『源氏物語 千年の謎』

『源氏物語 千年の謎』

原作:高山由紀子源氏物語 哀しみの皇子』(角川書店・刊) / 監督:鶴橋康夫 / 脚本:川崎いづみ、高山由紀子 / 製作総指揮:角川歴彦 / 撮影:藤石修 / 美術:今村力 / 照明:磯野雅宏 / 編集:田中愼二 / 衣装:宮本まさ江 / 音楽:住友紀人 / 出演:生田斗真中谷美紀窪塚洋介東山紀之真木よう子多部未華子芦名星蓮佛美沙子室井滋田中麗奈榎木孝明甲本雅裕尾上松也東儀秀樹佐久間良子 / 角川映画製作 / 配給:東宝

2011年日本作品 / 上映時間:2時間16分

2011年12月10日日本公開

公式サイト : http://genji-nazo.jp/

TOHOシネマズ日劇にて初見(2011/12/13)



[粗筋]

 時は平安、一条天皇(東儀秀樹)の御世。

 既にその文筆の才が内裏に知れ渡っていた紫式部(中谷美紀)は、藤原道長(東山紀之)に命じられ、物語を書き始めた。道長の娘・彰子(蓮佛美沙子)が一条帝の寵愛を受け、お世継ぎとなる子宝を授かるきっかけを得られるように、天皇の歓心を惹く物語を執筆させようとしたのである。

 式部の筆が描き出すは、『源氏物語』。帝(榎木孝明)に寵愛を受けながらも、身分の低さ故に虐げられていた桐壺更衣(真木よう子)が生んだ子・光源氏の愛の遍歴を描いた物語である。

 長じて元服した源氏(生田斗真)は、母の身分が低いことを慮って皇族から臣下に落ちるが、その輝かんばかりの美しさで、内裏に名を轟かせた。しかし彼の瞳に映るのは、彼を産み落としてすぐに身罷った桐壺更衣のあとに妃となった、更衣に生き写しのひと、藤壺(真木よう子・二役)のみ。決して得られぬ温もりを求める想いが、源氏の女性遍歴の発端となる。

 葵の上(多部未華子)という正妻を持ちながらも、多くの女と契りを結び、苦境へと陥っていく源氏の波瀾万丈の生き様は、道長の狙い通りに一条帝を惹きつけ、式部が女御として仕える彰子はほどなく嗣子を産んだ。だがそれでも式部は、源氏の悲劇をしたため続ける。そこには、彼女が物語の虜にした貴族たちの欲求に応えるというばかりではない、強い想いが籠められていた……。





[感想]

 粗筋からも察しはつく通り、本篇は『源氏物語』をそのまま映画化した作品ではない。尺は虚構を描くことに多く割かれているが、しかし物語としての焦点を、「何故紫式部はこの物語を書いたのか」に設定し、作中の現実を主軸として展開する。

 だが、このことが“『源氏物語』の映画化”としては、思いの外有効に働いている。

 ご存知の通り、世界最古の文学とも呼ばれる『源氏物語』は非常に長尺に亘っており、通常、劇場でかける映画として製作されることはまず考えられない。NHKの大河ドラマのような、予め確保された枠で長期間に亘って製作しなければ、完全な再現というのは不可能だ。

 しかし本篇は、あくまでも主体は紫式部藤原道長のいる現実世界、と捉え、そこに影響を齎す描写を抽出する、という名目で、『源氏物語』のエピソードの美味しいところを巧みに抜き出している。手法としてはダイジェストに過ぎないのだが、注目すべき物語を『源氏物語』の外側に置いているので、ダイジェストにありがちな駆け足の進行を避け、粗雑な印象を齎さない。発想として見事だ。

 とはいえ、そのせいで犠牲になった部分もある。『源氏物語』は随所に古典とは思えぬ扇情的なモチーフ、展開が埋め込まれているが、そのなかで特にインパクトのある紫の上の存在が、本篇の中ではばっさり省かれている。

 故のないことではない。本篇はあくまで紫式部がどういう理由で筆を執ったのか、そして彼女が象徴的な場面にどんな想いを織りこんだのか、ということを観客に感じさせることに照準を絞って構成されている。そのなかに、紫の上にまつわるエピソードを填め込むような余地は、確かにないのだ。物足りなさは禁じ得ないものの、公平に考えれば、この判断は間違いではない。

 ダイジェスト的に切り取っているとはいえ、その分だけ場面ごとの間の取り方、情感の籠め方は非常に丁寧で、物語の姿がきっちりと見えてくる。桐壺更衣と藤壺真木よう子、葵の上に多部未華子、夕顔に芦名星、とそれぞれにいま旬にあり、存在感のある女優をあてがい断片でも鮮烈な印象を残す場面に仕立てているので、見応えも充分だ。

 なかでも出色なのは、六条御息所を演じた田中麗奈である。源氏を愛おしむ余り、生き霊となって彼の関わった女たちを呪う、という役どころだが、冒頭の繊細な振る舞いと、他の女たちに呪詛を仕掛ける場面との対比が巧みで、強烈な存在感を発揮する。本篇の主題と最も密接に絡むキャラクターだ、という事実もあるとはいえ、式部や源氏、道長という本篇としての最重要人物を食いつくさんばかりの勢いがある。しかし完全に食い散らかしていない匙加減も、評価すべきポイントだろう。

 実のところ、肝心の「なぜ式部はこの物語を書いたのか?」という疑問について、本篇は誰しもが納得する解答を示しているわけではない。巧みに式部の本当の狙いを暗示するかのようなエピソードを抽出してはいるが、それがすべて締め括りに絡んでいるように感じられるわけではないので、恣意的すぎる、と考える向きもあるだろう。

 もっと根本的なところで、そもそも冒頭のシーンはどういうきっかけでああいう状況になったのか、そして道長の命で式部が筆を執った、というのはいいとしても、何故道長は式部に“物語の才”を認めたのか、その才能を察知する材料、背景などが示されておらず、製作者のほうでは承知のことかも知れないが、そうした描写を支える史料について知識のない観客にとっては、最後まで土台がぐらついているように感じられてしまうのはマイナスと言わねばならない。

 だが、その点を除けば、ほとんど傷はない。以前に少しばかり平安時代にまつわる書籍を読み漁って、この時代の風俗について幾分知識のある私の目から見る限り、考証は堅固で穴はほとんど見当たらない。現実と虚構とのバランスの取り方は絶妙で、飛び越えるタイミングとその効果もきちんと計算されている。幻想的なクライマックスの味わいは、そのバランスに終始注意を払っていたからこその成果だろう。

 題名にある“謎”という単語から、『源氏物語』に秘められた壮大な陰謀が解き明かされる、といった趣向を期待した人――がどれほどいるかは知らないが、そういう人が満足することはないだろう。しかし、平安時代、そして『源氏物語』という最古にして傑出した文学作品を題材としているからこその華美な映像、頽廃的な気配を漂わせる世界観を求めているのなら、間違いなく堪能できるはずだ。内心、映画・テレビ業界はもっと平安を採りあげてくれないものか、と感じていた私にとっては、快く溜飲の下りる1篇であった。



関連作品:

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