話を聞いた覚えがないので、これはどうしたことか、と思っていたら――本筋に入って納得した。舞台をブルックリン、俳優をハリウッドから招いてはいるが、密室劇にすることで、わざわざアメリカに渡らず成立させているのだ。

 別に監督の事情からそうなったわけではなく、もともとは戯曲であったものに基づいている本篇は、ほんのちょこっと廊下でのやり取りがあるだけで、終始室内での会話だけで繰り広げられる。しかもストーリーと言えるものはない――というより、子供たちの諍い、という発端から際限なく拡散していく口論そのものがメインなので、流れはあるが省略して表現するのが難しく、“物語”といった感はない。

 しかしこの、口喧嘩の展開が実に面白い。最初は少なくとも表面的には和やかに、談笑している、といった雰囲気をたたえているのに、じわじわと不穏な空気が漂いはじめる。気づけば子供同士の争いの話、というよりは各個の価値観や信条、性格にまで論点は拡散し、当初は夫婦で庇い合っていたはずが、その時々の論点によって構図が激変してしまう。

 そして、この絶え間なく変化する論争のなかで見せる振る舞い、表情がかなり可笑しい。序盤の穏やかな会話のなかでさえも随所に垣間見える建て前と本音の乖離にニヤリとさせられるが、本性が顕わになるほどに、細かなところで笑わされる。

 脚本の段階で緻密に組み立てられていることは確かだろうが、ここでものを言うのは、主役である4人の俳優たちだ。いずれもアカデミー賞でノミネートされ、3人はオスカーを獲得しているほどの実力者であるだけに、リアルだがそれ故に滑稽な登場人物たちに見事な存在感をもたらしている。話も終盤になると、それぞれ厭なところもある一方で、妙な親近感を覚えるほどだ。

 この作品の巧妙なところは、4人の登場人物はみな、単独であれば世間的に“自立した大人”と評されても不思議のない人品に描かれていることだ。主婦ながら歴史書の執筆にも携わるペネロペも、平凡さを重んじ波風立てないことを第一に掲げるマイケルも然り、仕事を続けながら子育てにも全力を注ごうとするナタリーも、携帯電話を携え常に仕事に臨むアランも同様である。が、それが一堂に会し、価値観を戦わせるとかくもみっともないことになるのか、と思うと、笑いながらもちょっと慄然とする。

 本当に最後まで文字通り“大人の喧嘩”が続き、いったいどう収拾をつけるのか、とヤキモキしながら惹きつけられるが、締め括りはきっと、ひとによっては「何の解決にもなっていない」と釈然としない想いを抱くだろう。だが、あるモチーフを巧みに活かした最後のひと幕は、間違いなく一種のカタルシスをもたらしているし、その後エンドロールとともに提示される映像の皮肉が非常に効いており、あれはあれでしっかり落ちている、と言っていい。

 終始、実感的な笑いを提供する巧みなコメディであるが、同時に大人が大人でいるということの馬鹿馬鹿しさを描いているとも言え、観ていてちょっと切なくなる。



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