『戦火の馬』

『戦火の馬』

原題:“War Horse” / 原作:マイケル・モーパーゴ / 監督:スティーヴン・スピルバーグ / 脚本:リー・ホール、リチャード・カーティス / 製作:スティーヴン・スピルバーグキャスリーン・ケネディ / 製作総指揮:フランク・マーシャル、レヴェル・ゲスト / 共同製作:アダム・ソムナー、トレイシー・シーウォード / 撮影監督:ヤヌス・カミンスキー / プロダクション・デザイナー:リック・カーター / 編集:マイケル・カーン,A.C.E. / 衣装:ジョアンナ・ジョンストン / キャスティング:ジナ・ジェイ / 音楽:ジョン・ウィリアムズ / 出演:ジェレミー・アーヴィン、エミリー・ワトソンデヴィッド・シューリス、ピーター・ミュラン、ニエル・アレストリュプ、トム・ヒドルストン、パトリック・ケネディ、デヴィッド・クロス、ベネディクト・カンバーバッチセリーヌ・バッケンズ、トビー・ケベル、ロバート・エムズ、エディ・マーサン、ニコラス・プロ、ライナー・ボック、ジェフ・ベル / アンブリン・エンタテインメント、マーシャル/ケネディ・カンパニー製作 / 配給:Walt Disney Studios Japan

2011年アメリカ作品 / 上映時間:2時間26分 / 日本語字幕:戸田奈津子

第84回アカデミー作品・撮影・美術・音響効果・音響編集・音楽部門候補作品

2012年3月2日日本公開

公式サイト : http://www.senka-no-uma.jp/

TOHOシネマズ渋谷にて初見(2012/03/17)



[粗筋]

その馬は、イギリスの農村で生まれた。額に白い十字架、四本の足に靴下を履いたような模様の美しいサラブレッドに、小作人の息子であるアルバート(ジェレミー・アーヴィン)は小さな頃から魅せられていた。

 ある日、農耕馬を買うために出かけていったはずの父テッド(ピーター・ミュラン)が、この美しい馬を引いて帰ってきた。脚が悪く、痛みをごまかすために酒量が多くなりがちなテッドは、競売に出されたその馬に魅せられ、つい競り落としてしまったのだ。予算を超過し、小作料さえ危うくなる額に、母のローズ(エミリー・ワトソン)は激昂するが、アルバートは自分がちゃんと調教する、と説得、いったん矛を収めさせる。

 ジョーイと名付けられたその馬は、確かに優秀だった。気性は荒いが賢く、アルバートに懐くと、すぐに彼の命令に忠実に従うようになる。

 やがて小作料を徴収する日が訪れた。案の定テッドは満額を支払えず、地主のライオンズ(デヴィッド・シューリス)に秋の収穫まで待って欲しい、と懇願する。だがそのためには、岩が混ざり荒れ果てた土地を耕し、作物を増やす必要があった。

 サラブレッドに農耕馬の真似は無理だ、と誰もがあざ笑うなか、しかしアルバートジョーイはやってのけた。アルバートは根気よくジョーイを農具に慣らし、ジョーイはサラブレッドにとって過酷な岩場を見事に耕す。

 だが、安寧の日は来なかった。代わりに吹き荒れた嵐と、軍靴の響きが、アルバートジョーイを引き裂いてしまう……



[感想]

 近年は、実話に題を採った映画が花盛りである。この数年、アカデミー賞の主演男優、主演女優賞には必ずと言っていいほど実話を題材に採った作品の出演者が輝き、『英国王のスピーチ』や『ミルク』など、高い評価を受ける作品が相次いで発表されている。実話、というものが備える説得力が、かつてよりも映画に強く求められている時代、と言えるかも知れない。

 だが実話――実際の経験に即した物語では決して語ることが出来ない領域、描き出すことが出来ない感動もあるはずだ。本篇は、まさにそういう、フィクションならではの描写が積み重ねられ、情感を膨らませる内容となっている。

 馬を中心にした物語、といっても本篇において、決して馬の感情や思考を安易に提示したり、誰かが代弁したりはしない。特に序盤は、あくまでものを言わず、人々の思惑によって翻弄される生き物であることを貫いて描いている。そうして、一頭の馬の数奇な運命を辿ることで、人間の優しさ、厳しい境遇にあってこそ顕わになる本質を巧みに切り取っていく。

 もともと人目を惹く美しい馬であったこと、気性の荒さと紙一重のところにある勇気と、強靱な肉体といった優れた資質があったからこそこの馬が生き延びたのだが、最初の、そして馬にとって最も大切な友人となる青年アルバートとの交流が、過酷な運命を耐え忍ぶ力を与えた。そしてその後、馬が翻弄される状況と、各所で接する人々の運命、振る舞いがまた印象的だ。軍馬として買い取られた馬をアルバートに「必ず返す」と約束したイギリス軍の大尉。斃れた大尉から奪われた軍馬を委ねられ、その美しい馬とともに脱走を図ったドイツの若い兵士。風車小屋に取り残された馬を、守ろうとする病弱な娘とその祖父……それぞれに行動理念も価値観も異なるが、本質的な優しさは変わらない。それぞれのやり方で、敬意をもって馬に接する姿は印象的だ。

 容赦なく馬を酷使する将校であっても、決して戦争を賛美せず、粛々と己の役割を果たしているかのようで、決して悪意だけを際立たせていないことも本篇の特徴的な部分である。小作料を厳しく取り立てる地主や、砲台を輸送するために馬を使い潰すドイツ軍の将校にしても、立ち位置は悪役ではあるが、状況が促しているだけに過ぎないことがちゃんと感じ取れるのだ――当たり前のようでいて、こういう観点を押し通すのは意外と難しい。

 そして、そういった戦場を中心とするやり取りを、本篇においては馬が目撃するだけで、決して人間がきちんと確認して辿っているわけではない。折り重なるエピソードをすべて体験するのは、戦場を駆け抜けていった馬と、映画の観客だけが知る。

 馬の運命に感情移入する、というひとも少なくないだろうが、だがそうして醸成される空気、感動は基本的に、作中人物が味わうものではない。馬の感じ方については仄めかしているだけなのだから、あくまでそれは一連の出来事を繋げて鑑賞するひとが味わうものだ。こういう、本来ひとつの立ち位置からは決して知り得ない事実まで含めたものを連ねて情感を生み出す、という技は、フィクションという枠組ならではのものだ(現実を題材にしても、複数の異なる、直接は交わらない出来事を重ねて、何らかの主題を炙り出したり、ムードを醸しだすという手法はあるが、行き過ぎればそれはフィクションになってしまう――閑話休題)。

 ぶっちゃけて言えば、話の展開はほぼ予想通り、と言っていい。だが、そこに至るディテールは、現実の匂いを織り込みながらも、フィクションであるがゆえの力強さに充ち満ちている。終盤に至って、伏線やひとつひとつのエピソードが繋がって生まれる感動には、安易なお涙頂戴とは異なる重量が備わっている。

 スピルバーグ監督を長年に亘ってサポートし続けているヤヌス・カミンスキーによる映像は、サラブレッドの姿の美しさを見事に切り取り、ジョン・ウィリアムズの音楽との溶けあい方も素晴らしい。

 難を言えば、途中に登場するドイツ人、フランス人たちには出来れば英語ではなく本来用いるべき言語を使わせて欲しかったが、これは出来る限り幅広い年齢層に観て欲しい、という製作者側の意思の表れだろう。英語字幕を表示すればいい、というのは映画に慣れた大人の感覚で、小さな子供、映画にさほど馴染みのないひとにとっては、やはり言語は統一されていたほうが解りやすい。『プライベート・ライアン』で容赦なく戦場の暴力を描ききったスピルバーグ監督が、本篇では極力、惨たらしい場面を直接見せない工夫を随所に凝らしていたことからも、その意志は窺える――だから、出来ることなら日本での公開に際しては吹替で併映しても良かったように思うが。

 何にせよ、これは世代を超えてお薦めできる、優れたフィクションである。同じ年に本篇と『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』という、手法を限りなく研ぎ澄ませた作品を立て続けに発表してしまうスティーヴン・スピルバーグ監督の意欲に、頭の下がる想いさえする。



関連作品:

タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密

シービスケット

ロング・エンゲージメント

サラの鍵

ウォーター・ホース