『さよならをもう一度』

さよならをもう一度 [DVD]

原題:“Goodbye Again” / 原作:フランソワーズ・サガンブラームスはお好き』 / 監督&製作:アナトゥール・リトヴァク / 脚本:サミュエル・テイラー / 撮影監督:アルマン・ティラール / 美術:アレンサンドル・トローネ / 衣裳:クリスチャン・ディオール / 編集:アルバート・ベイツ / 音楽:ジョルジュ・オーリック / 出演:イングリッド・バーグマンイヴ・モンタンアンソニー・パーキンスジェシー・ロイス・ランディス、ダイアン・キャロル、ジャッキー・レイン、ミシェール・メルシェ、ウタ・ティーゲル / 配給:日本ユナイテッド・アーティスツ / 映像ソフト発売元:紀伊國屋書店

1961年アメリカ作品 / 上映時間:2時間 / 日本語字幕:細川晋

1964年10月25日日本公開

2009年10月31日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series2 青の50本》上映作品

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2012/02/08)



[粗筋]

 パリでインテリア・デザイナーを営むポーラ(イングリッド・バーグマン)は、貿易商のロジェ(イヴ・モンタン)と5年来、互いに束縛しない交際を続けているが、近ごろ限界を感じつつあった。週末はポーラのために空けるはずが、当日になってキャンセルの連絡が入ることが頻繁になっている。メイドのギャビー(ウタ・ティーゲル)は最後通牒を突きつけるように進言するが、ポーラはこの関係を崩すことを怖れていた。

 ポーラは人伝の紹介を受けて、貴族のヴァン・ダー・ベシュ夫人(ジェシー・ロイス・ランディス)の屋敷の内装を手懸けることになり、彼女のもとを訪れる。そこで出逢った夫人の息子フィリップ(アンソニー・パーキンス)は、ポーラを見るなり、ぎこちなくも積極的にアプローチをかけてきた。名前も住所も確認していないことに絶望し、泥酔していたダンスホールで彼女を見つけると、ロジェがそばにいたことも構わず、想いを言葉にする。ロジェは彼の無邪気な振る舞いを面白がっていたが、その晩は久しぶりにポーラを熱く抱擁していった。

 翌る日、ポーラのもとに素面のフィリップが現れて、昨晩の非礼を詫びた。出先に送られる道すがら、ロジェが夫だと誤解しているフィリップに、ポーラは婚姻関係にないことを打ち明ける。フィリップは彼女を「幸せそうに見えない」と評し、積極的なアプローチをかけるようになる。ポーラはロジェとの約束を理由に拒絶するが、その週もロジェはギリギリで約束を反故にし、ポーラは遂に、フィリップに誘われたブラームスの演奏会に足を運ぶ……



[感想]

 基本的に、あまりストレートなラヴ・ロマンスは性に合わない質である。本篇も、粗筋を読む限りでは自分の好みの範疇から外れているのでは、という怖れがあった。

 実際に観てみても、おおむねストレート、という印象を受けた。だが、思っていたほどに合わない、とは感じなかった。何故かというと、古典的名作だからこその丁寧な描写や映像の美しさもさることながら、おおむね、という表現から外れる部分が、予定調和ではないからだ。

 本篇で描かれる三角関係は、表面的には洒脱で、浮世離れした印象を与える。だが、登場人物たちが随所で覗かせる悩みや表情は、非常にリアルなのだ。

 序盤こそ終始ファッショナブルだが、ポーラ、ロジャー、フィリップの3人の関係がのっぴきならなくなったあたりから、一気に生々しさを帯びてくる。顕わになるのが終盤なので、あまり具体的には記さないが、特にフィリップの人物描写について、序盤で違和感や反感を抱いた人は若干溜飲を下げるはずだ。彼のような境遇、人生観の人間なら現実でぶつかるような状況がきっちり組み込まれている。

 観ていて最も同情したくなるのはポーラである。一見自立した、自由気ままな生活を謳歌しているように見えるが、5年間にわたって“束縛しない関係”を築いているロジェは、彼女との関係に飽きて、しばしば蔑ろにするようになっている。だが、ロジェが信じている価値観に合わせるために、自分から結婚を望むことどころか、逢いたい、と訴えることも出来ない。そういう心の隙に滑り込んだのが、自分よりも若いフィリップだった、ということが、実は終盤で彼女を襲う不幸を何よりも象徴している。クライマックス、階段の上からフィリップに向かって投げかける陳腐すぎる台詞が、これほどにも実感的で、悲劇性を強烈に体現しているのは、そうした道具立てがしっかりしているからだ。

 そのうえで、クラシカルだが堂に入った映像表現が、時折観る者の心を鷲掴みにする。ずぶ濡れでポーラを待つフィリップの姿や、旅立つ前後のロジェの振る舞いなど、細かく観客の心の襞を刺激したあとで繰り出される、ダンスホールでのひと幕の切なさは忘れがたい。状況それぞれでの、3人の複雑な胸中を、飾り立てた台詞ではなく表情や振る舞いで見せ、それをワンシーン、ワンカットで示す手管は絶妙だ。

 描写が緩慢であることは昔から指摘されていて、それ故に平均点を出すと凡庸な数字に落ち着いてしまう出来映えだが、しかしストーリー的にも映像的にも、極めて成熟している。40歳程度でここまで老いを過剰に意識していること、25歳との年齢差を強調する、という考え方は今となってはあまりに古めかしいが、そういう価値観のなかで生きる人々の懊悩をしっかりと描ききっていることも特筆に値する。

 そして、秀逸なのがラストシーンだ。変わっていること、まるで変わっていないことが、スクリーンの中心にいる人物にも観客にも突き刺さってくる、あまりに苦い終幕は、ファッショナブルで軽薄な凡百のロマンスとは別次元にある。

 価値観、映像、語りのテンポなど、随所にある古臭さは否めないが、それも含め、決して今となっては作り得ない貴重な作品と言えよう。好みか、と問われれば“否”と言わざるを得ないのだが、そんな私でも本篇の価値は全面的に肯定する。



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