『J・エドガー』

『J・エドガー』

原題:“J. Edgar” / 監督&音楽:クリント・イーストウッド / 脚本:ダスティン・ランス・ブラック / 製作:ブライアン・グレイザーロバート・ロレンツクリント・イーストウッド / 製作総指揮:ティム・ムーア、エリカ・ハギンズ / 撮影監督:トム・スターン,A.F.C.,A.S.C. / プロダクション・デザイナー:ジェームズ・J・ムラカミ / 編集:ジョエル・コックス,A.C.E.、ゲイリー・ローチ / 衣装:デボラ・ホッパー / キャスティング:フィオナ・ウィアー / 出演:レオナルド・ディカプリオナオミ・ワッツアーミー・ハマージョシュ・ルーカスジュディ・デンチエド・ウェストウィック、ジェフリー・ドノヴァン / マルパソ製作 / 配給:Warner Bros.

2011年アメリカ作品 / 上映時間:2時間17分 / 日本語字幕:松浦美奈

2012年1月28日日本公開

公式サイト : http://www.j-edgar.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2012/01/31)



[粗筋]

 40年間にわたり、FBI長官としてアメリカに君臨したJ・エドガー・フーバー(レオナルド・ディカプリオ)は、自叙伝執筆を計画し、執務室に書記官のための机を置かせた。若き職員・スミス(エド・ウェストウィック)に、フーバーは自らの半生を語る――

 フーバーが司法省に勤めるようになった頃、アメリカ政府は過激な運動に走る共産主義者たちに翻弄されていた。1919年、時の司法長官A・ミッチェル・パーマー(ジェフ・ピアソン)の自宅をはじめ複数の有力者の邸宅に爆弾が仕掛けられる事件が発生する。フーバーは警察による捜査の杜撰さに嘆き、科学捜査の必要性を痛感、権限を越えた捜査で、共産党員ら“アメリカ国民の敵”の摘発、追放に情熱を燃やすようになった。

 フーバーが主導した一斉摘発により、司法省は連続爆破事件の犯人を含む多くの運動家を逮捕、主立った指導者たちを国外追放することに成功する。代償として、パーマー長官も職を追われるかたちとなったが、新たに着任した司法省長官はフーバーに、新たに設けられる捜査局の長官代行を打診、フーバーが主張する、過激派や連邦犯罪を取り締まるために必要な能力と権限とを備えた組織の発足を後押しした。

 捜査担当となって以来、個人秘書として彼を支え続けているヘレン・ガンディ(ナオミ・ワッツ)、大学の後輩で組織を拡大する際に参加し、右腕同然となっているクライド・トルソン(アーミー・ハマー)ら、僅かな人物にのみ心を許し、自らの信念に従って正義を全うしようとするフーバーは、そうして少しずつ強大な権力を蓄えていく――



[感想]

 鑑賞前に目にした感想の中に、“何を伝えたいのか解りにくかった”といったものがあった。観てみると確かに、そう感じるのは当然だと思う。

 実際のところ、本篇の製作者ははじめから決して、フーバーの生き方をシンプルな印象で描こうとはしていない。彼の人生を通して何らかの教訓を導き出そうともせず、フーバー自身の人物像でさえ単純化することを避けている。

 本篇を観たあとに、思い出したのはロバート・デ・ニーロ監督&マット・デイモン主演の『グッド・シェパード』である。あちらはCIAの礎を築いた人物エドワード・ウィルソンを題材とし、本篇はFBIを作りあげたフーバー長官を採り上げている。同時代に、アメリカを代表する組織を構築した人物を描いている、という共通点もさることながら、にもかかわらず人物像の描き方がまったく対照的なのが興味深い。

 少しずつ個性を失い、ラストシーンでは影に溶け込むようにして消えていくかのようだった『グッド・シェパード』のウィルソンに対し、本篇のフーバーは話を追うごとにその存在感、強烈な個性が際立っていく。現代にまで繋がる科学的捜査を事実上完成させた立役者でもあるが、随所に見られる潔癖症の振る舞い、神経質な言動には人としての狭量さが垣間見える。

 何より、あくまで組織の影であり続けたウィルソンに対し、フーバーは自らが構築した組織捜査の技術や情報管理のノウハウを駆使して、無自覚のうちに権力を握り、アメリカの政治にまで影響を及ぼしていることが窺える。大統領やその配偶者の醜聞の証拠を掴んで、関係者に対し威圧的な言動に及ぶ。その背後には、アメリカの平和を守る、という大義があるが、しかし他方で己の存在を実際よりも大きく見せたい、という欲望が垣間見える。

 多面的な捉え方を許容する描き方を旨とする本篇だが、その中でいちばん大きく採りあげているのが、この強烈な自己顕示欲だ。副長官として公私ともにフーバーをサポートすることとなるトルソンに面接を行う際、物理的に相手を見上げさせるために、デスクの下に台座を設けたり、といういじましい努力もある一方で、終盤で明かされる事実には、業のようなものさえ窺え、慄然とするほどだ。

 しかしいずれにせよ、本篇は観た者によって様々な受け止め方が出来る。風変わりな政治ドラマとして鑑賞も出来るだろうし、終盤の展開から歪なラヴ・ストーリーと解釈することも可能だ。表現の統一感、強度を保ちながら、決して一面的な見方を許さないのが、本篇の面白さであり、見応えと言えるだろう。掘り下げて解釈する気分でない、というときには恐らくしっくり来ないが、あとで顧みるほどに奥行きを感じ、その味わいを堪能できる、渋味の1篇である。



関連作品:

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