『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

バック・トゥ・ザ・フューチャー 【Blu-ray ベスト・ライブラリー100】

原題:“Back to the Future” / 監督:ロバート・ゼメキス / 脚本:ロバート・ゼメキス、ボブ・ゲイル / 製作:ニール・キャントン、ボブ・ゲイル / 製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグキャスリーン・ケネディフランク・マーシャル / 撮影監督:ディーン・カンディ / 特撮:ILM / プロダクション・デザイナー:ローレンス・G・ポール / 編集:ハリー・ケラマイダス、アーサー・シュミット / キャスティング:ジェーン・ファインバーグ、マイク・フェントン、ジュディ・テイラー / 作詞:ヒューイ・ルイス / 作曲:クリス・ヘイズ、ジョニー・コーラ / 音楽:アラン・シルヴェストリ / 出演:マイケル・J・フォックス、クリストファー・ロイドリー・トンプソンクリスピン・グローヴァー、ウェンディ・ジョー・スパーバー、マーク・マクルーア、クローディア・ウェルズ、トーマス・F・ウィルソン、フランシス・リー・マッケイン、サチ・パーカー、ジョージ・ディセンゾ、ジェームズ・トルカン、J・J・コーエン、ケイシー・シマーシュコ、ビリー・ゼイン、ハリー・ウォーターズJr.、ヒューイ・ルイス / 配給:ユニヴァーサル×UIP Japan / 映像ソフト発売元:GENEON UNIVERSAL ENTERTAINMENT

1985年アメリカ作品 / 上映時間:1時間56分 / 日本語字幕:戸田奈津子 / PG12

1985年12月7日日本公開

2010年7月14日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray DiscamazonBlu-ray BOX Set:amazon]

第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series2 青の50本》上映作品

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2011/11/04)



[粗筋]

 この一週間ほど、ブラウン博士、通称ドク(クリストファー・ロイド)の行方が解らないことが、マーティ(マイケル・J・フォックス)には気がかりだった。しかしある朝、いつも通り顔を出すと、ドクから電話がかかってきて、深夜1時に時計台の広場に来るよう指示される。

 待ち合わせ場所に現れたドクは、愛車のデロリアンに奇怪な改造を施していた。30年前に想を得たタイムマシンの機構を完成させ、実験を行うためにマーティを呼び出したのだ。愛犬を乗せてのテストが成功裏に終わると、いよいよドク自身が搭乗……というところで、思わぬ邪魔が入る。ドクはタイムトラヴェルに必要なエネルギー源であるプルトニウムを盗んで確保、その際、リビア人のテロリストの名目で犯行声明を出していたのだが、濡れ衣を被せられた組織が報復に現れたのである。

 ドクは銃弾を浴びて絶命、巻き添えで狙われたマーティはデロリアンを駆って逃亡を図る。だが、気づいたとき彼は、見知らぬ場所にいた。

 やがてマーティは悟る。テロリストが現れる直前、マーティにデロリアンの操作を教えていたドクは、目的地となる時代を、1955年、彼がタイムトラヴェルの理論を着想したというその日に設定していたのだ。

 最悪なことに、時間移動に必要なプルトニウムは往路で燃料切れとなっている。どうすれば元の時代に帰れるのか……だが、マーティは間もなく、もうひとつの大きな問題、文字通り彼の存在に関わる大問題に直面するのだった……



[感想]

 本篇は恐らく、私が映画館で初めて鑑賞した洋画であった可能性がある。或いはこの前にも観たことはあったのかも知れないが、記憶に鮮明に刻まれているものは本篇と、同時期に日本で公開された『グーニーズ』であり、比較したとき完成度が高い、と認めざるを得なかった本篇の印象は非常に強かった。ろくに英語も聞き取れないくせにサントラを聴きまくり、本篇の余韻を壊したくないがために続篇を鑑賞することさえ厭がったほどなのだから、愛着の程はご理解いただけるだろう――タイミングを逸したせいもあるが、けっきょく未だに『〜PART2』『〜PART3』ともに鑑賞していない。

 約25年振りに鑑賞したわけだが、そうした思い入れの強さを差し引いても、やはり傑作である、と実感した。少年少女が鑑賞してワクワクする要素がぎっしりと詰まっているだけでなく、大人の目で見ても唸らされるほどに、細部への気配りが行き届いている。

 いま観ると、まるっきり欠点がないわけではないのだ。時間旅行ものに多く親しんだあとだと、同じ時間軸にマーティがふたりいることや、過去で変化が起きた結果生ずる矛盾についての弁解が足りていないことなどが引っかかるし、物語の大半を占める若い頃の姿に無理が出ないよう、マーティの両親などの1985年時点の姿は若い俳優を特殊メイクで老けさせて演じさせているが、現在の水準からするとやはり老け顔が不自然だ。演技自体も、若い頃のほうが本筋であることを割り引いても大袈裟さが鼻につく。

 しかし、そうした欠点などどうでもいい、と思えるくらい、話作りが面白い。タイムトラヴェル物、というだけでも引きはあるが、その設定を存分に活かした事件、波乱を生む展開の組み立てが絶妙で、終始目が離せない。現代の部分で張り巡らせた伏線をうまく拾い集め、驚きや笑い、緊張感を絶え間なく形作り、エンディングまで飽きるということがない。

 初めて観たときはさほど感じなかったが、些細なモチーフの援用がまた巧いのである。タイムトリップした直後に侵入してしまう家が大地主の家であったり、1985年頃は定番だったダウンジャケットが当時の人々にとっては船の救命胴衣にしか見えない、というのを延々繰り返したり、驚きや笑いを誘うくすぐりが随所に盛り込まれている。

 基本的にはスリル、サスペンスを存分に味わわせるプロットだが、そこに青春ドラマの妙味が添えられているのも本篇の魅力だ。別に過去を改変したい、などと考えて遡行したわけではないのに、ひょんなことから両親の出逢いを妨害してしまい、更には若かりし日の母ロレイン(リー・トンプソン)から慕われてしまうマーティの困惑と焦り、そして自分ではなく他人を結びつけようとすることの難しさに懊悩するさまが、滑稽であり、青春ドラマならではのほろ苦さも滲ませる。今にして思うとロレインの振る舞いはストーカーめいた危険さもあるが、その衆目を顧みない必死さはいっそ純粋さの証明でもあるし、学校生活での人間関係に感情的にも束縛されるマーティの父ジョージ(クリスピン・グローヴァー)の姿は、オーソドックスな青春ものの様式を踏まえている。未来からやって来た息子、という視点があるから独創的に感じられ、またベースの発想が個性的であるから、広げるためのプロットを突飛なものにする必要がない。アイディアを魅せるための仕掛け、ストーリーの内容がよく吟味されている。

 だが、それだけならよく出来た作品止まりだったかも知れないところを、底を押し上げているのが、中心人物であるマーティとドクの魅力、そして音楽だ。

 マーティはどちらかと言えば普通の少年に過ぎないが、変にとんがったところがなく、振る舞いが自然で感情移入しやすい。これは、投のマーティを演じていたマイケル・J・フォックスが実際には20代後半だった、ということとも無縁ではないのだろう。その自然さにも驚かされる一方で、ありがちな生意気さがうまく抑制されているのは、この世代を客観的に捉えているからではなかったか。ドクの人物像が魅力的なのは、その発明の性質を考えていただければ明白だろう。

 意外と侮れないのは音楽である。オープニングでも大きくクレジットされているヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの主題歌は無論、随所で用いられる80年代と50年代の音楽が、場面の印象を強めている。特にダンスパーティにて、請われたマーティが調子に乗って弾く『Johnny B. Goode』は秀逸だ。あれはいま観ても、いい意味でやり過ぎである。

 あまりの出来の良さに、個人的には続篇など作って欲しくなかった。確かに、次に色気を残した結末であり、人によってはこのあとが気になるのは道理だ、と解っていても、この締めくくりは美しく、続きを語るのは蛇足だった、と今でも思う。実際には、ある程度観客の期待に応えた仕上がりであったようだが、私は未だに観るのが躊躇われている。そのくらい、愛情を感じる名品なのである。



関連作品:

ベオウルフ/呪われし勇者

ピラニア3D

タイムマシン

バタフライ・エフェクト

時をかける少女

BALLAD 名もなき恋のうた

インフォーマント!

アリス・イン・ワンダーランド