『精神科医ヘンリー・カーターの憂鬱』

精神科医ヘンリー・カーターの憂鬱 [DVD]

原題:“Shrink” / 監督:ジョナス・ペイト / 原案:ヘンリー・リアドン / 脚本:トーマス・モフェット / 製作:ブラクストン・ポープ、デイナ・ブルネッティ、ケヴィン・スペイシー / 撮影監督:ルーカス・エチリン、アイザック・フィリップス / プロダクション・デザイナー:ジェラルド・ラートナ / 編集:ルイス・カルバリャール / 衣装:ジョアンナ・アーガン / キャスティング:ジェイラ・ジャッフェ / 音楽:ブライアン・レイツェル、ケン・アンドリュース / 出演:ケヴィン・スペイシーマーク・ウェバー、ダラス・ロバーツ、キキ・パーマー、サフロン・バロウズ、ジャック・ヒューストン、ペル・ジェームズ、ローラ・ラムジー、ロバート・ロジア、ゴア・ヴィダルジェシー・プレモンズ、ロビン・ウィリアムズ / 映像ソフト発売元:FINE FILMS

2008年アメリカ作品 / 上映時間:1時間45分 / 日本語字幕:?

日本劇場未公開

2011年9月2日映像ソフト日本盤発売 [DVD Video:amazon]

DVD Videoにて初見(2012/01/10)



[粗筋]

 ハリウッドで生まれ育ち、父ロバート(ロバート・ロジア)同様に精神科医となり、多くのセレブのカウンセリングを担当しているヘンリー・カーター(ケヴィン・スペイシー)は、だが近ごろ鬱ぎこんでいる。薬物にも頼り、挙動不審に陥った彼を見かねて、父や友人のジェレミー(マーク・ウェバー)たちは集まって、彼に療養を勧めた。しかし、その場でヘンリーは告白する。彼が鬱状態に陥ったきっかけである妻の死は、公言していたような交通事故ではなく、自殺だったのだ。

 自分を失ったまま、仕事だけは続けていたヘンリーに、ロバートは自分に託された患者をひとり、任せることにした。その患者、ジェマ(キキ・パーマー)もまた、母親が自殺しており、それ以来学校で問題行動を繰り返していたのだ。厄介な患者を看ることを厭がっていたヘンリーだが、彼女の事情を知って無視できなくなり、やむなく診療を引き受ける。

 多くの友人がヘンリーと距離を置いてしまったが、ジェレミーだけはしばしば彼のもとに顔を出し続けていた。脚本家志望だがなかなか芽が出ずに悩んでいたジェレミーは最近になってようやく売れっ子エージェントのパトリック(ダラス・ロバーツ)に接触することに成功、脚本を送ってもいい、という約束を取り付ける。

 素行の悪い俳優シェイマス(ジャック・ヒューストン)や、出産を経て復帰しようとしている女優ケイト(サフロン・バロウズ)を抱えて多忙なパトリックは近ごろ自分で脚本に目を通すことはなく、もっぱら助手に任せている。彼のもとで働いて2年になるデイジー(ペル・ジェームズ)はジェレミーから受け取った脚本に才能の芽を感じるが、生憎似たような映画が近々公開される予定になっており、新作の執筆を勧める。認められたことに興奮したジェレミーは、新作のために新しい題材を探し始めた――



[感想]

 医者の不養生、なんて言葉があるが、たぶん精神科医でもそれは同様だ。『羊たちの沈黙』のレクター博士のように自ら狂気の泥沼に浸かるような人物――は特殊すぎる例だが、身内の不幸や予測を超えた事態に、自らが心を病んでしまう精神科医も普通にあるだろう。本篇は邦題からも察しがつくように、そういう医師の話になっている。

 ただ、精神科医の視点からのみ綴るのではなく、彼に関係する人々の視点を順繰りに扱い、群像劇的に進行していく。主人公であるヘンリーの周囲でもそうだが、それぞれの人物像がきっちり際立たせてあり、絡みあうところにほんのりとユーモアが漂うので、題材に反して決して重苦しさはなく、全般に軽快な語り口だ。精神科医マリファナに頼る、などという図はあまり笑い事ではないはずだが、売人であると同時に友人でもある、という位置づけのジーザスという人物(たぶん仇名だと思うが、この名前も人を食っている)とのやり取りはユーモラスで、快い暖かささえ滲んでいる。

 他の登場人物の中で特に印象的なのは、売れっ子のエージェント・パトリックだ。一種トリックスターめいた役回りで、彼の立ち位置が物語の終幕に大きな意味を持つのだが、それ以前に異常なまでの潔癖症であったり、役に立たない意見ばかり並べる部下を罵り、嫌がらせに「玄関先にクソをする人間を手配しておけ」と命じる極端すぎる振る舞いが、作品にいささか過剰すぎるくらいのスパイスとなっている。行きすぎの手前で踏み止まっているのは、随所で善人らしさを滲ませるからだろう。お陰でユーモアや、作品の結末にある暖かさを助ける役割を果たしているのだ。

 一見、拡散していくかに見えた複数のエピソードが最後に合流して、快い結末を迎える――という趣向はいい。自らが心を病んだ精神科医の物語、という着想も巧いのだが、如何せん、語り口があまりに小綺麗すぎて、さらっと流れてしまったような印象を齎すのは残念だ。分かれていた物語が合流する過程自体も、その過程の行動に若干の不自然さや説明不足が見られ、すっきりしていない。テンポがいいので惹きつけられてしまうのだが、テンポのために説得力や、更に深い情感を齎す力強さを損なってしまっている。

 いまひとつ存在意義が解らない人物が多いのも勿体ないところだ。破滅的なスター・シェイマスはジェレミーとパトリックの縁を取り持つ役割を果たしているからまだいいとして、本篇ではケヴィン・スペイシーに匹敵するビッグ・ネームであるロビン・ウィリアムズに至っては、ほとんど必然性が感じられない。K・スペイシー演じる精神科医が如何にハリウッドで大物ばかりを扱っているのか、という雰囲気を演出するために、ひとりはビッグ・ネームが求められたのは察しがつくのだが、それならそれで、ピンポイントでももう少し主題に対して活きる役回りにする工夫が欲しかった。いちおうはエピローグ部分でそんな描写があるものの、この構成では添え物っぽさが色濃すぎる。

 着想や狙いのわりに、親しみやすさを求めすぎたが故に軽くなりすぎてしまった作品、という印象だ。とはいえ、題材のわりに重たくなく、心地好く観られるし、後味もいいので、少し毒のある清涼剤が欲しいときには好個の1本と言えよう。



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