『マネーボール』

『マネーボール』

原題:“Money Ball” / 原作:マイケル・ルイス(武田ランダムハウスジャパン・刊) / 監督:ベネット・ミラー / 原案:スタン・チャーヴィン / 脚本:スティーヴン・ザイリアンアーロン・ソーキン / 製作:マイケル・デ・ルカ、レイチェル・ホロヴィッツブラッド・ピット / 製作総指揮:スコット・ルーディン、アンドリュー・カーシュ、シドニー・キンメル、マーク・バクシ / 撮影監督:ウォーリー・フィスター,ASC / プロダクション・デザイナー:ジェス・ゴンコール / 編集:クリストファー・テレフセン,A.C.E. / 衣装:カシア・ワリッカ・メイモン / 音楽:マイケル・ダナ / 出演:ブラッド・ピットジョナ・ヒルフィリップ・シーモア・ホフマンロビン・ライトクリス・プラット、ケリス・ドーシー、スティーヴン・ビショップ、ブレント・ジェニングス、タミー・ブランチャード、ジャック・マクギー、ヴィト・ルギニス、ニック・サーシー、グレン・モーシャワー、アーリス・ハワード、ジェームズ・シャンクリン、ダイアン・べーレンズ、リード・トンプソン、タカヨ・フィッシャー / 配給:Sony Pictures

2011年アメリカ作品 / 上映時間:2時間13分 / 日本語字幕:菊地浩司

2011年11月11日日本公開

公式サイト : http://www.moneyball.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2011/11/12)



[粗筋]

 2001年、ア・リーグ地区優勝決定戦。オークランド・アスレチックスニューヨーク・ヤンキース相手に2連勝しながら3連敗を喫し、地区優勝を逃した。

 しかし、ゼネラル・マネージャーのビリー・ビーン(ブラッド・ピット)にとって悩ましいのは、再び優勝の機を窺うべき次のシーズンを控えて、3人のスタープレイヤーが相次いで引き抜かれてしまったことである。その穴埋めでいい選手を引き抜くためには、現在の予算ではとうてい追いつかない。スカウトマンたちが会議の場で繰り広げる不毛な応酬に、ビリーは惨めな気分を味わうばかりだった――こんなやり方をしていては、アスレチックスのような貧乏球団がヤンキースのような資金力のある球団と渡り合っていくのは奇跡に等しい、と。

 球団オーナーに費用の増額を請うも拒絶され、やむなくビリーは自身が選手時代からの友人が幹部となったインディアンズにトレードの交渉に赴いた。弁舌巧みに、許された予算内で可能な限りの交渉を行ったビリーだが、こちらも不首尾に終わってしまう。だが、ビリーには引っかかることがあった。自身を取り囲むように居並んだインディアンズの関係者の中で、ひとり若い男が必死に別の男に囁きかけ、どうにかうまく行きそうだったトレードを阻んだように見えたのである。ビリーは事務所にいたその青年――ピーター・ブランド(ジョナ・ヒル)を呼び出し、真意を訊ねた。

 ピーターは、野球選手の価値が打率や本塁打数にあるのではなく、如何に得点に貢献するか否かにある、と考えていた。どれほど個性的でスター性を備えた選手を集めたところで、チームの勝利に寄与しなければ意味がない――ビル・ジェイムズという人物の提唱した“マネーボール理論”に添った彼の言葉は、袋小路に陥っていたビリーの何かを揺り動かした。深夜、悩んだ末にピーターに電話をかけたビリーは、もしスカウトマンだったら、選手時代の自分をドラフト何位で獲るか、と訊ねる。最初はおもねったピーターだったが、問い詰められて、正直な評価を下した――ドラフト9位、契約金なし、と。

 ビリーはピーターをオークランドに招き、思い切った選手起用に挑んだ。特に問題となるのは、高打率を誇ったジェイソン・ジアンビの穴を如何にして埋めるか、であったが、ビリーはピーターの理論をもとに、完璧にジアンビと同等の能力を持つ選手を起用するのではなく、合計で彼の打率に及ぶ3人の選手を引き抜くことを提案する。スカウトマンたちは当然、これに難色を示した。野球は統計ではなく、経験と直感がものを言うのだ、と。

 だが、ビリーは彼らの苦言に耳を貸さず、望んだとおりの選手を呼び寄せる。そんな彼の強硬な態度に、新たに就任した監督アート・ハウ(フィリップ・シーモア・ホフマン)らは反発した。舵取りはちぐはぐになり、シーズン序盤は勝ち星を挙げられず、ビリーの元を去ったスカウトマンや球界関係者は「それ見たことか」とビリーを嘲笑う。しかし、それでもビリーは止めなかった――そしてその信念はやがて、球界の常識を破壊する偉業を成し遂げることとなる。



[感想]

 観ているときから薄々感じていたことだったが、鑑賞後プログラムを読んでその事実を確かめ、納得した点がある。本篇は監督のベネット・ミラーも、製作と主演を兼ねたブラッド・ピットも、そして作中でビリーをサポートする役柄に扮したジョナ・ヒルまで、みな野球にさほど思い入れがないのである。

 決して本篇に、野球に対する敬意や愛情がない、というわけではない。だが、過剰に熱を上げることも、思い入れを示すこともない描写は、いい意味で野球というスポーツに対する距離感、客観性を保っている。それが本篇の、経営論的にシーズンを勝ち抜く戦略を描く上でのドライな感覚とうまく調和しているのだ。

 理論自体がそういうふうに組み立てられているので当然なのだが、本篇はスター・プレイヤーの目覚ましい活躍や、地道な努力を重ねてきた選手のファイン・プレーで魅せる、という、従来の野球を取り扱った映画やドラマとは一線を画した描写が積み重ねられる。プレーは中継の映像や音声で断片的に織りこまれるだけ、あとはだいたいデータで提示されるのみ。本篇のなかで、試合経過が比較的詳細に描かれるのは、節目となる1試合に限られている、と言っていい。

 だがそれでも――というより、だからこそプロ野球という世界の厳しさ、現実が濃密に感じられる。序盤のスカウトマンを交えた会議では、厄介な懐事情との兼ね合いが窺え、いざ方針が固まったあとは、その戦略に沿って外部から人を呼び寄せる一方で、シーズン中でもトレードに供し、容赦なくクビを切らねばならない。戦略に沿って人を用いる厳しさと同時に、自分たちがそうして扱われる過酷さもよく知っている、メジャー・リーガーたちの理性的な振る舞いが印象的だ。

 しかし、あれこれと言っても、本篇で最も印象的かつ象徴的なのは、“机上の空論”扱いされていたマネーボール理論を実際に導入したビリー・ビーンである。鑑賞後、プログラムにざっと目を通したところ、作中での彼の人物像はかなり現実に添っているようだが、本篇をストーリーとして成立させるために、細かく虚構の部分も組み込んでいる。その匙加減が絶妙なのだ。

 ビリー・ビーンという人物は、実際にメジャー・リーグに在籍しながら、のちにスカウトに転身、そうしてゼネラル・マネージャーとなった、アメリカにおいても特異な来歴がある。作中でも描かれているとおり、最初は5拍子揃った、天賦の才を備えた選手として期待されながら、10年も芽が出なかった。その事実がビリーの、選手のスター性やスカウトマンの眼力に疑いを向けるかのような“暴挙”が、まるでそうしたものに対する憎悪から発生しているような印象を受ける。

 だが、もしそれだけが理由なら、選手に対して冷徹に接する仕事を続けるのは難しいだろう。ビリーが本質的には激情家で、極めて繊細な気質であることは、随所の振る舞い、表情からも窺える。途中、マネーボール理論に添った選手起用を拒む監督とやり合う場面では、「監督と話していると、野球に対する情熱が蘇りそうだ」と口走るが、それは数少ない、本音を吐露した場面と感じられる。理論を用いるため――というより、現役を諦めながら、それでも野球の世界に関わろうとした、根っこでは強い情熱家である彼が、感情に左右されることのないよう、選手たちや実際の試合と可能な限り距離を置き、一線を画そうとしているのが解る。

 本物のビリー・ビーンもそうしているらしいが、本篇でのビリーは、基本的に試合を観ることがない。その理由は前述したとおりだが、作中ではそこにもうひとつ理由を与えている。恐らくはドラマ性を盛り上げるためのフィクションである、と思われるが、これが主題を踏まえた、見事な潤色だ。それがほんの僅か仄めかされる、全篇で唯一、ほぼ全体が再現される試合と絡んで描き出される様子は、圧巻の一言に尽きる。試合の情景自体を再現しているのも驚きだが、そのなかでのビリーの繊細な表情が湛える情感は、試合の推移と共鳴しあって身震いするほどに素晴らしい。

 ビリー・ビーンを演じたブラッド・ピットはこのところ、自らのキャリアを逆手に取った貫禄のある人物に扮することが多くなり、存在感はあってもいまひとつ彼のポテンシャルを発揮しきっていない感があった。本篇同様に製作を兼任した『ツリー・オブ・ライフ』でも、名演ながら作品全体での露出は抑えめだったが、本篇では事実上、作品世界を支配するほどの存在感を示している。『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』のような特殊な設定、特殊メイクを用いていないこともあって、表現力の幅も見せつけており、私の知る限り彼のキャリア最高の演技と言ってもいい。

 こちらは架空の人物であるらしいビリー・ビーンのパートナー、ピーター・ブランドとの掛け合い、特にシーズン後半のトレードの駆け引きで見せる応酬や、別れた妻のもとに引き取られている娘とのやり取りなど、ドラマとしての見せ場も多く、その気になれば語るところに欠かない。野球を題材にし、その魅力をきちんと捉えながらも形に嵌らない描き方、それでいて野球以外のジャンルにも拡げて捉えることの出来る切り口の巧みさ、等々。脚色を担当したひとり、アーロン・ソーキンアカデミー賞に輝いた『ソーシャル・ネットワーク』にも通じる、単純に語り尽くせない奥行きのある傑作である。



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